第075話 極振りヒーラー、第三回イベント開始
【第3回イベント開催!風を掴め!ウィンドリム・ハント】
システムメッセージが視界いっぱいに表示され、イベントが始まった。
第三階層――風の空中庭園。
澄んだ空気とともに、足元の浮島を風が吹き抜けていく。
ステラは、その場所に一人でログインしていた。
すでに周囲には多くのプレイヤーが集まり、それぞれが散開しながら《ウィンドリム》を探して動き回っている。
「ウィンドリムを捕まえる……頑張らないと!」
自分に言い聞かせるように、ステラは拳を握った。
そのとき――
空中をふわりと漂う、小さな光が視界に入る。
《ウィンドリム》
半透明の身体を持つ、風の精霊。
風に乗って滑るように移動し、その動きは羽のように軽やかだった。
「あ、いた!」
反射的に声を上げ、ステラは駆け出す。
だが、次の瞬間にははっきりと分かった。
――速い。
ウィンドリムの方が、圧倒的に速かった。
走っても走っても、距離は縮まらないどころか、むしろ開いていく。
「《迅速》!」
自分にバフをかける。
AGIが上昇し、足取りが一段軽くなった。
「待って……!」
必死に追いすがるが、それでも届かない。
ウィンドリムは風と一体化するように、あっという間に視界の彼方へ消えていった。
「……やっぱり、AGIゼロじゃ厳しいよね……」
ステラは立ち止まり、肩を落とす。
どれだけ強化しても、元の数値がゼロでは限界があった。
風だけが、何事もなかったかのように空中庭園を吹き抜けていった。
しばらくして、ステラは別の《ウィンドリム》を発見した。
今度は、走らない。
追いかけても追いつけないことは、もう分かっている。
「……《マジック・ハンド》」
呟くように詠唱すると、魔力で形作られた手が空中に現れ、そっとウィンドリムへと伸びていく。
――あと少しで届く。
そう思った、その瞬間だった。
「やった!」
横合いから、影のように別のプレイヤーが割り込んできた。
AGIの高い剣士が、一瞬の加速でウィンドリムを掴み取り、そのまま軽やかに着地する。
「あ……」
ステラは、伸ばしたままの手を引っ込めることもできず、呆然と立ち尽くした。
剣士は一度だけこちらを振り返り、満足そうに笑うと、そのまま去っていった。
「そんな……」
胸の奥が、じわりと冷える。
――それでも、諦めるわけにはいかない。
三度目の《ウィンドリム》を見つけ、今度こそと慎重に距離を測る。
ステラは息を整え、再び《マジック・ハンド》を伸ばした。
ウィンドリムに、魔力の手が触れようとした――その時。
「《ファイアボルト》!」
別方向から、鋭い声とともに火の弾が飛来した。
直撃こそしなかったものの、爆ぜる熱風に驚いたウィンドリムは、甲高い音を立てて逃げていく。
「……っ!」
視界から消えていく光を見送り、ステラは思わず声を上げた。
「ひどい……!」
悔しさが、胸いっぱいに広がる。
工夫しても、気をつけても――それでも、奪われ、妨害される。
このイベントは、やはりステラ一人には厳しすぎた。
そう痛感した、その直後――
背後から、足音が近づいてくる。
振り向くより先に、二つの影が視界の端に入った。
どちらも剣士装備のプレイヤーだ。
「おい、お前……」
一人が、にやついた笑みを浮かべて声をかけてくる。
「第一回イベント三位のステラだろ?」
「え……?」
不意に名前を呼ばれ、ステラは思わず振り向いた。
視線が合った瞬間、嫌な予感が背筋を走る。
「こんなところで一人とはな」
一人が薄く笑う。
次の瞬間、金属音が響いた。
剣が鞘から引き抜かれ、陽光を反射して鈍く光る。
「悪いけど、ここでリタイアしてもらう」
もう一人が、事もなげに言った。
「イベント中は、席の取り合いでさ。強いやつが残る。それだけだろ?」
「それにこっちにはバリア崩壊がある。今度は勝たせてもらう!」
二人は逃げ道を塞ぐように、じりじりと距離を詰めてくる。
ステラは一歩も退かず、杖を握りしめる。
その瞳に、怯えはなかった。
即座に《ヒール》を発動し、《リストア・ヴェール》を形成する。
さらに続けて《マルチディバイン・シールド》を展開。
三枚の神聖な障壁が重なり合い、ステラの身体を包み込んだ。
「チッ、面倒くせぇ」
剣士二人が、同時に踏み込んでくる。
振り下ろされた剣がバリアにぶつかり、甲高い衝突音が響いた。
次の瞬間――
《リフレクト・ヴェール》が発動。
反射したダメージが、そのまま剣士たちに返っていく。
「痛っ!?」
一人が思わず声を上げ、動きが鈍る。
もう一人が顔を歪め、舌打ちした。
「《バリアブレイク》!」
剣士が新たなスキルを発動する。
剣身が黒い光を纏い、神聖障壁へと叩きつけられた。
バリアが、目に見えて削れていく。
――だが、反射ダメージは発生しない。
バリアそのものだけを破壊する、対防御特化の攻撃だ。
「くっ……!」
障壁が薄くなるが、まだ持ちこたえている。
完全に破られるには、至らない。
「《ヒール》!」
ステラは即座に回復魔法を重ねる。
削られた障壁が、再び厚みを取り戻した。
「……邪魔しないで……!」
ステラは杖を強く握り、掲げる。
「《フェニックス・フレア》!」
不死鳥の炎が顕現し、二人の剣士を包み込む。
WIS極振りによる圧倒的な火力が、容赦なく焼き払った。
「うわっ!」
悲鳴と共に、HPゲージが一気に削れる。
「《聖炎》!」
追撃の光が放たれ、二人の身体を貫いた。
剣士たちは抵抗する間もなく、光の粒となって消えていく。
「……はぁ……」
ステラは大きく息を吐いた。
「PKには勝てても……ウィンドリムが、捕まえられない……」
困ったように呟きながら、空を舞う風の精霊を見上げる。
その時、ギルドチャットに通知が来た。
ヒマワリ『ステラ、調子どう?』
ステラ『うーん……全然捕まえられない……』
リリア『AGI0だと厳しいよね』
ノエル『俺も苦戦してる……』
ティア『……みんなが狙いづらい場所なら、チャンスがあるかもしれません』
ステラ『狙いづらい場所……?』
ティア『郊外のはずれに、魔族のエリアがあります』
ティア『強力なモンスターが多く、ほとんどのプレイヤーが避けています』
ステラ『魔族エリア……ティアも知ってたんだ』
ヒマワリ『危なくない?』
ティア『ステラさんなら、バリアで耐えられるはずです』
ステラ『……行ってみる!』
リリア『無理しないでね!』
ステラ『うん、ありがとう!』
ステラは風の空中庭園を抜け、郊外へと向かった。
景色が徐々に変わっていく。
明るい空から、薄暗い空へ。
建物も減り、荒れた大地が広がっている。
「……空気が、重い……」
ステラが呟く。不気味な雰囲気が、周囲を包んでいた。
そして――
暗い森が見えてきた。木々は黒く、枝は捻じ曲がっている。
遠くから、魔物の鳴き声が聞こえた。
「……ここが、魔族エリア……」
ステラが森の入口に立つ。
その時――
前方で、プレイヤーの悲鳴が聞こえた。
「うわあああっ!」
剣士プレイヤーが、巨大な魔物に吹き飛ばされる。
黒い炎が剣士を包み込み、一瞬で光の粒となって消えた。
「……!」
ステラが息を呑む。
魔物が、こちらを見た。
巨大な体、黒い鱗、赤い瞳――圧倒的な威圧感を放っている。
《魔族の守護者》
名前が表示される。
魔物がステラの姿を見る。その瞳が、ステラを捉えた――
だが。
魔物は何も言わず、ゆっくりと体を翻す。そして、闇の中へと消えていった。
「……え?」
ステラが呆然とする。攻撃してこなかった。
「……なんで……?」
ステラが首を傾げる。
だが、考えている暇はない。
「とにかく、ウィンドリムを探さないと……!」
ステラは決意を固め、魔族エリアへと足を踏み入れた。
次は3/23 21時投稿予定
お楽しみに!




