第126話 極振りヒーラー、ヒマワリの特訓
バルトのクエストから戻った夜――ヒマワリは一人、戦闘の振り返りをしていた。
右翼を一人で相手にしたあの場面。
序盤は《蜃気楼》と《陽炎》を駆使して、敵の動きをかき乱しつつ何とか捌いていた。
しかし、敵の数が増えるにつれて、次第に対応が後手に回り始めた。
二刀流で手数は増えたものの、それでも――一対多の状況では限界がある。
「二刀流で手数は増えた……でも、数が多い場面はやっぱり厳しいな……」
第四回イベントの報酬で手に入れた古の宝石が、まだ手元にある。
スキル交換所で交換可能なスキル一覧を眺めていたとき、ふと目に留まったあのスキルを思い出す。
「剣の舞……あれを使えば、多勢相手でも対応できるかもしれない」
ヒマワリはそのままスキル交換所へ向かい、古の宝石と【剣の舞】を交換した。
習得のエフェクトが眩く光り、スキルがインベントリに収まる。
次の課題は――練習用の剣をどうするか、だ。
ノエルの作業場に近づくと、金属を叩く音が響いていた。
「ノエルさん、片手剣って余ってたりしない?」
「……何本いる?」
手を止めずに返すノエルに、ヒマワリは少し考えて答えた。
「できれば、複数」
「失敗作なら四本ある。バランスが悪くて使い物にならないけど」
「十分。ありがとう」
ノエルは作業台の隅から剣を取り出しつつ、少し気になったように訊ねる。
「四本も、一体何に使うんだ?」
「バルトさんのクエストで、一対多がきつかったの。第四回イベントの報酬で剣の舞を取ったんだ。その練習用」
「……試してみる価値はありそうだな」
ノエルは四本の片手剣をヒマワリに手渡しながら、一言添えた。
「壊れても気にするな。どうせ失敗作だ」
「ありがとう、大事に使う」
「大事に使う……じゃなくて、壊していいって言ったんだが」
ヒマワリはもう剣を受け取り、足早に歩き出していた。
演習場に向かう途中、ステラとノエルも一緒になった。
「なんで二人もついてくるの?」
「面白そうだったから」とステラがあっさり答える。
「それだけ?」
「それだけ」
ノエルは腕を組んだまま前を向き、淡々と言った。
「自分の剣がどう動くか……一応見ておきたい」
「失敗作って言ってたのに」
三人は演習場に入った。広いフロアには、ターゲット用の人形がずらりと並んでいる。
ヒマワリは四本の片手剣を地面に並べ、深く一度だけ息を吸った。
「《剣の舞》」
ヒマワリが意識を集中させると、四本の剣が静かに浮き上がった。
魔力の糸が絡むように、それぞれの剣がヒマワリの意識と繋がっていく感覚――ゆっくりと回転し始めた刃が、柔らかな光を帯びた。
「おお……」
ステラが目を丸くする。
ヒマワリは呼吸を整え、心の中で刃一本一本に意識を張り巡らせた。
ヒマワリが意識を向けると、四本の剣がターゲットに向かって走った。
バランスの悪い失敗作でも、魔力で制御されている分には問題なく動く。刃がターゲットに次々と入り、切り裂かれた人形が傾いた。
「動いた」
「すごい……剣が勝手に動いてる」ステラが息を漏らす。
「勝手にじゃないよ。操作してるんだ」
「……なるほど」
ノエルは腕を組んだまま、剣の動きを静かに観察していた。
失敗作がどう動くか、どこで歪みが出るか――職人としての好奇心が顔に出ている。刃が戻るたび、目が細くなった。
「もう少し動かしてみる」
ヒマワリは演習用のターゲットを複数体起動させる。
人形型の標的が動き出し、ランダムな軌道で間合いを詰めてくる。
四本の剣が散開した。
一本の剣がヒマワリの右側から来る標的を横薙ぎに斬る。
もう一本が正面の標的に突きを叩き込む。
残り二本はヒマワリの周囲を旋回し、死角をカバーするように動いていた。
同時に、ヒマワリ自身も動く。
「《ソニック・ブレイク》!」
両手の剣で二連撃を叩き込み、正面の標的を吹き飛ばす。
その瞬間、後方から別の標的が迫った。
振り返らず、意識だけを向けると、旋回していた剣の一本が反応して後方の標的を斬り払う。
「《スラッシュ》!」
左側の標的に大ダメージの斬撃。
同時に、剣の舞の一本が右側の標的へ走る。
ヒマワリは自分の剣を振るいながら、剣の舞に残りを任せた。
「……手が四本増えたみたいだ」
ヒマワリがそう呟いた。
標的の数を増やす。六体、八体――密度が上がるにつれ、剣の舞の動きが忙しくなる。
ヒマワリの意識が四本の制御に分散し、自分の剣の動きが一瞬だけ鈍る。
標的の爪が肩をかすめた。
「まだ、分散しすぎるとこっちが甘くなる」
「使い分けが難しそうだね」ステラが言う。
「剣の舞に任せる場面と、自分で動く場面を分けた方がいいかも」
ノエルが静かに口を開いた。
「今、右の二本の軌道が安定してない。バランスが悪いからだと思うが……魔力の乗せ方で補正できるか?」
ヒマワリは試す。
右側の二本への魔力量を微調整すると、軌道の歪みが減り、標的を斬る精度が上がった。
「できた」
「失敗作でそれができるなら、ちゃんとした剣ならもっと安定する」
ノエルはどこか独り言のように呟いた。
ヒマワリが最後の標的を《サンダーラッシュ》で仕留め、剣の舞の四本を手元に戻す。
「感覚は掴めた。次は、避けながら同時に動かす練習がしたい」
動作確認を終えたヒマワリは、ステラに向き直った。
「ステラ、攻撃を撃ってほしい。避ける練習がしたい」
「私が? でも攻撃力ほぼないよ?」
「数が多くて速い方がいい。《魔弾雨》、持ってるよね」
ステラが少し表情を固める。
「……持ってるけど、ヒマワリちゃんに当てるの嫌だな」
「当てていいよ。演習モードの決闘だから、ダメージは入らない」
「そっか、わかった。行くよ」
ステラは深く息を吸い、杖を構える。
「《魔源共鳴》」
漆黒の魔力がステラを包む。最も高いステータスであるWISがINTに転換され、魔法攻撃力が跳ね上がった。
「《魔弾雨》!」
前方に超広範囲の魔力弾が降り注ぐ。雨どころではない。視界を埋め尽くすほどの弾数が、扇状に広がってヒマワリへ向かう。
ヒマワリが即座に動く。
両手の剣で撃ち落とせるものは撃ち落とし、剣の舞の四本が残りを弾き飛ばす。それでも対処しきれないものは、体をひねって回避する。
最初の一撃目は、三割ほどが抜けた。
演習モードなのでダメージはないが、当たった感触は確かに伝わる。
「もう一回」
「うん」
ステラが再び《魔弾雨》を放つ。
ヒマワリが身を翻す。今度は抜ける弾は二割ほどに減った。
繰り返すうちに、体が弾道を覚え始める。
どの角度から来るか、どのタイミングで密度が上がるか――。
剣の舞の四本の動きも、少しずつ最適化されていく。
「剣の動きが安定してきた」
ノエルが小さく呟いた。
「まだ右側が遅い」
ヒマワリが返す。
「自分で気づいてるなら早い」
三度目の《魔弾雨》。
ヒマワリの右側の剣が、前の二回より速く動く。抜けた弾はさらに減った。
四度目。
五度目。
六度目――抜けた弾は、もう数えるほどだった。
ヒマワリは剣を止めず、胸の奥に小さな達成感を感じた。
ステラは息を整えながら、少し笑みを浮かべる――疲れながらも楽しんでいるのが分かる。
演習場の床に、三人は座り込んだ。
「《魔弾雨》……MP消費すごかった」
ステラがぐったりとつぶやく。MPゲージはほぼ空だ。
「付き合ってくれてありがとう」
ヒマワリが礼を言うと、ステラは少し笑った。
「ヒマワリちゃんが全部避けるようになったら、私、当てられなくなるね」
「それが目標だから」
ステラがしみじみと呟く。
「……手加減なしで撃ってたのに」
ノエルは浮いている四本の剣を眺めながら言った。
「失敗作、思ったより持ったな」
「壊れてないよ」ヒマワリが答える。
「……また使うか?」
「使っていい?」
「どうせ使い道がなかったやつだ」
ノエルは立ち上がり、剣を回収せずに演習場の出口へ歩いていく。
ヒマワリはその背中を見て、小さく笑った。
「ありがとう、ノエルさん」
「……聞こえてない」
扉が閉まる音だけが残った。
ステラはMPポーションを取り出し、ぼんやりと天井を見上げる。
「ヒマワリちゃんって、練習の仕方が一番ヒマワリちゃんだよね」
「どういう意味?」
「実戦で一番きつかった場面を、次の日には練習してる。早いなって」
ヒマワリは少し黙った。
「次のレイドボスまで二週間もないから」
「そっか」
ステラはポーションを飲み、立ち上がる。
床には、四本の剣が静かに並んでいた。
次は5/13 21時投稿予定
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