第076話 極振りヒーラー、枯れた大地に命を灯す
風の空中庭園。
浮島を渡る風が、ヒマワリの髪を揺らしていく。
「よし……いた」
ふわりと漂う《ウィンドリム》に向かって跳び、手際よく捕まえる。
一つ、また一つ。数は順調に増えていた。
……なのに。
「……ステラ、大丈夫かな」
不意に、そんな言葉が口をついた。
理由はない。ただ、胸の奥が、少しだけざわついた。
「……なんか、変なことしてそう」
思い浮かぶのは、困ったように笑うあの顔。
イベントのたびに、なぜか想定外の方向へ突っ走る姿。
「……いや、でも」
ヒマワリは苦笑し、肩をすくめる。
「ステラだし。きっと、大丈夫だよね」
そう自分に言い聞かせて、視線を空へ戻す。
「さて……次、次」
風の中に、また淡い光が見えた。
ヒマワリは何も知らないまま、次の《ウィンドリム》を追いかける。
――この予感が、これから現実になるとも知らずに。
魔族領の入口。
ステラは不気味な雰囲気に包まれた土地に立っていた。
枯れ果てた大地が広がり、木々は黒く変色している。
草は枯れ、土は灰色。空も薄暗く、生命の気配がまったく感じられない。
「……寂しい場所……」
ステラが呟く。
「念のため、準備しておこう」
ステラは自分にバフを付与する。
「《リジェネ》! 《再生の祝炎》!」
継続回復の効果が発動し、体が淡い光に包まれる。
「《鳳翼転生》!」
完全蘇生のバフも付与する。これで、一度だけ完全蘇生できる。
「準備完了……」
ステラは深呼吸し、魔族領へと一歩踏み出した。
その瞬間。
足元の枯れ草が、ほんの一瞬だけ緑色に変わった。
「……え?」
ステラが、ふと足を止めた。
もう一度足元に視線を落とす。草は――やはり枯れたままだ。
「……気のせい……?」
小さく首を傾げ、再び歩き出す。
次の瞬間、《リジェネ》と《再生の祝炎》が脈打つように発動した。
淡い回復の光が、いつものようにステラの身体を包み込む。
――だが、その光は、そこで終わらなかった。
揺らめいた光が足元へと滲み落ち、地面に触れる。
枯れ草が、一瞬だけ色を取り戻す。
「……これ……」
ステラは思わず立ち止まり、足元を見つめた。
光が収まると、草は再び灰色へと戻る。
だが――確かに、ほんの一瞬、緑だった。
「私の回復魔法が……反応してる……?」
遠くから、黒いローブを纏った人影が現れた。
《魔族の戦士》
赤い瞳が、まっすぐステラを捉える。
「……!」
ステラは反射的に身構えた。
だが、魔族は攻撃してこない。ただ、無言で立ち尽くしている。
「……攻撃、してこない……?」
魔族の視線が、ゆっくりとステラの足元へ落ちる。
回復エフェクトが滲み、枯れ草が一瞬だけ緑を取り戻した。
魔族の目が、わずかに見開かれる。
「……」
何も言わぬまま、魔族は背を向け、その場を去った。
ステラが歩き出すと、次々に魔族のNPCと遭遇する。
だが、誰一人として襲ってこない。
彼らは皆、同じように――ステラではなく、足元を見つめていた。
「……何なんだろう……」
ステラが魔族領の奥へと進むにつれ、変化ははっきりとしたものになっていった。
回復エフェクトが滲むたび、枯れ草が緑へと変わる。
しかも、今度はすぐには消えない。数秒間、その色を保ち続けている。
「……さっきより、長く……」
さらに進む。
足元だけではない。周囲の景色までもが、わずかに反応し始めた。
枯れた枝に、薄く葉が戻る。
灰色だった土が、少しずつ茶色を帯びていく。
「……私の回復魔法が……大地に……?」
ステラは思わず足を止め、振り返った。
そこに広がっていたのは――
自分が歩いてきた道、その軌跡。
踏みしめた場所に沿って、草が生え、土が息を吹き返している。
ところどころには、小さな花まで咲いていた。
「……嘘……」
ステラは、その場に立ち尽くす。
「私が……歩いただけで……?」
魔族領の中心部。
巨大な石造りの建物の前に、一人の魔族が佇んでいた。
《魔族の長エルディア》
黒い角。長い銀髪。
老いてなお衰えぬ威厳を纏った姿。
「……ようこそ、人間の子よ」
低く、静かな声だった。
「あの……」
ステラが口を開きかけた、その前に――
「恐れることはない。我らは、お前に害をなすつもりはない」
それでも戸惑いは消えない。
「でも……」
エルディアは、ゆっくりと腕を上げた。
「お前が歩いた道を見よ」
促され、ステラは振り返る。
そこには、彼女の足跡に沿って続く――緑の道。
魔族の本拠地まで、確かに繋がっていた。
「お前は……この地に、生命を取り戻す力を持っている」
エルディアの瞳に、かすかな希望の光が宿る。
「この地は、かつて豊かな土地だった。だが、古代の戦争で呪われ……すべての生命が失われた」
彼は遠くを見つめた。
「我ら魔族もまた、滅びゆく時を待つだけの存在となったのだ」
「……そんな……」
「だが……お前が現れた」
エルディアは、真っ直ぐにステラを見る。
「頼む。この地を……救ってほしい」
「……え?」
「お前の力ならば、この地を再生できる」
「でも、私……どうやって……?」
「わからぬ。だが――お前の力は、確かに反応している」
ステラは、少しだけ考え込む。
「……わかりました。やってみます」
その言葉に、エルディアは目を閉じ――
「……感謝する」
深く、頭を下げた。
ステラは、そっと地面に手を向ける。
《ヒール》
淡い光が地面に降り注ぐ。
だが――何も起こらない。
「……ダメ……」
失望が、声に滲んだ。
その瞬間、ステラの体がほんのりと光を帯びる。
《鳳翼転生》のエフェクトが、いつもより強く脈動していた。
「……これ……?」
胸の奥が、熱を帯びる。
――反応している。
「……鳳凰の力……?」
ステラは一歩踏み出し、足元に意識を集中させる。
《再生の祝炎》
温かな炎が、静かに地面へと降りた。
次の瞬間――
枯れた草が、一斉に緑を取り戻す。
死んでいた木々が葉を茂らせ、小さな花が咲き誇った。
「……効いた……!」
思わず息を呑む。
「……見事だ……」
エルディアが、感嘆の声を漏らす。
だが、変化は限定的だった。
広がったのは、せいぜい半径五メートルほど。
「……これじゃ、全部は無理……」
ステラは視線を巡らせ、思案する。
――回復を、もっと広く。
「……そうだ。《慈愛の抱擁》……!」
決意とともに、スキルを発動する。
背中から、白い光の翼が六枚展開される。
頭上には金色の光輪。
全身を、柔らかな白金色の光が包み込み、無数の光の羽が舞い散った。
《再生の祝炎》の効果が、空間全体へと拡張される。
半径十五メートル――
一気に、大地が緑へと染まった。
「……すごい……!」
ステラの声が、震える。
ステラは、魔族領を歩き回る。
《慈愛の抱擁》を維持したまま、ただ歩くだけでいい。
足を進めるたび、周囲の景色が変わっていく。
枯れ木が葉を茂らせ、
花が咲き、
灰色だった土が、生命の色を取り戻す。
その途中――
「……あ、いた」
ウィンドリムを発見する。
《マジック・ハンド》
光の手が伸び、風の精霊を捕縛した。
「ついでに、捕まえておこう」
ステラはそのまま歩き続ける。
魔族領を巡りながら、次々とウィンドリムを捕獲していく。
邪魔する者は、誰もいない。
順調に、数は増えていった。
遠くから、魔族たちがステラを見守っている。
子供の魔族は、恐る恐る緑の草に触れ、嬉しそうに笑う。
「……みんな、喜んでる……」
その光景に、ステラの胸が、じんわりと温かくなる。
その時、魔族領に他のプレイヤーが侵入してきた。
「おい、ウィンドリムがいるぞ!」
「魔族? 倒せば経験値になるだろ」
プレイヤーたちが魔族NPCに攻撃を仕掛ける。
魔族の長エルディアが前に出る。
「……我らを侮るな!《ダークフレア》」
高いINTから繰り出される強力な闇魔法が、プレイヤーたちを一瞬で光の粒に変えた。
「うわっ!?」
「強すぎる!」
次々と他のプレイヤーが魔族領に侵入するが、魔族に攻撃を仕掛けた者は全員返り討ちにあう。
ステラは攻撃を仕掛けていないため、魔族は敵対しない。むしろ、ステラを守るように周囲に立っている。
「……守ってくれてる……?」
ステラは、魔族領の最奥へと到達する。
そこだけは――まだ、枯れたままだった。
「……ここが、最後……」
《慈愛の抱擁》を維持したまま、中心部へと歩み出る。
その瞬間――
魔族領全体が、眩い光に包まれた。
枯れ果てていた草木が、一斉に緑へと変わる。
花が咲き乱れ、干上がっていた川に、水が流れ始める。
灰色だった空は晴れ、雲の切れ間から太陽の光が差し込んだ。
「……うわぁ……」
ステラは、ただ呆然と空を見上げる。
――魔族領が、完全に蘇った。
周囲から、魔族たちが集まってくる。
子供たちは花畑を駆け回り、
戦士たちは静かに武器を下ろし、ステラに深く頭を下げた。
「……ありがとう、人間の子よ」
エルディアが、ゆっくりと膝をつき、頭を垂れる。
「そ、そんな……!」
「お前は、我らに希望を取り戻してくれた。この恩は、決して忘れぬ」
エルディアが手をかざす。
黒くも澄んだ光が、ステラの体を包み込んだ。
【スキル習得:魔源共鳴】
ステラは、表示されたスキル説明を読む。
《魔源共鳴》
魔族の力を行使できる。
スキル発動中、最も高いステータスをINTに転換する。
「最も高いステータスをINTに……」
ステラは、はっとする。
「私の場合……WISが一番高いから……つまり……」
――魔法攻撃力が、跳ね上がる。
「……すごい……!」
ステラの瞳が、きらりと輝いた。
「そして、これも」
エルディアが、ひとつの品を差し出す。
《魔族の紋章》
INT+20
WIS+10
魔法攻撃力+15%
「ありがとうございます……!」
ステラは、深く頭を下げた。
別れの時。
「また、いつでも訪れるがいい。お前は、我らの恩人だ」
「はい……また来ます」
魔族たちが手を振る。ステラも手を振り返す。
振り返ると、魔族領は緑豊かな土地に変わっている。
花が咲き、鳥が飛び、水が流れる。
「……綺麗……」
ステラが微笑んだ。
イベント終了後。
ギルドホームのリビングに、五人が集まっていた。
「みんな、目標達成したよ!」
少し誇らしげに、ステラが胸を張る。
「おめでとう!」
ヒマワリが拍手しつつ、首を傾げた。
「……で、何してたの?」
「えっと……」
ステラは、ほんの少し視線を泳がせる。
「魔族領を、再生してた……」
「……え?」
全員の動きが、ぴたりと止まった。
「せ、説明すると長くなるんだけど……」
ステラが慌てて付け加える。
ヒマワリは額に手を当て、ため息をつく。
「やっぱり、変なことしてた……」
一拍置いて――
全員が、吹き出した。
「もう、ステラは相変わらずだな」
「普通、イベントで領地再生はしないですよ……」
「いや、できる方がおかしい」
笑い声が、ギルドホームに響く。
「あとね」
ステラは思い出したように言った。
「新しいスキルも、習得したの」
「ほう?」
ティアが興味深そうに目を細める。
「どんなスキルでしょうか?」
「えっと……」
ステラは少し照れながら、杖を構える。
「見てもらった方が早いかも。《魔源共鳴》……」
淡い黒紫の光が、ステラの足元から立ち上った。
次の瞬間。
彼女の髪の一部が、わずかに色を変える。
瞳には赤みが差し、こめかみの上に――小さな角が、ちょこんと生えた。
全体としては変化は控えめ。
どこか神秘的で、でも――
「……地味に、かわいい」
ノエルが思わず呟く。
「半分、魔族……?」
リリアが目を見開く。
「でも、怖くないですね」
ティアが冷静に分析する。
「え、ええっ!?」
ステラは慌てて自分の頭を触る。
「こ、これ……大丈夫!?」
全員が、まじまじとステラを見つめ――
「……すごい」
「いや、色々と規格外すぎる」
「なんでイベント中に魔族の英雄になってるんだよ」
言葉を失ったまま、固まった。
「……あれ?」
ステラは不安そうに笑う。
「やっぱり……やりすぎ、だったかな……?」
――その場にいた全員が、同時に思った。
このギルドに、絶対とんでもない切り札が増えた。
そして同時に、
また面倒な伝説が一つ、生まれたな――と。
次は3/24 21時投稿予定
お楽しみに!




