第132話 極振りヒーラー、幸運の丘
金貨猫は、ときおり振り返りながら歩いていた。
一定の距離を保ち、ソルが追いつきそうになると、また静かに歩き出す。
急かすわけでも、かといって待つわけでもない。
ただ自分の歩幅を崩さず、二人を導くように進んでいく。
ソルとルナは顔を見合わせ、小さく会話を交わしながらその後を追った。
「なんか……綺麗になってきた」
ルナが周囲を見回し、感心したように呟く。
草原の緑は次第に色濃さを増し、足元には小さな花々が目立つようになっていた。
風に揺れるたび、柔らかな香りが漂う。
鳥の鳴き声も、先ほどよりずっと賑やかだった。
「ここ、あんまり人が来てないのかもな」
ソルが空を見上げる。
鳥型モンスターが数羽、のんびりと輪を描いていた。
プレイヤーに追い立てられた気配はなく、踏み荒らされていない草原が、ありのままの姿で広がっている。
金貨猫は時折足を止め、ソルの位置を確かめるように振り返る。
そして視線が合うと、何事もなかったかのように再び歩き出す。
その仕草を繰り返しながら――猫は二人を、ゆっくりと草原の奥へと導いていった。
小高い丘が見えてきた。
草原の中央に、なだらかに盛り上がった丘がひとつ――金貨猫は迷いなく、その頂へ向かって登り始める。
ソルとルナも顔を見合わせ、後を追って丘を登った。
そして頂上へ足を踏み出した瞬間、視界が一気に開けた。
草原が、どこまでも広がっている。
ハネリ村の家々は小さな模型のように遠くに並び、そのさらに向こうには第2層の空が穏やかに横たわっていた。
風が吹き抜けるたび、草の波が幾重にも揺れ、さざめきが丘まで届く。
目の高さを、数羽の鳥がゆったりと横切っていった。
「わあ……」
思わず、ルナの口から感嘆がこぼれる。
「すごいとこじゃん」
ソルは両手を腰に当て、ゆっくりと景色を見渡した。
戦いも喧騒もない、ただ静かで広い世界がそこにある。
ふと視線を戻すと、金貨猫はすでに丘の頂に座っていた。
前足を揃え、尻尾をゆるやかに揺らしながら――まるで招き猫のような姿で、静かに二人を待っている。
「ここに連れてきたかったのか?」
ソルが問いかけると、金貨猫は小さく鳴いた。
それは肯定のようにも、ただ満足げな返事のようにも聞こえた。
「ソル、見て」
ルナが丘の草むらを指差す。
「ここだけ、アイテムがいっぱい落ちてる」
視線を向けると、草の間に複数のアイテムが散らばっていた。
淡く光を帯びるもの――中にはレアドロップ表示が付いた品まで混ざっている。
「……この猫が引き寄せてたのかな」
ソルはひとつ拾い上げながら呟いた。
丘の頂に座り続けていた金貨猫。
その存在が、幸運そのもののようにこの場所へ滞留し、結果としてアイテムが集まった――そんな印象を受ける。
「レアアイテムを集める猫……」
ルナが小さく感嘆する。
「ソルの運と合わさったら、どうなるんだろう」
「さらに上がるんじゃない?」
軽く返した、その時だった。
ソルの腰に下げていたお守りが、かすかに光を帯びる。
金貨猫の視線が、すっとお守りへ向いた。
金色の瞳がお守りを見つめ、それからゆっくりとソルの顔へ移る。
「……お守りに反応してる?」
「同じ、幸運系なのかもな」
ソルが手に取ると、金貨猫はその動きをじっと目で追った。
お守りと金貨猫――系統の近い力同士が、静かに共鳴し合っているような感覚がある。
その瞬間。
テイムの選択肢が、音もなく視界に浮かび上がった。
ソルはゆっくりとしゃがみ込み、金貨猫と目線を合わせた。
金色の瞳が、逃げることなくまっすぐこちらを見返してくる。
「俺と一緒に来るか? 運の良さは保証するぞ」
半ば冗談めかした誘いだったが――
金貨猫が静かに動いた。
前足を一歩踏み出し、ためらうことなくソルの手の上へそっと乗せる。
その瞬間、視界に小さな光が弾けた。
テイム成立。
「よっしゃ!」
思わず声が弾む。
ソルが立ち上がると、すぐ隣でルナが飛び跳ねるように笑った。
「おめでとう!」
頭の上ではスタルがぴかっと光り、祝福するように小さく揺れる。
ソルは金貨猫――新しい仲間を抱き上げた。
驚くほど軽く、金色の毛並みが陽光を受けてやわらかく輝く。
「名前……コガネ? キン?」
「コインとかは? 金貨っぽいし」
「コイン……」
口の中で転がしてみる。
短くて覚えやすい。何より、この猫の雰囲気にしっくりきた。
「コイン! それにする!」
その言葉に応えるように、コインが胸元で小さく喉を鳴らす。
ごろごろと響く振動が、服越しに心地よく伝わってきた。
「気に入ってくれたみたいだな。よろしくな、コイン」
コインは目を細め、満足そうに身を預ける。
――それだけで、十分な返事だった。
ハネリ村を経由し、二人は第四層のギルドホームへと戻った。
扉を開けると、リビングにはステラ、ヒマワリ、ノエルの三人が揃っている。
いつも通りの穏やかな空気――そこへ、ソルが少し得意げな声を落とした。
「テイムしてきた!」
「え、どこで?」
ステラが顔を上げ、驚いたように瞬きをする。
「二層。観光してたら向こうから寄ってきた」
あまりにも自然な言い方に、ヒマワリが肩をすくめた。
「……ソルらしいね」
呆れと納得が半分ずつ混じった声だった。
「コインっていう名前にしたよ」
ルナが横から補足する。
「可愛い……!」
ステラが身を乗り出してコインを覗き込むと、当の本人は警戒する様子もなく目を細め、くつろぐように喉を鳴らした。
その様子を見て、ノエルが小さく頷く。
「また落ちてるアイテムを拾いやすくなるんじゃない? 幸運系のモンスターなら、ドロップ率にも影響しそうだ」
「俺の運、さらに上がるな」
「調子に乗りすぎ」
即座にルナのツッコミが飛ぶ。
ソルは気にした様子もなくコインを肩へ乗せた。
コインはちょこんと座り、前足を揃えたままリビングをゆっくり見渡す。招き猫のような姿勢で、尻尾だけがのんびりと揺れていた。
「なんか、様になってるね」
ステラがくすっと笑う。
「だろ」
ソルが満足げに頷いた瞬間、コインが小さく鳴く。
まるで同意するかのような、その短い声に――
リビングの空気が、少しだけ和んだ。
次は5/19 21時投稿予定
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