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死ぬのが怖いので、不人気の回復職を選びました。  作者: s-rush


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第120話 極振りヒーラー、不壊の意志

アップデート告知が流れたのは、一週間前のことだった。


《バリア崩壊》効果を持つモンスターおよびスキルの実装――

その一文を見た瞬間のざわつきは、まだ胸の奥に残っている。


ギルドホームのソファに腰掛け、ステラは改めて告知内容をスクロールした。

すでに何度も読み返したはずなのに、文字を追うたびに小さな緊張が胸を撫でる。


バリアを崩す攻撃。

それはつまり、ステラの戦い方の根幹を正面から揺さぶってくる仕組みだった。


これまでのように“受け続ければいい”という安心感は、もう通用しないかもしれない。


「……習得しておきたいな」


思わず零れた言葉は、独り言のつもりだった。


対策になるスキル。

何かひとつでも用意しておけば、戦い方の幅は確実に広がる。


そう考えながらも、この一週間はレイド準備や探索が重なり、まとまった時間を取れずにいた。


だが――その日の午後。


他のメンバーは、それぞれのテイム情報を集めるために外へ出ていて、ギルドホームにはステラ一人しかいなかった。

窓から差し込む柔らかな光と、静かな室内。考え事をするには、ちょうどいい落ち着きだった。


ステラはゆっくりと立ち上がる。


「……動くなら、今だよね」


小さくそう呟き、装備画面を開いた。

胸の奥にあった迷いは、もうほとんど残っていなかった。




情報をもとに第四層のフィールドを歩いていると、不意に見慣れない影が視界に入った。


崩れた石造建築の残骸にもたれかかるように立っていたのは、ひとりの老騎士のNPCだった。

くすんだ銀の鎧は長い年月を感じさせ、大剣を杖代わりに地面へ突き立てている。その周囲だけ、まるで時間の流れが緩やかになったかのような静かな存在感があった。


ステラが近づくと、老騎士はゆっくりと顔を上げる。


「バリアを極めたいか」


問いかけというより、すでに答えを知っている者の確認のような口調だった。


「なぜ分かったんですか?」


ステラが首を傾げると、老騎士は小さく息を吐く。


「その杖に流れる魔力を見れば分かる。お前は守ることで戦う型だ」


低く落ち着いた声が続く。


「ならば、崩されることを恐れるな。守りは壊されてこそ完成する。何度打ち砕かれても立て直す意志があるか――それが、お前の強さになる」


言葉は厳しいのに、不思議と責める響きはなかった。

試すようでいて、背を押すような重みがある。

ステラは一瞬だけ黙り、それから小さく息を吸った。


「……やってみます」


老騎士は短く頷き、視線だけで遠くを示す。


「南東の廃坑跡だ。踏み込めば分かる」


それだけ言って、老騎士はゆっくりと歩き去った。

ステラはその背中を見送り、一人で南東へ歩き出した。




廃坑跡へ向かう道中、ステラは立ち止まった。

一人で来たとはいえ、完全に一人でやる必要はない。杖を軽く掲げ、静かに呼びかける。


「《スイート・レギオン》――チョコガルド、ビスコルド、シスタルト」


光が三つ弾け、それぞれの聖霊が姿を現した。


「守護を誓う!」

「我が盾は誰も通さぬ!」

「癒しを与えます」

三体を見回して、ステラは役割を確認した。


「チョコガルドは私の正面。ビスコルドは左側。シスタルトは後ろで待機して。バリアが崩れた瞬間だけ動いてね」

「承知」

「了解」

「わかりました」


三体が各々の位置につく。

ステラは一度だけ深く息を吸って、また歩き出した。



廃坑跡の入口に足を踏み入れた瞬間、視界の端でシステムウィンドウが静かに切り替わった。


【不壊の意志:バリアを張り直せ 0/30】


クエストが進行状態へ移行する。

同時に、薄暗い坑道の奥からいくつもの気配が動いた。乾いた石の擦れる音と、低い唸り声が重なる。


ステラは迷わず一歩前へ出た。


「《挑発》」


視線が、一斉に集まる。

大型の魔獣が三体、中型が五体――そのすべてが、淡く揺らぐ《バリア崩壊》の紋様を身に纏っていた。


「《再生の祝炎》《ハイヒール》」


柔らかな光が重なり、持続回復が走る。

回復量が上限を越えた瞬間、淡い光膜がステラを包み込み、バリアが形成された。


――直後。


ガラスが砕け散るような鋭い音が、坑道に響いた。


バリアが、一撃で消し飛ぶ。


「《ハイヒール》」


間髪入れず詠唱。

再び回復が上限を越え、光の膜が形成される。だが次の瞬間には、また砕ける。


ステラは小さく息を吐いた。


「大丈夫。割れても、すぐ張り直す」


自分に言い聞かせるように、一定のリズムで詠唱を繰り返す。

崩れるたびに張り直し、張り直すたびにまた砕かれる。その単純で過酷な反復に、意識を合わせていく。


正面から迫る一撃を、チョコガルドが《チョコレートウォール》で受け止めた。

粘性のある防壁が衝撃を吸収し、わずかな時間を生む。


左側ではビスコルドが《クリームコーティング》を展開し、回り込もうとする魔獣を押し返していた。

そして後方では、シスタルトが一歩も動かず静かにステータスを監視している。


バリアが砕けた――その刹那。


「《シュガーヒール》」


柔らかな光が滑り込み、ステラを包み込んだ。

次のバリアが形成されるまでの、ほんの一瞬の空白を繋ぐための回復。


カウントが、確実に積み上がっていく。


【不壊の意志:バリアを張り直せ 11/30】


戦闘が激化しても、チョコガルドは《イージス》を発動していなかった。

攻撃の密度が増すほど、その判断の意味がはっきりしていく。


「……まだ使うな」


チョコガルドが静かに呟く。


「ステラ様が限界に近づいた時のために取っておく」


ビスコルドは何も言わず、ただ小さく頷いた。

そして左側の防衛へと意識を戻し、迫る魔獣を再び押し返す。


砕ける音と、再生の光。

その反復の中で、ステラはただ――張り続けていた。


カウントが二十を超えた頃から、空気が明らかに変わり始めた。

それまで一定だったモンスターの動きが、徐々に鋭さを増していく。


攻撃の間隔が詰まり、《バリア崩壊》の紋様を帯びた一撃が、ほとんど連続に近い形で叩き込まれるようになった。


展開したばかりのバリアが、呼吸ひとつ分の間もなく砕け散る。

詠唱の合間にわずかな余裕すら生まれない、限界すれすれの攻防だった。


「《ハイヒール》《再生の祝炎》」


重ねて詠唱する。

淡い光がステラを包み、バリアが形成され――その瞬間に砕ける。


間髪入れず、シスタルトの《シュガーヒール》が滑り込む。

だが回復の余韻が消えるより早く、次の攻撃が迫っていた。


それでも、ステラの意識は揺れなかった。


余計な思考を切り離す。

痛みも焦りも、すべてを脇へ置き、ただ一つの行動だけに集中する。


崩れたら、張る。

それだけを繰り返す。


いつもの柔らかな空気は消えていた。

細められた瞳。乱れのない呼吸。詠唱の開始点だけを正確に測り続ける静かな集中。


「……もう少し」


システムウィンドウが淡く瞬く。


【不壊の意志:バリアを張り直せ 27/30】


その直後だった。


バリアが砕け散る。

そして間を置かず、次の一撃が迫る。


――詠唱が、間に合わない。


「今だ」


チョコガルドの低く落ち着いた声と同時に、《イージス》が発動する。


眩い光がステラを包み込み、世界の音が一瞬だけ遠のいた。

次の攻撃が直撃する――はずだった衝撃は、完全に遮断される。


その一瞬で、ステラは詠唱を終えた。

「《ハイヒール》」

バリアが展開される。体勢が整う。


【不壊の意志:バリアを張り直せ 30/30】


――その瞬間。


視界に、スキル習得のエフェクトが走った。


《不壊の意志》を習得しました

効果:バリア崩壊効果を含む攻撃を受けた際、バリアの崩壊を無効化する。


直後、《バリア崩壊》を纏った一撃が再び叩き込まれる。

砕けそうになった瞬間、光が走った。

砕けるはずだった光膜が、確かにそこに残っていた。


モンスターが怯んだ隙にチョコガルドとビスコルドが前へ出る。


「《チョコレートウォール》!」


厚い障壁が敵の進路を塞ぎ、動きを封じる。


「《ビスケットバッシュ》!」


重い一撃が叩き込まれ、大型の魔獣が体勢を崩した。

続けざまの連携で残敵は押し込まれ、やがて一体ずつ光の粒子へと変わっていく。


やがて戦闘音が途切れ、廃坑跡に静寂が戻った。


三体がステラのもとへ歩み寄る。

わずかな間を置き、シスタルトが静かに口を開いた。


「ステラ様、ご無事で」

「取れた……」


ステラは大きく息を吐き、張り詰めていた力をゆっくりと抜いた。


「ありがとう、三人とも。チョコガルドの《イージス》、助かった」


チョコガルドは何も言わず、ただ一度だけ頷いた。

それだけで、十分だった。



老騎士のもとへ戻ると、NPCはまだ同じ場所に立っていた。

ステラが近づくと、老騎士が静かに頷く。


「やり遂げたか」

「……なんとか」


短いやり取りのあと、老騎士は静かに続ける。


「崩されても立て直す。それがお前の強さになる」


それだけを告げると、再び口を閉ざした。

余計な言葉はなく、だが十分だった。


ステラは小さく一礼し、その場を後にする。

視線を前へ向け、ギルドホームへと歩き出した。




「一人で行ったの?」


ギルドホームに戻るなり、リリアが目を丸くして問いかけた。


「レギオンがいたから」


さらりと答えるステラに、ヒマワリが呆れたように肩をすくめる。


「……レギオン込みでも、一人って言うんだ」

「バリアが崩されるたびに張り直すクエストって……正気じゃないですね」


ティアは静かな口調のまま、しかし隠しきれない呆れを滲ませて言った。


「でも」


ヒマワリが、くすっと笑いながら続ける。


「楽しかったでしょ、ステラ」


わずかな沈黙。


そして――


「……うん、楽しかった」


次は5/7 21時投稿予定

お楽しみに!

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