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死ぬのが怖いので、不人気の回復職を選びました。  作者: s-rush


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第119話 極振りヒーラー、月影蝶と魔法使い

「一人で行くの?」


ギルドホームの扉に手をかけたリリアへ、ステラが声をかけた。


「……なんとなく、一人の方がいい気がして」


少し迷うように、リリアは答える。

はっきりした理由はない。ただ、あの蝶は騒がしい場所には現れない——そんな直感があった。


静かな場所で、静かに待つ。

きっと、その方がいい。


「わかった。何かあったら呼んでね」


「うん。ありがとう」


リリアは小さく頷き、そっと扉を開く。

胸の奥に残る淡い予感を抱えたまま、彼女は一人、遺跡へと向かった。




二度目の遺跡は、初めて訪れた時よりも静かに感じられた。


モンスターの気配はある。

石の隙間から這い出した骸骨型が侵入者に気づき、ぎこちない動きで迫ってくる。

だが今日は三人ではなく、一人だ。


「《ディバイン・シールド》」


WIS依存の神聖障壁を展開し、リリアはそのまま前へ進む。

骸骨の爪が振るわれるが、障壁が淡く光ってそれを弾いた。


「《ホーリー・アロー》」


純白の矢が一直線に走り、骸骨型を正確に射抜く。骨は崩れ、光の粒子となって消えた。

次の曲がり角では、宙に浮かぶ魔力体が二体。


「《ホーリー・レイン》」


頭上から光の矢が雨のように降り注ぎ、二体を同時に貫いた。

リリアは足を止めない。


遺跡の構造は一度歩いている。

罠の位置も、敵が現れる場所も、おおよそ記憶していた。


一人だからこそ、自分の呼吸のまま進める。

その感覚は、思っていたよりも悪くなかった。


やがて最奥の円形空間へ辿り着き、リリアは軽く息を整えてから魔法陣の前に立つ。


「《ホーリー・アロー》――《ディバイン・シールド》――《セイクリッド・ランス》――《ホーリー・エクスプロージョン》」


詠唱のたび、紋様が外側から内側へと順に光っていく。

最後の魔法が発動した瞬間、魔法陣全体が静かな白光に包まれた。


そのまま、リリアは魔法陣の縁へ腰を下ろす。

待つことにした。


急かすでも、追いかけるでもなく。

ただそこにいる。

——それでいい気がした。


しばらく何も起きなかった。


魔法陣の光だけが、ゆるやかに明滅している。

薄暗い遺跡の空気は重くもなく、ただ静かにそこへ満ちていた。


その静寂が、ふと揺れる。


最初に現れたのは、空気のわずかな歪み。

次いで、かすかな羽ばたき。


深青から銀へと移ろう翅が、闇の中に浮かび上がった。

繊細な紋様が魔法陣の光を受け、やわらかく煌めく。


「……来てくれた」


リリアは声を潜めたまま、微動だにしなかった。


月影蝶は、昨日よりもわずかに近い位置で静止している。

まるで観察するように、リリアへ視線を向けていた。触覚が、慎重に空気を探るように揺れる。


リリアもまた、ただ見つめ返す。


焦りはない。

この子が、自分で決めるまで待てばいい――そう思うと、不思議と胸が穏やかだった。


やがて、月影蝶がゆっくりと距離を縮め始める。


一度止まり、また少し近づく。

ためらうような動きで、それでも確かに間合いは狭まっていった。


そして――手を伸ばせば届きそうな距離。


翅がそっと羽ばたいた瞬間、淡い光の粉が宙に舞う。


「あ……」


ふわり、と。


降り積もる鱗粉が、静かにリリアを包み込んだ。

HPゲージが、わずかに回復していく。


温かくも冷たくもない。

ただ、心を撫でるような静かな感覚だけが残った。


「回復効果……」


リリアはそっと手のひらを広げ、降り積もる光の粉を受け止めた。

それは温度ではなく、生命力が静かに補われていく感覚だった。


HPゲージが、わずかに回復していく。

その感触を確かめるように、リリアはゆっくりと詠唱した。


「《ヒール》」


手のひらに、柔らかな光が灯る。


――その瞬間。


月影蝶の翅が、かすかに輝いた。

リリアは目を瞬かせる。


翅の紋様が、今しがた発動した回復魔法と同じ形で光っていた。

偶然とは思えないほど、はっきりとした一致。


「あなたも……回復魔法が使えるんだ」


月影蝶は答えない。

ただ静かに、翅の光だけが揺れている。


リリアは視線を魔法陣へ落とした。


刻まれた紋様は、生命力そのものへ触れる古い術式。

そして――月影蝶の翅に浮かぶ模様も、同じ系統の流れを持っている。


「だから……ここに集まってくるのかな」


術式が近いもの同士は、引き寄せ合う。

その可能性に思い至ったとき、胸の奥がそっと温もりを帯びた。


この子は――自分に近い。


そう気づいた瞬間、理由のわからない安心感が、静かに広がっていった。

リリアは、そっと手を伸ばした。


淡く光る翅を持つ月影蝶は、わずかに揺れるように羽ばたいたものの、距離を取ることはなかった。

警戒というよりも、ただ様子を見ている――そんな静かな気配だった。


その瞬間、視界の端にシステムウィンドウが浮かび上がる。

テイムの選択肢。


けれどリリアは、すぐには手を伸ばさなかった。


目の前の月影蝶を見つめる。

大きな翅は遺跡の薄い光を受けてゆっくりと揺れ、深青と銀のグラデーションが、まるで夜空の欠片のように淡く瞬いていた。


広い空間を自由に飛び回り、魔法陣の光に導かれるように現れては、気が向いた時にだけ近づいてくる存在。

その気ままで穏やかな姿が、どうしても心から離れなかった。


「……自由に飛んでいる方が、いいのかもしれないけど」


迷いを含んだ呟きが、静かな遺跡に溶けていく。

すると月影蝶の翅が、ゆっくりと大きく開いた。


ふわり、と。


空気を掬い上げるように浮かび上がり、一度、広い円を描くように空間を舞う。

舞い散る光の粒子が、まるで月明かりの雪のように静かに降り注いだ。


そして――


リリアの肩へ、そっと舞い降りる。


重さはほとんど感じない。

翅が静かに畳まれ、そこが自分の居場所だとでも言うように落ち着いた。


リリアは、少しだけ息を止めてから、小さく微笑んだ。


「……一緒に来てくれる?」


問いかけに言葉は返らない。

けれど代わりに、月影蝶の翅の紋様が一度だけ柔らかく光った。


それで十分だった。


次の瞬間、ウィンドウが淡く輝き――テイム成立の文字が表示される。

光がひとつ瞬き、月影蝶は正式にリリアの存在として登録された。


肩に伝わる、かすかな温もり。

それが現実だと、静かに教えてくる。


「名前……つけないと」


リリアは小さく呟き、しばらく考え込んだ。


翅の深青と銀の色合い。

遺跡の闇の中で、魔法陣の光に導かれるように現れたあの幻想的な瞬間。

どこか月明かりに似ていると、ふと思った。


「ルーナ……はどうかな」


月を意味する言葉。


口にした途端、肩の上で月影蝶――ルーナが翅をゆっくりと広げた。

紋様が淡く光り、まるで返事をするように優しく瞬く。


リリアは思わず笑みをこぼす。


「……気に入ってくれた?」


ルーナは答えない。

ただ、翅の光だけが静かに揺れていた。


けれど、その沈黙は不思議と温かくて――

言葉よりもずっと確かな肯定のように感じられた。





ギルドホームに戻ると、ソファに腰掛けたステラが本を読んでいた。


扉の開く音に気づき、顔を上げる。

そして次の瞬間、ぱちりと目を丸くした。


「わあ……!」


ぱたん、と本を閉じて立ち上がり、まっすぐリリアの肩へ視線を向ける。


そこには、静かに翅を広げたルーナの姿があった。

深青と銀のグラデーションが室内の灯りを受け、柔らかな光をまとって揺れている。

その幻想的な輝きは、ギルドホームの穏やかな空気さえ少しだけ神秘的に変えていた。


「テイムできたんだ! 綺麗……!」


思わず息を漏らすような声だった。


「……うん。待ってたら、来てくれた」


リリアが静かに答えると、ステラは嬉しそうに頷いた。


「リリアさん、一人で行ったのに全然心配してなかったけど、正解だったね」

「ステラちゃんは最初から心配してなかったでしょ」

「してたよ? 少しだけ」


わざとらしく胸に手を当てて言うステラに、リリアは小さく苦笑する。

そのやり取りを聞いていたヒマワリが、ソファの背にもたれたまま顔を上げた。


「テイムできたんだ。どうやったの?」

「ただ待ってただけ。魔法陣を起動して、焦らずそこにいたら……向こうから来てくれて」


余計な装飾のない、率直な答えだった。

ヒマワリは少しだけ目を細め、そして短く頷く。


「リリアさんらしいね」


分析でも冗談でもない。

ただ事実をそのまま口にしたような声音だった。


「そうかな」

「そうだよ」


すぐ横から、ステラがにこにこと笑いながら言葉を重ねる。


「ヒールのタイミングもそうじゃない。急かさないで、ちゃんと相手を見てる」


リリアは一瞬だけ言葉を失い、それからゆっくりと肩へ視線を落とした。

ルーナの翅の紋様が、静かな呼吸のように淡く光っている。

その光を見つめながら、リリアは小さく息を吐いた。


「……そうかもしれない」


ルーナが、応えるように翅をひとつ揺らす。

舞い上がった光の粒が、静かなギルドホームの空気に溶けていった。


次は5/6 21時投稿予定

お楽しみに!

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