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死ぬのが怖いので、不人気の回復職を選びました。  作者: s-rush


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第105話 極振りヒーラー、運営の想定外

第四回イベント《クリスタル破壊戦》が終了した翌日。

運営チームの会議室には、十数名のスタッフが集まっていた。


中央の大型スクリーンには、イベント全体の統計データが映し出されている。参加人数、平均プレイ時間、ギルド別順位――数字とグラフが静かに並んでいた。


「お疲れ様でした。第四回イベント、無事に終了しました」


そう切り出したのは、プロジェクトマネージャーの桐谷だった。


彼の周囲には、プログラマー、デザイナー、バランス調整担当、データアナリストなど、各部署のスタッフが席に着いていた。


「大きなトラブルはなし。サーバー負荷も想定内です」

「不具合報告も軽微なものだけですね」


続く報告に、桐谷は小さく頷く。


「参加者からの評判も上々です。特に――」


データアナリストがグラフを切り替えた。


「クリスタル破壊というシステムが好評でした。前回よりも満足度が上がっています。小規模ギルドからの評価が特に高いですね」


「それは良かった」


桐谷は、ほっと息を吐く。


「小規模ギルドが一つ、最後まで残ったのも大きいです」

「【星天の翼】ですね」


別のスタッフが補足する。


「ああ、八人編成のギルドか。最終順位は……」


「七位でフィニッシュしています」


桐谷はその結果を噛みしめるように、静かに頷いた。


「……十分、健闘だな」


そのとき、データアナリストが少し言いにくそうに口を開く。


「それで、彼らの戦闘ログを確認していたんですが……」


スクリーンの表示が切り替わり、【星天の翼】と【流星の覇者】の最終決戦ログが映し出された。


「この場面です」


映像の中で、ヒーラーと思しきプレイヤーがスキルを発動する。


「ステラというプレイヤーが、《スイート・レギオン》を使用しています」


その一言で、会議室の空気が一変した。


「…………は?」


「……今、なんて?」


一瞬の沈黙のあと、バランス調整担当が思わず声を上げる。


「マジで?」


「マジです」


データアナリストは淡々と答え、画面を拡大した。


「十体、フル召喚していました」


誰かが、乾いた笑いを漏らす。


「……あれ、誰も取らない前提で実装したスキルですよね」


会議室に、静かなざわめきが広がった。



「《スイート・レギオン》って……あのおふざけで実装したスキルですよね?」


若手プログラマーが、半信半疑といった声で確認する。


「ああ、そうだ」


桐谷は小さく肩をすくめた。


「DEXゼロで、お菓子系料理スキルを八割以上習得。さらに料理スキルをランクXまで上げるのが条件だ」


そんな無茶な前提を満たすプレイヤーがいるはずがない。

少なくとも――実装当時は、誰もがそう思っていた。


桐谷は、半年前のスキル実装会議を思い出し、苦笑する。


「DEXゼロって、生産系では完全に不利ですよね」

若手プログラマーが念押しするように言った。

「料理スキルは生産扱いですし、DEXが低いと成功率が大きく下がります」


「その通りだ」


桐谷は頷く。


「DEXゼロで料理を続ける人間なんて、まずいない。まして料理スキルをランクXまで上げるなんて、普通は考えない」


「だからこそ……ネタスキルとして実装したんですよね」

「ああ」


桐谷は、はっきりと肯定した。


「『誰も取れない前提』で、運営の遊び心として入れたスキルだ。まさか本当に条件を満たすプレイヤーが現れるとは、誰も思っていなかった」


視線をスクリーンへ向ける。

そこに表示されているのは、一人のプレイヤーデータだった。


「ステラ……WIS極振りのヒーラー。DEXはゼロ。料理スキルはランクX」


淡々と読み上げながら、桐谷は息を吐く。


「お菓子系料理スキルの習得率、九十二パーセント……」

「完璧に条件を満たしてますね……」


誰かが、呆然とした声で呟く。


「……いたのか。本当に」


桐谷の言葉には、驚きと同時に、どこか感心したような響きが混じっていた。


そのとき、データアナリストが別の画面を呼び出す。


「それだけじゃありません」

「何だ?」

「ステラは、《星の巡り》と《魔源共鳴》も習得しています」


一瞬、会議室が静まり返った。


「……何だって?」


桐谷が、思わず声を上げる。


「《星の巡り》はLUKを大幅に上昇させるレアスキル。《魔源共鳴》は魔族の力を行使できる超レアスキルです」


淡々とした説明が、逆に異常さを際立たせる。


「どちらも通常プレイでは発見が難しいので、習得難易度は高い方です。」

「……どうやって手に入れたんだ?」


桐谷の問いに、データアナリストは少し間を置いて答える。


「ログを確認したところ、隠しクエストを複数クリアしています。特に《魔源共鳴》は――」


画面が切り替わる。


「魔族に敵対されず、なおかつ魔族領を救うことが条件でした」


「……魔族、だと?」


「普通は、討伐対象として見るよな」


バランス調整担当が、頭を抱えるように呟く。


「《スイート・レギオン》だけでも十分に想定外なのに……」


誰かが、苦笑交じりに言った。


「《星の巡り》と《魔源共鳴》まで持ってるとか、さすがに予想してませんよ」


桐谷は、静かにスクリーンを見つめ続けていた。



「でも、結果的には良いテストになりましたね」


空気を和らげるように、AI担当のプログラマーが前向きな声で言った。


「《スイート・レギオン》の聖霊たちは、すべてAI制御です。各個体が独立した判断基準を持ち、使用者を補助・防衛する設計になっています。今回の戦闘ログを見る限り、想定どおり――いえ、それ以上に適切な行動を取っていました」


スクリーンに映し出されたのは、最終局面の戦闘記録だった。

前線ではビスコルドとチョコガルドが盾を構え、敵の攻撃を受け止める。

後方ではナイトショコラたちが隙を逃さず攻撃を重ね、シスタルトが的確なタイミングで回復を回している。


それぞれが、まるで意思を持っているかのように役割を果たしていた。


「特に――」


AI担当がログの一部を拡大する。


「キャラメリアが使用者の背後に待機し、危険度が最大になった瞬間に拘束スキルを発動しています。この判断は、かなり高度です」


「……確かに」


桐谷が画面を見つめながら、低く唸った。


「状況を解析し、最適解を選び取っている。想定していたAI挙動としては、理想に近いな」


そう言って、彼は満足そうに小さく頷く。


「今後、AI制御のNPCや召喚獣を本格的に実装する際の、貴重な参考データになる」


そして、ふっと肩の力を抜いた。


「この点に関しては――ステラには、素直に感謝しないとな」


それは冗談めいた口調だったが、

同時に、運営側としての本音でもあった。


誰もが軽く頷き、会議室には静かな納得の空気が流れていく。



「バランス調整はどうだった?」


桐谷が視線を向けると、バランス調整担当が即座に応じた。


「問題ありません。《スイート・レギオン》は確かに強力ですが、撃破された聖霊は一日再召喚不可という制限があります。加えて、召喚・維持ともにMP消費が重い。リスクとリターンの釣り合いは取れていました」


彼は画面を切り替え、戦闘推移を示すログを指し示す。


「【流星の覇者】との戦闘でも、最終的には半数以上の聖霊が撃破されています。無双状態にはならず、あくまで“切り札”として機能していました」


「圧倒的ではない、か」


桐谷が低く呟く。


「はい。今回のイベントでは、小規模ギルドが七位という結果を残しました。これは、単純な戦力差ではなく、スキルの選択と運用、そして戦略が勝敗を左右する――我々が目指していたゲームバランスが、きちんと機能していた証拠です」


自信を滲ませた声に、会議室の空気がわずかに和らぐ。


「よくやった」


桐谷は全員を見渡し、静かに告げた。


「次回のイベントも、この方向性で進めよう」


だが、すぐにその表情が引き締まる。


「――ただし、一つだけ注意点がある」


室内の視線が、自然と彼に集まった。


「《スイート・レギオン》のような隠しスキルは、今後も実装していく予定だ。しかし今回は、“条件を満たすプレイヤーが現れないだろう”という前提に、多少なりとも甘えがあった」


沈黙。


「今回は運が良かった。だが、次も同じとは限らない。今後は、条件達成者が実際に現れることを前提に、より慎重なバランス調整が必要だ」


全員が無言で頷いた。


「それと――」


桐谷は最後に、スクリーンへ視線を戻す。


そこに映し出されているのは、イベント中に撮影された一枚のログ画像。

戦闘後、仲間たちに囲まれて微笑む、ステラの姿だった。


「彼女のプレイヤーデータは、引き続き注視する」


興味と警戒が入り混じった声で、桐谷は言う。


「どんな選択をし、どんな戦略を積み上げていくのか……正直、楽しみでもあるな」


その言葉に、会議室の誰もが否定しなかった。



「では、次の議題に移りましょう」


桐谷が淡々と告げ、会議室の空気が切り替わる。


「次回――第五回イベントと、第四層の実装についてです。

 イベントは大規模レイド形式。全ギルド参加型で、巨大ボスの討伐を想定しています」


「全体協力型、ですか。それは盛り上がりそうですね」


「ええ。ただし第四層の開放時期と難度次第で、調整は必要になります。詳細は次回の会議で詰めましょう」


そう締めくくり、会議は終了した。


「……ステラ、か」


彼はまだ知らなかった。

この時点で、運営チームの誰一人として気づいていなかった。


近い未来、ステラが《スイート・レギオン》の聖霊たちを完全強化し、それぞれに専用装備と固有スキルを与える存在になることを。


十体の聖霊が独自の戦術を持ち、一個の軍団として完成される未来を。

やがて「スイート・キングダム」と呼ばれる、最強の勢力が誕生することを。


その時、桐谷は後悔する。

なぜ、あのときちゃんとスキルを再検証しなかったのかと……


だが、それはまだ先の話だ。


今はただ、第四回イベントが無事に終わったことを祝おう。


桐谷はモニターを閉じ、会議室を後にした。

外は、どこまでも晴れ渡っていた。


次は4/22 21時投稿予定

お楽しみに!

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