第115話 極振りヒーラー、鍛冶の試練
アップデート告知から数日後。
ギルドホームの一角にある作業台で、ノエルは熱心に画面を見つめていた。
テーブルには素材のサンプルや設計図が散らばり、ウィンドウには新しい鍛冶システムの詳細が表示されている。
「装備にスキルを付与……これがあれば、みんなの装備をもっと強化できる」
ノエルが目を輝かせて呟く。
「ノエル、何か見つけたの?」
ステラが横から覗き込んだ。
「新しい鍛冶スキル。でも……」
そう言って、ノエルは画面を共有する。
スキル名:《エンチャント・フォージ》
効果:武器や防具に追加スキルを付与可能
習得条件:専用クエスト『炎と技の試練』をクリアすること
「クエストをクリアしないと習得できないんだ」
ヒマワリが画面を確認しながら言う。
「そうなんだよ。でもこれ、絶対に欲しい」
ノエルの声には迷いがなかった。
「どんなクエストなの……?」
リリアが少し不安そうに問いかける。
ノエルは無言のまま、クエスト詳細を開いた。
クエスト『炎と技の試練』
第四層の特定エリア「鍛冶の試練場」へ向かう
三つの課題をクリアする
1. 制限時間内に指定された武器を鍛造する
2. 防具の修復を完璧に行う
3. 試練の守護者を倒す
「……鍛造と修復、それに戦闘か」
小さく呟き、ノエルは画面を見つめた。
「鍛造と修復はノエルの得意分野だよね」
ヒマワリが言う。
「でも時間制限があるのがきつい。それに守護者……戦闘もあるのか」
三つ目の項目に視線が止まる。
「なら、俺たちも一緒に行けばいい」
「でもこのクエスト、ソロ限定って書いてある……」
その一言で、場が静まった。
「……ソロクエストですか」
ティアが静かに確認する。
「うん。一人で全部クリアしないといけない」
「ノエルなら大丈夫だよ!」
ステラが励ます。
「……そう言ってもらえると嬉しいけど、正直不安だな」
ノエルは苦笑しつつ、もう一度クエスト内容に目を落とした。
出発前。
ノエルは装備と道具を一つずつ確認していた。
インベントリには武器、防具、回復アイテム、そして鍛冶道具が整然と並んでいる。
「戦闘が不安なら、回復アイテム多めに持って行った方がいいよ」
ヒマワリが横から助言する。
「……そうだね。ありがとう」
ノエルは素直に頷いた。
「無理はするなよ」
バルトが軽く肩を叩く。
「頑張ってね!」
「ノエル、絶対クリアしてよ!」
ルナとソルが元気よく声をかける。
「待ってるね……」
リリアが静かに微笑む。
「……慎重に」
ティアが小さく頷いた。
仲間たちに見送られながら、ノエルはゆっくりと歩き出す。
目指すは、第四層――鍛冶の試練場。
クエストの案内に従い、ノエルは第四層の奥へと進んだ。
岩壁の裂け目を抜けた瞬間、視界が開ける。
そこには広い空間が広がっていた。
中央には巨大な鍛冶炉と作業台。
その奥には、重厚な扉が固く閉ざされている。
炉からは微かな熱気が立ち上っていた。
まるで、つい先ほどまで誰かが使っていたかのように。
『鍛冶の試練場へようこそ』
『三つの試練を乗り越え、新たな技を手にせよ』
無機質なシステムメッセージが表示される。
「……ここか」
ノエルは小さく息を吐き、ゆっくりと炉へ歩み寄った。
いいね、少しだけ厚みを足すね。テンポは崩さないようにする。
『第一の試練:片手剣を十分以内に鍛造せよ』
『素材は用意されている。完成度八十パーセント以上で合格』
「十分……いつもより短い」
タイマーが起動した瞬間、空気が張り詰める。
ノエルは迷いなく炉へ火を入れた。
金属を放り込み、温度を見極める。炎が唸り、鉄塊がゆっくりと赤熱していく。
(焦るな。温度が足りないまま叩けば歪む)
十分に熱したそれを取り出し、金床へ置く。
カン、カン、カン――。
一定のリズムでハンマーを振り下ろす。火花が散り、金属が少しずつ剣の形へと変わっていく。
(いつもと同じ。落ち着いて、手順通りに)
刃の厚みを整え、再び炉へ。
色が橙から白に近づく瞬間を見極める。
(焼き入れのタイミングが重要。ここで失敗したら終わりだ)
刃を水桶へ沈める。
ジュッ――!
激しい蒸気が立ち上り、視界を覆った。
(大丈夫。俺はこれが好きでやってる。楽しめばいい)
残り時間、三十秒。
荒い呼吸を整えながら、最後の研磨。
刃が光を帯び、滑らかな線を描く。
ノエルは完成した剣を両手で持ち上げた。
『完成度:九十二パーセント』
『第一の試練、クリア』
「……よし」
胸の奥の緊張が、ようやくほどけた。
『第二の試練:損傷した胸当てを十五分以内に修復せよ』
『完璧な状態に戻すこと。完成度九十五パーセント以上で合格』
作業台に置かれた胸当てを手に取る。
深いひび割れが数か所。
鈍い凹み。
さらに留め具は完全に破損していた。
「……これは厳しいな。時間がギリギリだ」
ノエルは小さく息を吐き、すぐに作業に入る。
まずはひび割れ。
熱を入れ、慎重に溶接して埋めていく。わずかなズレも許されない。
次に凹みを金床へ固定し、ハンマーで叩いて形を戻す。
力加減を誤れば、別の歪みが生まれる。
(時間が……足りるか?)
視界の端で、タイマーが無情に減っていく。
壊れた留め具は新たに作り直す。
小さな部品ほど精度が問われる。
(いや、焦ったら失敗する。一つ一つ丁寧に)
残り時間、二分。
最後の微調整。
表面を整え、継ぎ目を確認する。
ノエルは完成した胸当てを静かに置いた。
『完成度:九十六パーセント』
『第二の試練、クリア』
「……何とかなった」
額を伝う汗を拭いながら、ノエルは大きく息を吐いた。
奥の扉が、重々しく開いた。
『第三の試練:試練の守護者を倒せ』
その奥から現れたのは、巨大な炎の精霊。
炎で形作られた人型の存在が、巨大なハンマーを握っている。揺らめく熱気で空間が歪む。
「……鍛冶の技を極めし者よ。その力、見せてみよ」
低い声が響いた。
ノエルは両手剣を構える。
ソロでボス級と戦うのは初めてだ。不安が胸をよぎる。
守護者が《フレイムハンマー》を振り下ろす。
炎を纏った一撃が地面を砕き、衝撃波が襲う。
「《クレセント・ウェイブ》!」
半月状の衝撃波で迎撃するが、押し負ける。ノエルは後方へ吹き飛ばされた。
「くっ……!」
続けて《ファイアバースト》。炎の爆発が連続で炸裂する。
「回復アイテム!」
ポーションで耐えながらも、徐々に追い詰められていく。
(このままじゃ勝てない……どうすれば)
必死に守護者を観察する。
ハンマーの前には大きな振りかぶり。
《ファイアバースト》前には、炎が手に集中する。
(……そうか。戦闘も“観察と分析”だ。鍛冶と同じ)
素材の質、温度、タイミングを見極める。
敵の動き、予兆、隙を見極める。
やることは同じだ。
守護者が《タワースイング》を振りかぶる。
「そこだ!」
ノエルは踏み込み、大剣で腕を打ち据える。軌道が逸れ、隙が生まれた。
「《ブレイクスラッシュ》!」
装甲特効の一撃が胴体を裂き、HPが削れる。
さらに《ファイアバースト》の予兆。
「その隙!」
《グランドスラッシュ》で詠唱を潰す。炎が霧散した。
(いける……読めてきた)
観察、回避、反撃。
その繰り返し。
守護者のHPが半分を切る。攻撃は激化するが、もう迷いはない。
(鍛冶も戦闘も、結局は“理解”だ)
最後の振り下ろしを回避。
「《グランドスラッシュ》!」
渾身の一撃が炎の身体を両断する。
守護者は光の粒子となって崩れた。
「……見事。その技、確かに受け取った」
静かな声が残響する。
『第三の試練、クリア』
『新スキル《エンチャント・フォージ》を習得しました』
ノエルはゆっくりと剣を下ろした。
「……やった」
ギルドホームに戻ると、仲間たちはすでに入口付近で待っていた。
「お帰り! どうだった?」
真っ先に駆け寄ってきたステラに、ノエルは少し疲れた笑みを向ける。
「……何とか、クリアできた」
そう言ってスキル欄を開くと、《エンチャント・フォージ》の文字がはっきりと表示されていた。
「やった……本当に手に入れたんだ」
「おめでとう! どんなスキルなの?」
ヒマワリが興味津々で覗き込む。
「武器や防具に追加スキルを付与できる。たとえば剣に炎属性ダメージを乗せたり、防具にHP自動回復をつけたり。付与できる内容は素材次第で変わるんだ」
「すごい! 私の杖にも何かつけられる?」
ルナが目を輝かせると、
「俺の短剣も強化してよ!」
ソルもすぐに便乗する。
「素材さえあれば、多分いける」
ノエルが苦笑すると、バルトが腕を組んだまま静かに頷いた。
「……頼もしいな。これで戦い方の幅が広がる」
「ノエル、すごいね」
リリアの穏やかな声に、ティアも小さく続ける。
「戦略の選択肢が増えます」
「ノエルさん、一人で頑張ったんだね」
ステラの言葉に、ノエルは少し視線を落とした。
「……正直、途中で諦めそうになった。でも、みんなが応援してくれたから」
「それに、鍛冶が好きだからでしょ?」
ヒマワリがからかうように笑う。
「……うん。それもある」
照れくさそうに笑うノエルを、仲間たちの笑顔が包み込んでいた。
翌日。
ノエルは自分用の新しい大剣を作り始めていた。
作業台に向かい、慎重に素材を選ぶ。
基礎となるのは高品質の鋼鉄。
炎属性付与用に炎晶粉。
そして刃の強度を高める魔晶石。
「まずは鍛造からだ」
炉に火を入れ、鋼鉄を真紅に染める。
取り出しては叩き、伸ばし、また熱する。ハンマーの音が工房に響き、金属は徐々に大剣の形を帯びていく。
焼き入れ、叩き直し、微調整。
鍛造ランクⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ――段階ごとに強度と切れ味を高め、妥協なく仕上げていく。
「次は《エンチャント・フォージ》」
完成した大剣を作業台に置き、炎晶粉を刃へと均一に擦り込む。
炎をまとわせると、粉は熱に溶けて金属と融合し、赤い光が刃の内部を走った。
さらに魔晶石を柄に埋め込み、魔力の流れを整える。
「炎属性ダメージ、付与……!」
最後の工程が完了した瞬間、大剣が鮮やかな赤光を放つ。
軽く振るうと、刃の軌跡に炎が揺らめいた。
熱を帯びた空気が震える。
美しく、そして力強い一振り。
「これで、もっと強くなれる」
ノエルは新たな大剣を握りしめる。
新しい力を得た【星天の翼】は、さらに先へ――次の冒険へと歩み出すのだった。
次は5/2 21時投稿予定
お楽しみに!




