第106話 極振りヒーラー、打ち上げ準備
第四回イベントが終了した翌日。
【星天の翼】のギルドホームには、久しぶりに全員が顔を揃えていた。
身体のあちこちに疲労は残っている。それでも――
誰の表情にも、やり切ったあとの達成感が浮かんでいた。
沈黙を破ったのは、ステラだった。
「ねえ……みんなで、イベントの打ち上げしよう!」
少し弾んだ声に、視線が一斉に集まる。
「いいね、それ!」
真っ先に反応したのはヒマワリだった。
「せっかく七位になれたんだし、お祝いしなきゃ損でしょ」
「確かに……」
ノエルも頷きながら微笑む。
一方で、リリアは少しだけ戸惑ったように首を傾げた。
「で、でも……何を準備すればいいんでしょう……?」
その様子を見て、ステラはくすっと笑う。
「大丈夫だよ。みんなで役割分担すればいいだけだもん」
そう言って、指を折りながら提案していく。
「スイーツは、私とシスタルトが担当するね。
料理はノエルさんとリリアさんにお願いできるかな?」
「おっけー」
ノエルが即答する。
「え、ノエルって料理スキル持ってるの?」
リリアは驚きつつも、すぐに小さく頷いた。
「飾り付けはルナちゃんとソル。
買い出しは……ヒマワリ、ティアさん、バルトさんでお願い」
名前を呼ばれた三人が顔を見合わせる。
「りょーかい!」
ヒマワリが元気よく手を挙げた。
「効率よく回りましょう」
ティアは冷静に頷き、
「……重い物は任せろ」
バルトが低く言った。
「じゃあ、決まりだね」
ステラの言葉に、全員が頷く。
こうして――
【星天の翼】の、ささやかな打ち上げ準備が始まった。
ステラはギルドホームのキッチンに立つと、そっと手を掲げた。
「《スイート・レギオン》」
淡い光がふわりと広がり、まるで砂糖菓子のように柔らかな輝きの中から、一人の聖霊が姿を現す。
ヒーラーの聖霊――シスタルトだった。
「お菓子作り、お手伝いします」
満面な笑みでそう告げる。
「うん! 一緒に作ろうね!」
ステラは嬉しそうに微笑み、エプロンを手渡した。
二人は並んで作業を始める。
ステラは材料を量り、ボウルの中で生地を混ぜながら、楽しそうに鼻歌を口ずさむ。
一方のシスタルトは、焼き上がった生地に丁寧にクリームを絞り、フルーツを一つひとつ慎重に配置していく。
小麦粉、卵、砂糖、バター。
シンプルな材料が、手順と想いを重ねることで、少しずつ形を変えていく。
オーブンから漂い始める、甘く温かな香り。
「シスタルト、すごく上手だね!」
ステラは思わず、彼女の手元を覗き込んだ。
クリームの線は均一で、フルーツの配置も計算されたかのように美しい。
「……ステラさんも、上手です」
シスタルトは少しだけ視線を逸らしながら、そう答えた。
やがて、完成したスイーツがテーブルの上に並べられていく。
色とりどりのカップケーキ、艶やかなフルーツタルト、香ばしいクッキーの詰め合わせ。
甘い香りは、扉の向こうまで流れ出し――
ギルドホーム全体を、やさしく包み込んだ。
「……いい匂い……!」
通りかかったルナが、思わず鼻をひくひくさせる。
「完成してからね」
ステラはいたずらっぽく微笑みながら、そう言ってウインクした。
キッチンの反対側では、リリアが並べられた食材を一つひとつ確認していた。
野菜、肉、香草、乾麺――準備は万端だ。
「ノエル、何作る?」
「俺はパスタとグリル料理かな」
そう言うや否や、ノエルは迷いなく調理を始める。
フライパンを振る動作は無駄がなく、火加減の調整も的確だった。
包丁がまな板を叩く小気味いい音が響き、切り揃えられた野菜が次々と器に分けられていく。
炒め、焼き、盛り付け――すべてが洗練されており、まるでプロの料理人のような手際だったのだ。
「ノエル……めちゃくちゃ上手いじゃん!?」
「鍛冶で火を扱うからさ。料理も、似たようなもんだよ」
当然のことのように言うノエルに、リリアは言葉を失う。
完成した料理を一口味見し、ゆっくりと目を見開いた。
「……うまい。これ、普通に店で出せるレベルだよ」
「そ、そんなことないって……」
照れたように視線を逸らすノエル。
その間にも、料理は次々と完成していく。
香草チキンのグリル。
彩り豊かな野菜のパスタ。
ローストビーフに、温野菜のサラダ。
どれも見た目からして完成度が高く、食欲を刺激するものばかりだった。
「すごいね、ノエル」
「リリアが手伝ってくれたおかげだよ」
そう言って微笑むノエルに、リリアは少しだけ誇らしそうに頷いた。
ギルドホームの庭では、ルナとソルが飾り付けに励んでいた。
夕暮れに近づく空の下、二人の手で少しずつ景色が変わっていく。
「もっとキラキラさせよう!」
ルナは弾む声で言いながら、色とりどりのクリスタルを木々の枝へと吊るしていく。
結晶は淡い光を受けてきらめき、揺れるたびに幻想的な輝きを放った。
「姉ちゃん、そこは俺に任せて」
ソルはそう言って、手際よくテーブルクロスを広げ、花瓶に花を活けていく。
配置にも気を配り、視線の流れまで計算されたような整え方だった。
二人は声を掛け合いながら、庭のあちこちにランタンを吊るしていく。
柔らかな灯りが次々とともされ、冷え始めた空気を包み込むように、庭全体が温かな雰囲気へと変わっていった。
やがて作業を終え、ルナが一歩引いて全体を見渡す。
「わぁ……きれい!」
満足そうに微笑むルナの瞳に、無数の光が映り込む。
「俺の運のおかげで、天気も持ってくれそうだな」
ソルはそう言って空を見上げた。
雲一つない晴れ渡った空は、まるで第四回イベントの成功と、これから始まる打ち上げを祝福しているかのようだった。
ヒマワリ、ティア、バルトの三人は連れ立って街へ向かった。
第四回イベントを終えたばかりの街は、どこか浮き立った空気に包まれている。
「飲み物と果物を買おう。人数多いしね」
ヒマワリが歩きながら提案する。
「無駄遣いは避けましょう。必要なものだけを、適切な量で」
ティアはいつも通り冷静だ。
「……荷物は全部俺が持つ。遠慮はいらない」
バルトが短く言い切る。その声には揺るぎがない。
市場に到着すると、三人の動きは自然と分かれた。
ヒマワリは果物売り場へ向かい、一つ一つ手に取っては鮮度を確かめていく。皮の張り、重み、わずかな香り――まるで現実の市場そのものだ。
「こういうところ、妙にリアルだよね。このゲーム」
戦闘やスキルの作り込みだけでなく、食材の品質まで細かく再現されている。
変なところで現実に寄せてくるあたり、このゲームらしいと言えばらしい。
「食材の品質は料理効果に影響しますから」
ティアは値札を確認しながら答える。
「合理的な仕様です。……ただ、こだわりすぎではありますが」
一方でバルトは、二人が選んだ品を次々と抱え込んでいく。果物、飲み物、調味料――その量は明らかに一人分ではないが、表情はまったく変わらない。
「……バルトさん、本当に大丈夫ですか?」
ティアが思わず声をかける。
「問題ない。これくらいなら余裕だ」
「頼りになるね!」
ヒマワリが屈託なく笑う。
買い出しを終え、三人がギルドホームへ戻ると、すでに中からは賑やかな気配が漂ってきた。
料理とスイーツは完成し、庭の飾り付けも万全らしい。
「準備、順調そうだね」
ヒマワリがそう言うと、バルトは一度だけ頷いた。
打ち上げは、もうすぐ始まる。
やがて、全員がギルドホームの庭に集まった。
長いテーブルの上には、彩り豊かな料理とスイーツが所狭しと並べられている。
ランタンの柔らかな灯りが夜の庭を照らし、どこか幻想的で、穏やかな空気を生み出していた。
「すごい……!」
ステラが思わず声を上げる。
目を輝かせながらテーブルを見渡し、その光景を胸いっぱいに焼き付けている。
「みんなで頑張ったから、ここまで来れたんだよね」
テーブルを囲みながら、ステラが嬉しそうに言った。
ランタンの灯りを受けたその笑顔は、どこか誇らしげでもある。
「ほんと、信じられないよな」
ノエルがグラスを傾けながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「小規模ギルドで七位なんて……夢みたい」
リリアも感慨深そうに呟き、並べられた料理と仲間たちを見渡した。
その様子を見て、ステラが一歩前に出る。
彼女はグラスを高く掲げ、いつもの明るい声で宣言した。
「みんな、お疲れ様! そして——七位入賞おめでとう! かんぱーい!」
「乾杯!」
一斉にグラスが持ち上げられ、軽やかな音が夜空に響く。
こうして、第四回イベントの打ち上げは、にぎやかに幕を開けた。
料理を囲んで笑い合い、激戦を振り返り、時には他愛もない話に花が咲く。
夜の庭には、楽しげな笑い声が途切れることなく広がっていった。
この夜、【星天の翼】の絆は、確かにもう一段、強く結ばれたのだった。
次は4/23 21時投稿予定
お楽しみに!




