第065話 極振りヒーラー、慈愛の試練1
ステラは必死に思考を巡らせる。
だが、頭に浮かぶ選択肢は、どれも決定打に欠けていた。
五十体以上のモンスター。
一体一体は倒せる。――だが、数が多すぎる。
《フェニックス・フレア》を使えば、一瞬で殲滅できるかもしれない。
けれど、その炎は味方と敵を選ばない。
この距離、この密集――村も、村人も、巻き込まれる。
迫り来る足音が、選択の猶予を削り取っていく。
このままでは――
「そうだ!」
ステラの脳裏に、あるスキルが浮かんだ。
《マジック・ハンド》
イベントで集めた宝石と交換して手に入れた、魔法の手。
あれなら、村人たちを――
ステラは即座にスキルを発動させる。
「《マジック・ハンド》!」
巨大な魔法の手が、空中に現れた。二つの手が展開される。
「みんな、掴まって!」
ステラが叫ぶ。
魔法の手が村人たちを優しく掴み、持ち上げる。十人全員を、確実に掴んだ。
「アリアも!」
アリアも魔法の手に掴まれ、空中へと持ち上げられる。
「神官様!?」
「大丈夫、信じて!」
ステラは最後に自分も魔法の手に乗り、上空へと退避した。
地上には、モンスターの大軍が押し寄せてくる。
五十体以上のモンスターが、村を埋め尽くそうとしていた。
だが――
今なら、村人を巻き込まずに攻撃できる。
「《フェニックス・フレア》!」
ステラが杖を高く掲げる。
不死鳥の炎が、地上へと降り注いだ。
ゴオオオオオッ!
炎が地面を覆い尽くし、モンスターたちを包み込む。
だが、ステラは民家を避けるように、炎の範囲を調整していた。
モンスターだけを焼き尽くす。
その時――
数体のモンスターが、空中のステラに向かって攻撃を放った。
闇の弾が、ステラに向かって飛んでくる。
「くっ!」
ステラは即座に反撃する。
「《聖炎》!」
小規模な炎が、闇の弾と正面から衝突する。
光と闇が激しくぶつかり合い、互いを打ち消した。
その一方、地上では――
フェニックス・フレアの炎が猛威を振るっていた。
轟音とともに火柱が走り、悲鳴があちこちで上がる。
モンスターは逃げ場を失い、次々と光の粒へと還っていった。
十体、二十体、三十体――
炎は止まらず、数は確実に減っていく。
やがて、最後の一体が燃え尽き、粒子となって消えた。
訪れたのは、嘘のような静寂だった。
「……終わった……?」
ステラは、眼下の地上を見渡した。
焦げ跡は残っているが、動く影はもうない。
モンスターの気配も、完全に消えていた。
「……降りよう」
その声に応えるように、魔法の手がゆっくりと高度を下げる。
風を切る感覚が和らぎ、地面が少しずつ近づいてきた。
まず村人たちが、次にアリアが、
まるで羽毛の上に置かれるように、静かに地面へ降ろされる。
最後に、ステラ自身が着地した。
靴底が土を踏みしめ、確かな感触が伝わる。
その瞬間――
システムメッセージが表示された。
【スキル習得:マルチディバイン・シールド】
「え……?」
ステラは、思わず目を見開いた。
――新しいスキルを習得しました。
表示されたウィンドウを開き、説明文に視線を走らせる。
『WIS依存の神聖障壁を三つ展開する』
「……あれ?」
ステラは、首を傾げた。
リリアが使っていた《ディバイン・シールド》は、
仲間をまとめて覆う――一枚の大きな盾だったはずだ。
それに比べると、これは“三つの障壁”。
形も運用も、明らかに別物に見える。
「……リリアさんが言ってたのと、違う……?」
しばらく考え込んでから、ステラは小さく息を吐いた。
「まあ、いいか」
形は違っても、守る力であることに変わりはない。
新しい力を手に入れたことに、ステラは素直に頷いた。
その時――
再びシステムメッセージが表示された。
【エクストラクエスト発生:慈愛の試練1】
「エクストラクエスト……?」
「神官様……」
アリアが弱々しく声をかけてくる。
「村人は守ってくださいました。本当に、ありがとうございます」
アリアが深く頭を下げる。
「でも……疫病は、まだ消えていません」
アリアが村人たちを見る。村人たちのHPバーには、まだ【疫病】のアイコンが表示されている。
「疫病に侵された村人たちを、治療してほしいんです」
アリアが懇願する。
「治療……?」
ステラは少し考える。まず、状態異常を解除できないか試してみよう。
「《クリーンセンス》!」
ステラがスキルを発動させる。光が村人たちを包み込むが――
【疫病】のアイコンは、消えない。
「やっぱり、ダメか……」
「クリーンセンスでは解除できません。疫病は、特殊な呪いなんです」
アリアが説明する。
「聖域の泉の水を使った儀式が必要なんです」
「儀式……分かった。泉の水を汲んでくるね」
ステラが頷く。
「ありがとうございます。泉は、村の奥にあります」
アリアが方向を指差す。
ステラは泉へと向かった。
村の奥、聖域の泉。
木々に囲まれた小さな泉が、静かに佇んでいた。水は透き通り、底まで見える。
だが、どこか力を失ったような、淡い輝きしか放っていない。
「ここが、聖域の泉……」
ステラは、慎重に泉へと歩み寄った。
濁った水面は静かに揺れ、かつての輝きを失っている。
その時――
不快な気配が、肌を撫でた。
「……っ」
ステラが足を止める。
泉の周囲、木々の影から姿を現したのは、腐敗したような小型のモンスターだった。
痩せ細った体、黒ずんだ皮膚。数体が、泉を囲むように徘徊している。
ゆらり、ゆらりと。
まるで泉そのものを蝕むかのように。
「邪魔しないでよ!」
ステラは即座に杖を振る。
「《聖炎》!」
放たれた炎が、最前列のモンスターを包み込み、瞬時に焼き尽くした。
残った個体が一斉に距離を詰めてくる。
「……っ!」
「《プロテス》!」
淡い光がステラの身体を覆い、防御力が跳ね上がる。
続けて――
「《ヒール》!」
バリアが展開され、爪や牙の攻撃を弾き返した。
ガツン、と衝撃だけが伝わり、ダメージは通らない。
「《聖炎》!」
小規模な炎を連続で放つ。
炎は確実にモンスターを捉え、二体、三体と光の粒へと変えていった。
やがて――
泉の周囲は、静けさを取り戻す。
「ふぅ……」
ステラは大きく息を吐き、杖を下ろした。
周囲を確認してから、慎重に泉へと近づく。
濁った水面に手を伸ばし、器で水を汲もうとした、その時――
泉の底に、何かが見えた。
「……何、あれ?」
水面の揺れに合わせて、影がゆらりと動く。
輪郭は曖昧で、正体までは掴めない。
「気になる……けど……」
一瞬、迷いがよぎる。
だが、苦しむ村人たちの顔が脳裏に浮かんだ。
「……今は、村人たちが優先だよね」
ステラは影から目を離し、泉の水を器に汲み上げる。
「あとで、もう一度確認しよう」
そう心に決めて、ステラは村へと戻っていった。
村に戻ると、アリアが待っていた。
「水、持ってきたよ」
ステラが器を渡す。
「ありがとうございます。では、儀式を始めます」
アリアが泉の水を受け取り、村の中央へと向かう。
村人たちが、中央に集められる。アリアは水を手に取り、祈りを捧げ始めた。
「聖なる泉の守護者よ……」
アリアの声が、静かに響く。
「汚れを清め、病を癒し、光を取り戻したまえ……」
泉の水が、淡く光り始める。神聖な力が、周囲に広がっていった。
その時――
低く、重い地鳴りが響いた。
「また……!?」
ステラが振り向く。
森の奥から、再びモンスターの群れが押し寄せてきていた。数は十体ほど。
「儀式を……邪魔させない!」
杖を強く握りしめる。
「《マルチディバイン・シールド》!」
光が弾け、三つの神聖障壁が展開される。
アリアと村人たちを囲むように、輝く壁が浮かび上がった。
「《挑発》!」
ステラの声に呼応し、モンスターたちの視線が一斉に彼女へと向く。
「来なさい……!」
「《プロテス》! 《ヒール》! 《リジェネ》!」
次々と支援魔法を重ね、バリアを展開する。
直後――
ドガッ、ドガッ、ドガッ!
激しい衝撃が走る。
バリアは削られるが、まだ崩れない。
「《聖炎》!」
放たれた炎が、モンスターを包み込む。
数体がその場で光の粒となって消えた。
残るモンスターたちが、さらに激しく襲いかかる。
だが――
《リフレクト・ヴェール》が発動。
反射された光が、攻撃を跳ね返すたびにモンスターのHPを削っていく。
「《聖炎》!」
追撃の炎が放たれ、
やがて――最後の一体が倒れた。
森に、静寂が戻る。
「……ふぅ……」
ステラは杖を下ろし、深く息を吐いた。
その時――
アリアの詠唱が、静かに結びへと向かう。
「……清められよ」
最後の祈りが捧げられた瞬間、
泉の水がまばゆく輝き、光が村全体を包み込んだ。
【疫病】のアイコンが、ひとつ、またひとつと消えていく。
村人たちの表情が和らぎ、HPの減少も止まった。
「……終わりました」
アリアが、ほっと息をつく。
「ありがとうございます、神官様。あなたのおかげで……村は救われました」
深く頭を下げるアリアに、ステラは慌てて手を振った。
「う、ううん……そんな……。私、やれることをやっただけだから……」
そう言いながら、視線を村人たちへ向ける。
苦しそうだった表情は消え、安堵の笑みが浮かんでいる。
その光景に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
――よかった。本当に。
その瞬間。
視界の端に、淡い光が滲むように浮かび上がった。
【クエスト:慈愛の試練2】
ステラは、思わず瞬きをする。
「まだ……続きが、あるんだ……」
ステラは小さく息を吐き、改めて村と泉の方向を見つめた。
疫病は癒えた。村は救われた。
――それでも、この地に漂う違和感は、完全には消えていない。
泉の淡い輝き。
底に沈んでいた、あの“影”。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、ステラはそう呟いた。
「最後まで、ちゃんとやるから」
杖を握り直し、一歩、前へ。
こうして――
試練は終わらず、
慈愛の物語は、次の段階へと進んでいく。
次は3/13 21時投稿予定
お楽しみに!




