第110話 極振りヒーラー、最深部と風の守護者
浮遊回廊の試練を越え、二人はいよいよ第三層の最深部へと足を踏み入れた。
風がさらに強まっている。
第二エリアまでは不規則に吹き付ける程度だったが、ここまで来ると風が絶えず渦巻いており、視界が霧と風で白く霞んでいる。
足場の端が見えにくく、一歩一歩を慎重に確かめながら進むしかない。
そして霧が一瞬晴れた瞬間、二人は息を呑んだ。
雲の上に、神殿が広がっていた。白い石造りの柱が天へと伸び、柱と柱の間から光が差し込んでいる。
足場は雲そのものを踏み固めたような不思議な質感で、歩くたびにふわりとした感触がある。
風が吹くたびに光の粒が舞い、まるで別の世界に迷い込んだようだ。
「きれい……」
ステラが思わず立ち止まる。
「探索してると、こういう景色に出会えるのがいいよね」
ヒマワリが静かに言う。
普段の分析的な口調ではなく、ただ素直に感動している声だ。
「うん。来て良かった」
ステラが柔らかく微笑む。
二人がしばらく景色を眺めてから、神殿の奥へと進み始めた。
神殿の中央に、重厚な扉で仕切られた部屋があった。
扉に触れると自動的に開き、中に入った瞬間、扉が閉じる。
部屋の中は広い。
床は石畳だが、その石畳が少しずつ浮いており、複数の足場が層をなして空中に広がっている。
壁には「風の試練の間」と刻まれた文字があった。
「試練の間か……」
ヒマワリが周囲を警戒する。
システムメッセージが浮かび上がる。
『「風の試練」を開始します。一定時間、足場を守りながら敵の波状攻撃に耐えてください。時間経過とともに足場が減少します。』
「波状攻撃……」
「足場が減っていく……最終的に一枚だけになるのかな」
ステラが状況を把握する。
試練が始まった瞬間、四方から風属性の敵が押し寄せてくる。
第一エリアで遭遇したエアスピリットより一回り大きく、動きも速い。
「《プロテス》《剛力》《迅速》《慈愛の抱擁》!」
ステラが素早くバフを展開する。
自分自身に付与したバフが《慈愛の抱擁》でヒマワリにも適用された。
「《加速》《ストームスタンス》!」
ヒマワリが二刀流の構えを取る。
両手の剣が風と雷を纏い、移動速度が大幅に上昇した。
「《マルチ・ディバイン・シールド》!」
ステラが神聖障壁を複数展開し、ヒマワリを守る壁を形成する。
「《疾風連斬》!」
ヒマワリが前方から押し寄せる敵に五連撃を叩き込む。
風と雷の追加ダメージが積み重なり、前衛の敵が次々と光の粒子となって消えていく。
一波が終わると同時に、足場の一枚が消えた。
使える空間が狭くなる。
二波が始まる。
今度は左右から挟み込んでくる動きだ。
「《リジェネ》《再生の祝炎》!」
ステラが自分自身に持続回復を付与する。
「《サンダーラッシュ》!」
ヒマワリが雷の速度で三連撃を放ち、左側の敵を撃破する。
右側に回り込もうとした敵にはヒマワリが《ソニック・ブレイク》で対処した。
また足場が一枚消えた。空間がさらに狭くなる。
三波。今度は後方からも敵が現れた。
「ステラ、後ろ!」
ヒマワリが叫ぶ。
「大丈夫、見えてる!」
ステラが《スイート・レギオン》を発動する。
「キャンディス!」
淡い光が広がり、弓を持った聖霊が姿を現した。
「狙い撃つわ♪」
キャンディスが後方から迫る敵に次々と《キャンディアロー》を放つ。
矢が一直線に飛び、後衛の敵を撃ち抜いていく。
「二人とも前を向いて!」
自然と二人は背中合わせの立ち位置になっていた。
ヒマワリが前方と左右の敵を剣で捌き、ステラとキャンディスが後方の敵を対処する。
ステラが《慈愛の抱擁》でヒマワリのバリアを維持し、ヒマワリがステラの死角をカバーする。
「《疾風連斬》!」
「《聖炎》!」
「《キャンディアロー》!」
三者の攻撃が前後から同時に放たれ、押し寄せる敵を撃退していく。
「密着するよ!」
「了解!」
ヒマワリがステラの背後にぴったりとついて立つ。
お互いの背中を守り合う形で、最後の波を迎えた。
大量の敵が全方位から押し寄せる。
「《マルチ・ディバイン・シールド》!」
ステラが障壁を全方向に展開する。
「《ストライク》《スラッシュ》!」
ヒマワリが基本攻撃から高火力の斬撃まで使い分け、迫ってくる敵を捌いていく。
足場が狭いため大きく動けないが、その分ヒマワリの技術が光った。
「《セラフィック・リザーブ》!」
ステラが受けたダメージを光の力として蓄積し、限界に達した瞬間、聖属性の爆発として解放する。
眩い光が全方位に広がり、周囲の敵をまとめて撃退した。
部屋全体が光に包まれ、敵が全て消える。二人が息を切らしながら立っている。
「……やった」
ヒマワリが力を抜く。
「終わった……!」
ステラがほっとした表情を見せる。
部屋の奥の壁がゆっくりと開き、先へ続く道が現れた。
新たに開いた道を進むと、しばらくして巨大な扉の前に出た
。扉には風の文様が刻まれており、その前に立つだけで強烈な気配を感じる。
扉の隙間から漏れ出す風が、二人の髪を激しくなびかせた。
「これが……ボス部屋か」
ヒマワリが扉を見上げる。
「強そうだね」
ステラが扉の気配に少し怖気づきながら言う。
「場所だけ確認して帰ろう。今日のところはここまでで」
ヒマワリが地図に現在地を書き込みながら言う。
「うん、次はみんなで来ようね」
ステラが頷く。ティアがいれば情報収集がより正確になるし、バルトの盾があれば安心だ。
ボス戦には全員の力が要る。
二人が来た道を引き返し始めた。
第三層の出口に向かって歩きながら、二人はゆっくりと話していた。
試練の間での戦闘の疲れが体に残っているが、心地よい疲労感だ。
「ステラさ、ゲーム始めて最初の頃のこと覚えてる?」
ヒマワリが前を向いたまま言う。
「え、覚えてるよ。ヒマワリちゃんに誘ってもらって、最初は全然わからなかった」
ステラが懐かしそうに言う。
「でも今は……すごく変わったよね」
ヒマワリがふと言う。
「そうかな……私はあんまり変わってない気がするんだけど」
ステラが首を傾げる。
「天使になって、魔族になって、十体の聖霊を率いて戦うようになった人が?」
「それは……でも、楽しいから色々試してるだけで」
「……それがステラのすごいとこなんだと思う」
ヒマワリが少し照れくさそうに言う。
「え?」
「ずっと楽しむのが一番で、強くなることを目的にしてない。なのに気づいたら誰より強くなってる。そういうとこが……ずるいよ」
「ずるくはないよ」
ステラが笑う。
「ずるくはないけど、かなわないなとは思う」
ヒマワリが苦笑する。
「ヒマワリちゃんだって十分すごいよ。今日だって、ヒマワリちゃんがいなかったら絶対クリアできなかった」
「二人でクリアしたんだよ」
「うん、二人で」
しばらく無言で歩く。風が静かに流れていく。
ギルドホームに戻ると、他のメンバーが待っていた。
「お帰り! どうだった?」
ノエルが駆け寄る。
「第三層、かなり奥まで行ってきたよ。ボス部屋の手前まで」
ヒマワリが地図を広げる。
「ボス部屋まで!?」
「素材もあるよ、ノエルへのお土産」
ステラが風属性の強化素材を差し出す。
「これは……レアな素材だ! ありがとう!」
ノエルが目を輝かせる。
「ボス部屋はどんな感じだった?」
バルトが聞く。
「強烈な気配があった。一人や二人で挑む感じじゃなかったよ」
ヒマワリが答える。
「次は全員で行こう。試練の間も通ってきたから、みんなで挑めばボスも倒せると思う」
「ティアに情報収集もお願いしたいし」
ステラが付け加える。
「……了解です。事前に分析しておきます」
ティアが頷く。
「じゃあ、次の探索はみんなで!」
ノエルが拳を握る。
「おー!」
全員が声を上げる。
ステラが笑顔でその声を聞きながら、今日歩いた風の迷宮の景色を思い出していた。
雲の上の神殿、揺れる足場、背中合わせで戦ったあの瞬間。
どれも大切な思い出だ。
次は4/27 21時投稿予定
お楽しみに!




