第107話 極振りヒーラー、イベントの打ち上げ
打ち上げが始まってから、まだ数分しか経っていない頃。
ギルドホーム前の通りを、レヴィン、ミラージュ、フェリシアの三人が並んで歩いていた。
「……この匂い」
ふいに、レヴィンが足を止める。
「どうした?」
ミラージュが怪訝そうに振り返ると、レヴィンはわずかに眉を動かし、鼻をひくりと鳴らした。
「甘い匂いがする……」
その様子に、フェリシアがくすりと笑う。
「レヴィンさん、また甘いものですか?」
「……否定はしない」
短く答えたレヴィンは、匂いの流れを辿って歩き出す。
その先にあったのは、灯りに照らされた【星天の翼】のギルドホームの庭だった。
テーブルの上には、色とりどりのスイーツがずらりと並び、甘い香りが夜風に乗って広がっている。
「あ、レヴィンさん!」
最初に気づいたのはステラだった。
彼女が手を振った瞬間、レヴィンの視線がスイーツに吸い寄せられる。
「イベントの打ち上げしてるんです。良かったら、一緒にどうですか?」
「……いいのか?」
控えめに問い返すレヴィンに、ヒマワリが肩をすくめて笑う。
「うちのマスターがいいなら、全然OKだよ」
「もちろん! みんなで楽しもう!」
ステラも元気よく頷く。
「では……お言葉に甘えて」
そう言って、レヴィンは素直に席へ向かった。
「……お前、本当に甘いもの好きだな」
ミラージュが呆れたように呟くと、
「ふふ、レヴィンさんらしいですね」
フェリシアが楽しそうに微笑む。
ほどなくして、少し遅れてアルベルトとジンも姿を現した。
「レヴィン、ここにいたのか」
アルベルトが周囲を見渡し、
「……打ち上げ、か」
ジンが短く呟く。
「お二人も、どうぞ!」
ステラが迷いなく声をかける。
「……お邪魔する」
「ありがとう」
そうして、【流星の覇者】の主要メンバー五人が、自然な流れで席に加わった。
さらに数分後のことだった。
ギルドホーム前の通りを、一人の少女が通りかかる。
イグニスだった。
庭の様子が視界に入った瞬間、彼女は思わず足を止め、目を丸くする。
「あれ……? 【星天の翼】と【流星の覇者】が……一緒に?」
ランタンの灯りに照らされた庭では、両ギルドのメンバーが同じテーブルを囲み、楽しげに談笑している。
その光景は、彼女の常識からすれば完全に想定外だった。
「イグニスさん! こんにちは!」
真っ先に気づいたステラが、にこやかに手を振る。
「ちょ、ちょっと待って! ライバルギルド同士で何やってんの!?」
思わず声を張り上げるイグニスに、レヴィンが淡々と答えた。
「たまたま通りかかったら、誘われた」
「甘い匂いにつられただけですよね?」
間髪入れず、フェリシアが突っ込む。
「……否定はしない」
庭に笑い声が広がる。
「イグニスさんも、一緒にどうですか?」
ステラが自然な調子で誘う。
「え、でも私……これからみんなと狩りに行く予定だったんだけど……」
少し迷いを見せるイグニスに、ステラは首をかしげて言った。
「じゃあ、みんなも呼んでいいですよ!」
「……本気で?」
「全然いいよ! 人数多い方が楽しいし!」
ヒマワリが明るく背中を押す。
イグニスは一瞬だけ考え込み、それからフレンドチャットを開いた。
「アクア、ウィン、アウス! ちょっと来て!」
ほどなくして、三人が庭に姿を現す。
「イグニス、どうしたの?」
アクアが首を傾げ、
「あれ、【星天の翼】と【流星の覇者】……?」
ウィンが目を見開く。
「……珍しい光景ですね」
アウスは状況を一目で理解したのか、静かにそう呟いた。
「みなさんも、一緒にどうぞ!」
ステラが満面の笑みで迎え入れる。
「……いいんですか?」
「もちろん!」
「では、お邪魔します」
アクアが柔らかく微笑みながら席に着く。
「わぁ……美味しそう!」
ウィンはテーブルに並ぶ料理とスイーツを見て、目を輝かせた。
「……ありがとうございます」
アウスは丁寧に一礼する。
こうして、三つのギルドのメンバーが、ひとつのテーブルを囲むことになった。
イベントを終えた夜は、想像以上に賑やかで、そして少し不思議な時間へと変わっていくのだった。
「小規模ギルドで七位……正直、驚いたよ」
グラスを傾けながら、ミラージュが率直な感想を口にする。
「八人で、ここまで来るとは思わなかったな」
アルベルトも頷き、感心したように言った。
「私たちも、正直信じられないよ」
ヒマワリは照れくさそうに笑う。
「最初は十位以内に入れれば御の字、くらいの気持ちだったし」
「まさか、本当に七位になるなんて……」
ノエルとリリアが、しみじみと振り返る。
「戦略と連携が、うまく噛み合った結果です」
ティアが冷静に分析すると、
「お前らが、それだけ頑張ったってことだ」
バルトが短く、しかし重みのある言葉で締めた。
その流れで、話題は自然と戦闘内容へと移っていく。
「ステラさんの《スイート・レギオン》は、本当に衝撃でした」
アクアが素直な感嘆を込めて言う。
「十体同時召喚とか、聞いてないよ!」
ウィンが身振り手振りを交えて大げさに騒ぐ。
「えへへ……実は、あれが初めてだったんです」
ステラは少し照れたように、頬をかきながら答えた。
「……初めて!?」
イグニスが思わず声を上げる。
「うん。あの時が、ほんとに初使用」
一瞬の沈黙。
そして、全員が同時にステラを見る。
「……それで、よく勝てたな」
レヴィンが半ば呆れ、半ば感心したように呟いた。
「みんなが守ってくれたからだよ」
ステラは屈託のない笑顔で言う。
「ヒマワリさんの二刀流も、見事でした」
フェリシアが穏やかに続ける。
「……あの速さは、認める」
ミラージュが短くそう言うと、
「ありがとう! でも、ミラージュさんの方が速かったよ」
ヒマワリは迷いなく笑顔で返した。
「……次は、もっと速くなる」
「私も、負けないよ!」
二人は顔を見合わせ、自然と笑い合いながら握手を交わす。
話題は、自然と【エレメント】との戦いへと移っていった。
「あの時は……正直、完全に予想外でした」
アウスが肩をすくめ、苦笑を浮かべる。
「まさか、クリスタルを破壊されるなんて思ってなかったわ」
イグニスがグラスを傾けながら言った。
「ご、ごめんなさい……」
ステラが申し訳なさそうに声を落とす。
「いえ。あれは、私たちの油断です」
アクアは首を横に振り、穏やかな口調で続けた。
「でもさ、あの戦い――楽しかったよ!」
ウィンが場の空気を切り替えるように、明るく声を上げる。
「うん! すごくドキドキした!」
ルナも嬉しそうに便乗し、何度も頷いた。
「……あの戦いは、本当に良かった」
レヴィンが静かにそう言う。その声音には、確かな実感がこもっていた。
「私、怖かったけど……でも、みんなを守りたかったから」
ステラは、少し遠くを見るような目で呟く。
その言葉に、誰も茶化さなかった。
「最後の《魔砲》……見事だった」
ジンが短く、しかし確かに評価を告げる。
「……ステラさんの集中力は、凄まじいものがありますね」
ティアが珍しく素直な称賛を口にした。
「次は、負けない」
アルベルトが力強く宣言する。
「こっちも、負けるつもりはないぞ」
バルトが低く応じる。
一瞬の沈黙のあと、誰からともなく笑いが漏れた。
料理もスイーツも、気づけば次々と皿から姿を消していく。
満腹と満足が入り混じる空気の中で、レヴィンはふと、ステラの方へ視線を向けた。
「……ステラには、負けないように。もっと強くならないといけないな」
静かな決意を帯びた言葉だった。
「それは、なかなか難しいですよ」
即座にヒマワリが、苦笑交じりに返す。
「なぜだ?」
レヴィンは真剣な表情で問い返した。
「ちょっと目を離した隙に、天使になったり、魔族になったり、付属品が増えたりするんだよ」
ノエルが大げさに肩をすくめる。
「ほんと……予測不可能……」
リリアも深く頷いた。
「……付属品?」
レヴィンが眉をひそめる。
「召喚した聖霊のことです」
ティアが淡々と補足した。
「え、でも私……普通に遊んでるだけなのになぁ」
ステラは首を傾げ、本気で不思議そうに言う。
一瞬、場が静まり返る。
「……どこが」
ミラージュが、短く切り捨てた。
「普通じゃないですよ……」
フェリシアも苦笑を浮かべる。
「あの戦い方の、どこが普通なんですか……」
アクアは呆れたように肩を落とした。
「え? でも、楽しいから色々試してるだけだよ?」
ステラはきょとんとしたまま首を傾げる。
「それが普通じゃないって話だよ……」
ヒマワリが頭を抱え、深いため息をついた。
「ステラさん、天才すぎるんです!」
ルナが感心したように目を輝かせる。
「そんなことないよぉ」
当の本人は、まったく自覚のない様子で照れ笑いを浮かべた。
「……やはり」
レヴィンはグラスを静かに置き、真剣な眼差しでステラを見据える。
「油断できない相手だな」
その呟きに、誰も異を唱えなかった。
笑いに包まれた打ち上げの夜の中で、ひとつだけ確かなことがあった。
――極振りヒーラー、ステラ。
やはり、規格外である。
夜もすっかり更け、賑やかだった庭にも、少しずつ落ち着いた空気が戻り始めていた。
「今日は、みんなで楽しめて本当に良かった!」
ステラが、名残惜しそうに、それでも明るく声を上げる。
「ライバルギルド同士だけど、こうして交流できるのも悪くないよね」
ヒマワリがグラスを揺らしながら言った。
「ああ……楽しかった」
レヴィンが、珍しく柔らかな笑みを浮かべる。
「次のイベントも、頑張りましょう!」
イグニスが、炎のような瞳を輝かせて拳を握る。
「ええ。また、戦いましょうね」
アクアは穏やかな微笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「次も、全力で楽しもうね!」
ステラの呼びかけに――
「おーっ!」
一斉にグラスが掲げられ、最後の乾杯が夜空に響いた。
やがて、各ギルドのメンバーたちは、それぞれの帰路につく。
――静けさが戻る。
庭に残ったのは、【星天の翼】のメンバーだけだった。
ランタンの灯りが柔らかく揺れ、吊るされたクリスタルが、まるで星屑のようにきらめいている。
ステラは、ふっと夜空を見上げた。
「……今日は、楽しかったね」
「うん。最高の打ち上げだったよ」
ヒマワリが、心から満足した表情で答える。
「……次のイベントも、頑張りましょう」
ティアの静かな言葉に、
「おーっ!」
全員が、笑顔で声を合わせた。
次は4/24 21時投稿予定
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