第128話 極振りヒーラー、待つということ
翌日。
ルナとソルが同じエリアへ向かおうとしていると、後ろからステラがついてきた。
「なんでステラさんも来たの?」
ルナが振り返る。
「面白そうだったから」
ステラはいつもの笑顔で答えた。
「もしかして、心配してくれてる感じ?」
ソルが少しだけからかうように聞く。
「んー、どうかな。ルナちゃんのことは信じてるよ。ただ、一緒にいたかっただけかも」
「……それはそれで嬉しいけど」
ルナは少し照れながら言った。
「じゃあ行こう」
三人は並んで歩き出す。
今日こそ、あの白い影にもう一度会うために。
第四層のフィールドは、昨日と変わらない穏やかな景色に包まれていた。
草むらが風に揺れ、遠くから鳥の鳴き声がかすかに届く。
三人は横一列に並び、周囲を警戒しながらゆっくりと歩みを進めていた。
「このあたりだったよね……?」
ルナが声を潜めて呟く。
「もう少し奥だったかも」
ソルが同じく小声で答えた。
ステラは何も言わず、静かに周囲へ視線を巡らせながら二人の後ろを歩いている。
その落ち着いた佇まいが、不思議と安心感を与えていた。
――そのとき。
草むらの奥に、白い影がかすかに揺れた。
ソルはすぐさま胸元のお守りを両手で握りしめ、小さく祈るように呟く。
「俺の運……頼むぞ……」
現れたのは、星屑兎だった。
星型の斑点模様、淡く光る耳の先――昨日とまったく同じ姿。
そして昨日と同じく、中型モンスター二体に追われている。
ルナは迷わず杖を構えた。
その隣で、ステラが柔らかな声を添える。
「倒したら、ゆっくりね」
「……うん」
ルナは深く息を吸い込んだ。
焦らない。魔力を丁寧に練り上げる。まずは目の前の敵に集中する。
「《マジックブースト》」
身体の内側で魔力が膨れ上がり、魔法攻撃力が一気に引き上げられる。
さらに杖を握り直し、詠唱を重ねた。
「《二重魔法》……《サンダーボルト》、《ウィンドカッター》!」
雷光と風刃が同時に走る。
直撃。
二体のモンスターは抵抗する間もなく、光の粒子へと変わって空中に散った。
静寂が戻る。
星屑兎はぴょん、と小さく跳ね、草むらの端で足を止めた。
こちらをじっと見つめている。
警戒している。
けれど――昨日のように逃げ道を探して慌てる様子はなかった。
ルナは、その場にそっとしゃがみ込んだ。
突撃しない。
近づかない。
ただ、ここにいる。
星屑兎が丸い目でルナを見つめている。
耳が小刻みに揺れていた。まだ怖いのかもしれない。けれど――逃げようとはしていない。
「……来てくれるかな」
小さな声がこぼれる。
「焦らなくていいよ」
ステラが、静かな調子で答えた。
沈黙が降りる。
風が草を揺らす音だけが、やわらかく耳に届く。
ルナは動かなかった。
膝を抱え、星屑兎と目線を合わせたまま、じっと待つ。
――ぴたり、と。
星屑兎の耳の動きが止まった。
一歩。
ぴょこり、と小さく前へ出る。
思わず反応しそうになった体を、ルナはぐっと押さえ込んだ。
動かない。ただそこにいる。
もう一歩。
さらに一歩。
星屑兎は少しずつ、少しずつ距離を縮めてくる。
足を止めて様子を見て、また進む。その繰り返しで、じわじわと近づいてきた。
ルナは息を潜めたまま、ただ待ち続ける。
やがて――
星屑兎は、ルナの膝のすぐ前で足を止めた。
小さな鼻先を近づけ、匂いを確かめるようにひくひくと動かす。
丸い目が、そっとルナを見上げた。
逃げる気配はない。けれど、触れれば消えてしまいそうな距離。
その瞬間。
テイムの選択肢が、静かに浮かび上がった。
「……一緒に来てくれる?」
ルナが、祈るような小さな声で呟いた。
――テイム成立。
次の瞬間。
星屑兎が、ふわりとルナの膝の上へ跳び乗った。
ほとんど重さを感じない。
掌に触れた毛並みは、信じられないほど柔らかく、温かかった。耳の先がぽわっと淡く光を帯びる。
思わず歓声を上げそうになり――ルナは慌てて唇を噛みしめた。
全身が震えている。
嬉しいのか、感動しているのか、自分でも分からない。ただ胸の奥がいっぱいで、どうしていいか分からなかった。
「……ソル」
「なに」
「来てくれた……!」
声が裏返りそうになるのを必死に抑えながら、それでも小声は守る。
ソルが隣で、ほっとしたように息を吐いた。
「よかったじゃん……!」
少し後ろでは、ステラが静かに二人を見守っていた。
微笑んでいる。
何も言わない。
けれど、その表情だけで十分だった。
しばらくしてから、三人は草むらに腰を下ろした。
ルナが星屑兎をそっと抱き上げる。
軽い。
ふわふわしている。
星型の斑点は、近くで見るとひとつひとつ形が違っていた。
「名前……なんにしよう」
「ルナだからルーナ?」とソルが言う。
「それじゃ私と同じじゃん」
「……まあそうか」
「星の模様があるから……スタル、はどう?」とステラが提案した。
ルナがその名前を口の中で転がす。
「スタル……スタル」
短くて、呼びやすくて。
星のきらめきをそのまま閉じ込めたような響きだった。
ルナの顔がぱっと明るくなる。
「それにする! スタル!」
その瞬間。
星屑兎の耳の先が、ぴかっと小さく光った。
「気に入ってくれたみたい」とステラが優しく笑う。
「えへへ、よろしくね、スタル!」
スタルは鼻をひくひくと動かした。
それだけの仕草だったけれど――
ルナにとっては、それだけで十分すぎる返事だった。
ギルドホームに戻ると、ヒマワリとリリアがリビングにいた。
「テイムできた!!」
ルナが扉を開けた瞬間から叫ぶ。
スタルが腕の中でぴょんと跳ね、そのままルナの頭の上に乗った。
「おめでとう」とヒマワリが言う。
「今度は突撃しなかったんだ」
「ちゃんと待ったよ! じっとして、動かないで、ひたすら待ったの!」
「それは偉かったね」
「すごく難しかったけど!」
ステラが隣で、こっそりソルに耳打ちする。
「……ソルのお守りのおかげもありそうだけど」
「聞こえてるよ!」
ルナが振り返る。
ステラが「あ」と小さく声を上げた。
ソルが胸を張る。
「よっしゃ、俺の運が役に立った!」
「役に立ったかどうかは分からないけど」とヒマワリが冷静に言う。
「立ったんだよ! 雰囲気で分かる!」
リリアがスタルを覗き込み、目を細めた。
「可愛い……星の模様、本物みたい」
「でしょ! 近くで見るとひとつひとつ形が違うんだよ!」
スタルはルナの頭の上で耳をぴこぴこ動かしながら、リビングを見渡していた。
耳の先が、ぽわぽわと点滅するように光っている。
「落ち着いてるね」とヒマワリが言う。
「スタルって名前、気に入ってくれたみたいで。呼んだら光るんだよ」
「スタル」
ステラが呼んでみると、スタルの耳の先がぴかっと光った。
「本当だ」
「でしょ!」
ルナが自慢げに笑う。
スタルは頭の上でどっしりと落ち着き、そこが自分の定位置だと言わんばかりにくつろいでいた。
次は5/15 21時投稿予定
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