9 大人になった大賢者が強すぎる
「ここは、俺が前世で使っていた拠点だ。ここはダンジョンのすぐ近くにある。俺は、ダンジョンに潜る野良の魔術師だった」
ユナは、時折マグカップを口に運びながらゆっくりと話し始める。
「……! それで、昔に魔界に来たことがあると言っていたのか」
「まあな。俺は転生魔法を使ってる。この体でダンジョンに潜ったことはねえけど、俺の記憶はダンジョンを知ってる」
「転生魔法……?! そんなもの、本当に使えるやつがいたのか……」
カフカは魔族だ。人間よりもよほど魔法の知識はある。それでも、記憶を引き継いだまま同じ姿で転生する転生魔法は、おとぎ話のように思っていた。たしか、とんでもない魔力の消費量なはずだ。
そこで思い至る。
「だから、子供の姿だったのか?」
「正解。カフカは魔法のことだけは詳しいな。転生で殆どの魔力を使い果たして、元の姿に戻れなくなってたんだよ。結局、魔力が戻るまで12年もかかっちまった」
そうしてユナはふざけたみたいに笑う。
「ま、お貴族様のお屋敷に潜り込むには子供の姿はうってつけだったけどな」
「いや、いきなり俺を雇え! と言ってくる子供など怪しかったのだ。私じゃなかったら雇ってない」
「いいじゃん。あんたにしか雇われる気なかったんだ」
「む……」
なんだか都合のいいように言われている気がする。
だが子供のユナにも、口で勝てなかったのだ。大人のユナに勝てるわけがない。
「俺が生まれ変わったら、またカフカの従者にしてくれよ。俺はずっとあんたを見つけ出すから」
「む、それは悪い気はしないのだ」
これからもずっとユナがいてくれたら正直嬉しい。ユナがいなかった日々を思い出せないくらい、カフカにとって大きな存在だった。
「でも、なんで私のことを知っていた? 前世のユナと会っていれば、忘れることはないと思うのだ」
だってこんなに強くて、こう……貴族みたいに見目麗しい男なら、記憶に残らないはずがない。魔界にいたら目立つはずだ。
「それは、ひみつ」
そういったユナは、少し照れたようにも見えた。
「あんたがもう少し大人になったら教えてやるよ」
「な、私はもう立派な大人だぞ!」
「まだおこちゃまだろ〜? 恋もしたことないくせに」
「む、むむ」
「ほらほら、冷める前に飲んじゃいなさい」
マグカップを持たされて、カフカは大人しく口をつけた。ほんのり甘くて美味しいはずのポタージュは、少しだけ冷めてしまっていた。
***
一方、王国の指名手配包囲網は混乱を極めていた。
大都市の城壁に検問を敷いているのに、一向にカフカとユナが見つからないのだ。
「黒髪の少年と、金髪の魔族だぞ?! なぜこんな目立つ組み合わせなのに見つからない……!」
天幕の中、ガロリア王国のウィスペルン宰相は、苦虫を噛み潰したような顔で手配書を睨みつけた。
その時、1人の王宮騎士が慌ただしく天幕に飛び込んでくる。
「宰相閣下! 2人を見つけました!」
「誠か!」
ウィスペルン宰相は立ち上がって、王宮騎士に駆け寄る。金髪で尖った耳の女と、黒髪の少年が後ろ手に縛られていた。
……ふ、ふははは。王国全域に検問を敷いているのだ!
どんなに優れた魔術師でも、逃げることなど不可能!
宰相は、2人の顔を拝んでやろうと髪を掴んで上向かせる。
だが——よく見れば、金髪の女は耳が尖っていないし、少年に至ってはただの茶髪で、黒髪でさえない。
「……何故だ?! さっきは絶対に……!」
すると、天幕のあちこちで騎士達の声がこだまする。
「宰相閣下! 2人を見つけました!」
慌てて振り返れば、確かに遠目に見た時は騎士が連れている2人組はどう見てもカフカとユナに見える。
それなのに、どいつもこいつも間近で顔を見れば全くの別人なのだ。
しまいには、よく見たら白髪の老夫婦だったことすらある。
「お、おちょくりおってからに……!!」
ここまで来ると認めるしかない。おそらく、こちらが王国全域に検問を敷いたなら、相手は国民手当たり次第に魔法をかけている。
こちらの目が逸らされているのだ。
あの無能公爵がろくに見張っておかなかったせいで、王国はカフカの魔法の全貌を掴めていない。カフカが連れているユナ少年に関しても、頭が切れることくらいしか情報がない。
魔法で紛れて、国境を超えたのか?
それとも、検問を避けてどこかに潜伏しているのか?
考えても埒が明かない。
宰相は、騎士に向かって声を張り上げた。
「伝令を出すのだ。陛下に、魔術師団使用の許可を申請せよ!!」
——魔法には、魔法を当てればいいのだよ。




