第117話 極振りヒーラー、護衛と採掘と予期せぬ同行者
「ステラ、頼みがあるんだけど……」
ノエルが珍しく、歯切れ悪く切り出した。
「採掘中、護衛してもらえるか?」
「いいよ! どこ行くの?」
「第四層の鉱山エリア。モンスターの出現が多いらしくて……採掘中は周りが見えなくなるのは自分でも分かってるから」
普段はリリアが一緒にいるが、今日はまだログインしていない。
それでも今すぐ行きたいくらい、今回の素材に本気なのだろう。
ノエルが自分から護衛を頼んでくること自体、珍しかった。
「任せて。ちょうど暇だったし」
ステラは杖を手に、あっさり立ち上がった。
第四層の東側に広がる鉱山エリアは、巨大な採掘フィールドだった。
岩肌がむき出しの坑道が幾重にも枝分かれし、壁の裂け目や足元から、鉱石の淡い輝きが顔を覗かせている。
足を踏み入れた瞬間、ノエルの表情が変わった。
「……いい鉱石が多い」
低く、確信に満ちた声。
「ノエルさん、もう周り見えてない顔してる」
「見えてる」
「見えてないよ」
短いやり取りをよそに、ノエルはすでに岩壁へと歩み寄り、ピッケルを構えていた。
返事だけは返ってくるが、意識の大半は完全に鉱石へ向いている。
採掘が始まると、その予感はすぐに確信へ変わった。
ノエルは完全に没入した。
カン、カン、と岩を削る音だけが規則正しく坑道に響く。
声をかければ反応はあるが、視線は一切、岩壁から離れない。
その背後に立ちながら、ステラは小さく息をつく。
肩にはルミナを乗せたまま、周囲の坑道へと視線を巡らせた。
「《スイート・レギオン》――ビスコルド! チョコガルド!」
淡い光が二つ、ぱっと弾けた。
次の瞬間、重厚な盾を携えた二体の聖霊が姿を現す。
「我が盾は、誰も通さぬ!」
「この身、守護のために!」
力強い宣誓とともに、聖霊たちは空中で向き直った。
「ノエルさんのこと、守ってあげて」
その一言に、二体は無言で頷き、ノエルの左右へと静かに陣取る。
やがて――
坑道の奥から、ざり、と岩を擦る音が響いた。
気配が動く。
岩肌に擬態した中型の魔獣が三体。
鋭い爪を構え、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「ノエルさん、三体来たよ」
「……うん、頼む」
返事はあったが、視線は相変わらず鉱石から離れない。
「はーい」
ステラが軽く答え、一歩前に出た。
「《挑発》」
瞬間、三体の視線が一斉にステラへと向く。
唸り声とともに、同時突進。
「《再生の祝炎》」
温かな光がステラの身体を包み込み、持続回復が始まる。
爪が掠めるたび、淡い光がじんわりとHPを補填していった。
さらに――
「《ハイヒール》」
回復が重なり、上限を超えた光が自然とバリアへ変わる。
爪が触れるたび、硬質な音を立てて弾かれ、反射した衝撃が魔獣たちへと返っていく。
じわじわと削られ、やがて――
三体は抵抗むなしく、光の粒子となって消え去った。
ステラは特に息を乱すこともなく、何事もなかったかのように元の位置へ戻った。
――カン、カン。
規則正しい金属音が、先ほどの戦闘が幻だったかのように空間を満たした。
しばらくして、ノエルがピッケルを振るったまま、ぽつりと呟く。
「……回復職が挑発って、どう考えても普通じゃないよな」
「そう?」
ステラは首を傾げた。
「受けてるだけで楽だけど」
「楽って言える状況じゃないだろ、普通は」
「普通がどんなのか、あんまり知らないかも」
ノエルは一瞬だけ手を止め、ステラを見た。それから何も言わず、また掘り始めた。
それから何度か、同じやりとりが繰り返された。
モンスターが来る。ステラが引きつける。
回復を重ねてバリアで受けて、返して、消える。ノエルは掘り続ける。
単調なようで、不思議と嫌じゃなかった。
ステラがぼんやり坑道の天井を眺めていた、その時だった。
岩盤の奥が、ぐずりと動いた。
最初は地震かと思った。
しかし音が違う。
岩を押しのける、重くて鈍い音。次の瞬間、岩壁の一部が崩れ、中から巨大な影が這い出してきた。
金属質の甲殻。鈍く光る鉄色の体表。背中の甲殻には、鍛冶の紋様が刻まれている。大型の甲虫だった。
モンスターとしての敵対判定がある。ステータスウィンドウにそう表示されている。
だが、その甲虫はステラには目もくれなかった。
ちょうどステラに群がっていた別のモンスターたちを、通り道とばかりに踏み潰しながら、真っ直ぐノエルの方へ向かっていく。
「……あれ?」
ステラが首を傾げる間に、甲虫はノエルの足元まで来て、どっしりと座り込んだ。
ノエルがようやく顔を上げた。
目の前に、大きな甲虫がいる。
「……なんだこいつ」
「ノエルさんが掘ってた鉱石に寄ってきたんじゃない? 匂いとか、感じる能力があるのかも」
ステラが興味津々で近づこうとした瞬間、甲虫の前脚が軽く薙いだ。
「あいたっ」
あっさり弾き飛ばされた。大したダメージではないが、明確な拒絶だった。
「私には興味ないみたい」
「……そうみたいだな」
ノエルは甲虫をしばらく眺めた。
甲虫もノエルをじっと見ている。その目に、敵意はない。ただ、静かな観察があるだけだ。
ノエルは掘り出したばかりの鉱石の欠片を差し出した。
「……これが欲しいのか?」
甲虫が鼻先を近づける。嗅ぐように、確かめるように。
そして、動かなくなった。
システムウィンドウに、テイムの選択肢が浮かんだ。
「……テイムできるのか」
「する?」とステラが聞く。
ノエルは少し黙った。甲虫の背中の紋様を、もう一度見た。
鍛冶の紋様が、鈍い光の中でくっきりと浮かんでいる。
「……生産の補助ができて、素材の場所まで分かるなら、こいつ以上の相棒はいないな」
「まず性能を見るあたり、ほんと職人思考」
「無駄がないって言ってほしい」
「うん。無駄がなくて、すごくノエルさん」
ステラはそう言って、柔らかく笑った。
それが照れ隠しなのか、納得なのか、ノエルは一瞬だけ視線を逸らす。
「……悪くないだろ」
「悪くないどころか、ぴったりだと思う」
テイム成立。
甲虫の巨体が、淡い光に包まれる。
ノエルのインベントリに浮かぶ、新しい指輪。
そこには、鍛冶の紋様と、重厚な甲殻を模した刻印が刻まれていた。
「ノエルさんの相棒、だね。名前はどうするの?」
ステラがそう尋ねると、ノエルは指輪を一度だけ見つめてから答えた。
「……タマハガネ」
「タマハガネ? それって、鍛冶の素材の名前だよね」
「ああ。純度が高くて、扱い次第で一級品になる」
甲虫が小さく身じろぎする。
「こいつも同じだ。癖はありそうだけど、ちゃんと向き合えば応えてくれる」
「なるほど……すごくノエルさんらしい」
ステラはくすっと笑った。
「うん。似合ってると思うよ」
「……そうか」
タマハガネをテイムしてから、ほんの数分後のことだった。
突然、甲虫がぴたりと動きを止め、次の瞬間、ぐっと身体を起こした。
タマハガネが低く鳴り、触覚が忙しなく揺れる。視線はただ一点――坑道の奥をまっすぐに捉えていた。
「どうした?」
ノエルが声をかける。
タマハガネは答えない。代わりに、ゆっくりと、しかし迷いのない動きで奥へと歩き出した。
「……ついてってみる?」
ステラが様子をうかがうように言う。
「……ああ」
短く答え、ノエルはその後を追った。
二人はタマハガネに導かれるまま、坑道の奥へと進んでいく。
深くなるにつれ、空気が変わった。
重く、濃い。岩肌に埋まった鉱石の密度が明らかに増し、あちこちで強い輝きが生まれている。
そして――。
開けた空間に出た。
巨大な影が、中央に鎮座していた。
全身を鉱石で覆った岩の巨体。
まるで岩盤そのものが意思を持って立ち上がったかのようだ。
背丈は三メートルを優に超え、両腕は岩塊そのもの。鈍い光を放つ甲殻の表面には、ノエルですら見覚えのない希少鉱石が、幾重にも結晶化していた。
「……鉱石のボスか」
ノエルの声が、わずかに震える。
だがそこにあったのは、恐怖ではない。
「あの甲殻……素材にしたら、とんでもないものができる」
「目が怖いよ、ノエルさん……」
ステラは杖を構えながら、小さく息を整えた。
「倒せる?」
一瞬の間もなく。
「倒す」
即答だった。
ノエルの視線は、すでに“敵”ではなく、“素材”を見ていた。
ボスが動いた。
地響きのような足音が空洞を揺らし、巨大な岩の腕が振り下ろされる。
「《スイート・レギオン》――ナイトショコラ、シュトレン、ショコア、キャラメリア、シスタルト!」
七つの光が弾け、聖霊たちが次々と姿を現す。
「参る!」
「力を見せる!」
「みんなを強くするね!」
「敵を弱めるわ♪」
「癒しを与えます」
ビスコルドが《クリームコーティング》を展開し、チョコガルドが《チョコレートウォール》を重ねる。
二枚の防壁が正面から岩の腕を受け止めた。衝撃は重く、地面が軋む。それでも二体は踏みとどまる。
「ショコア!」
「《甘美なる力》《甘い防護》!」
バフが重なり、ノエルの全身に力が満ちた。
「《ブレイクスラッシュ》!」
踏み込みと同時に放たれた一撃が、装甲系特効を伴ってボスの脇腹を貫く。
刃が甲殻に食い込み、鉱石の破片が弾け散った。
ボスが向き直る。
ノエルへ向けて敵意が集中した、その瞬間――ステラが前に出る。
「《挑発》!」
視線が強制的に引き寄せられる。
「《再生の祝炎》《ハイヒール》」
持続回復の光がステラを包み、《ハイヒール》を重ねたことで回復は上限を超え、自然とバリアが形成された。
ボスの拳が叩きつけられ、衝撃が弾かれる。
タマハガネが横から突進し、その重い体で追加の一撃を受け止めた。
《硬化》が発動し、甲殻が一段階強化される。
「ナイトショコラ! シュトレン!」
「《ショコラブレード》!」
「《シュトレンクラッシュ》!」
二体が同時に踏み込み、光を纏った剣閃と渾身の一撃がボスを打つ。
甲殻の一部が砕け、巨体の動きが一瞬止まった。
「キャラメリア!」
「《粘つく呪縛》♪」
粘性の魔力が絡みつき、ボスの動きが目に見えて鈍る。
「ノエルさん、今!」
「《クレセント・ウェイブ》!」
大剣の軌道に沿って、半月状の衝撃波が走る。
胸部に直撃し、甲殻が砕け散った。
――だが、倒れない。
体表の鉱石が震え、砕けた部分が再結晶化を始める。
「再生してる……!」
「《フェニクス・フレア》!」
不死鳥の炎が杖先から解き放たれ、再生しかけた鉱石を内側から焼き貫く。
同時にタマハガネが体当たりで押し込み、最後の甲殻が砕け散った。
「《ブレイクスラッシュ》!」
露出した弱点へ、ノエルの刃が深々と突き立つ。
「シスタルト!」
「《シュガーヒール》」
柔らかな光が広がり、全員のHPが回復する。
ステラの回復と重なり、聖霊たちの傷も瞬く間に癒えていった。
ボスのHPが、わずかになる。
「《再生の祝炎》《ハイヒール》」
重ねられた回復とバリアが、最後の反撃を完全に封じる。
「《ブレイクスラッシュ》!」
最後の一撃。
ボスのHPがゼロになった。
巨体がゆっくりと崩れ落ち、鉱石の破片が空洞に降り注ぐ。
床には、眩いほどのレア素材が散らばっていた。
「……すごい量だ」
ノエルは膝をつき、素材を一つ拾い上げる。
息は荒いが、その目は輝いている。
「これで何が作れる……」
「今は興奮してる顔してるから、後で聞く」
「失礼だろ」
ステラはくすりと笑い、聖霊たちを解除した。
淡い光が七方に散り、空洞は静寂を取り戻す。
タマハガネがノエルの隣に座り込んだ。
素材を見つめるノエルの横で、満足そうに触覚を揺らしている。
「タマハガネのおかげだね」
ノエルは少し黙り、甲殻に手を置いた。
「……ああ。ありがとな」
タマハガネは動かない。
ただ、触覚がゆっくりと揺れた。
次は5/4 21時投稿予定
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