6 私と離縁致しましょう
いつの間にか、ユナと2人きりの生活が当たり前になっていた。
だから、ユナに髪を魔法で結い上げられながらも、ついついため息がでる。
「嫌だ……本当に行かないとならないのか?」
「あんた一応、公爵夫人だからな。公爵に呼ばれたのを無視はできないだろ。それに、これは俺たちにとってチャンスだ」
鏡台でぶすくれながら、隣に立つユナを見上げる。 人間の成長速度は、こんなにも早いものなのだろうか?
ついこの間まで、カフカより小さかったはずのユナがいつの間にか同じぐらいの背丈になっていた。
もしかしたらもう、若干カフカより大きいかもしれない。心なしか声も少し低くなって、大人びたような気さえする。
一方のカフカは、人間に嫁がされたあの日から一切変わらない。幼さの残る顔立ちに小柄さも相まって、まだ少女で通用する外見だった。
公爵に会うのは、結婚した初日以来だ。人間の時間感覚は分からないが、さすがに1年半も妻と顔を合わせないのは、普通ではない気がする。
お陰で、公爵の顔も忘れてしまった。なんとなく、オークのような体型だったことだけは覚えているのだが。
「ほら、綺麗になったぜ」
ユナに言われて、鏡を覗き込む。
尖った耳を隠さずハーフアップで結い上げた髪には、淡いピンクダイヤの髪飾りが飾られている。
重たいピアスも、首輪みたいなネックレスもなし。
ただ胸元には、ユナが魔法を込めて作った1粒ダイヤのネックレスが煌めいていた。
今日は、ふわふわのオーガンジーを重ねた淡い桃色の軽やかなドレスを着ている。
昔着せられていた檻みたいな重たいドレスと違って、ユナが選んでくれるドレスはどれも軽くてそのまま飛べそうなほど着心地がいい。
「ユナも一緒に来てくれるのだろう?」
「行くって。ほら、お嬢様。約束の時間だぞ」
傍に控えてくれるユナも、公爵の前に出るとあって今日は仕立てのいい黒いスーツを着ていた。暗色の髪と色合いが揃って、まるで仕事のできる従者みたいだ。
ちょっと、かっこいいかもしれない。ちょっとだけ。
ユナを伴って執務室に行くと、既にグランダ公爵は座って待っていた。
尖った耳を隠さないカフカを見てか、公爵は露骨に顔をしかめる。
《全く。醜悪な外見だな。相変わらず幼い顔をして不気味な女だ》
カフカの魔法が、公爵の感情を拾う。
まあ、公爵の場合ほとんど顔に書いてあるので、心を読むまでもないのだが。
貴族がこれでいいのだろうか。
貴族は腹芸ってやつをやると、ユナに教わっているのに。
カフカはかつてのメイド達の言いつけ通り、扇子で口元を隠しながら黙って席に着く。
すると公爵が、ユナを呼びつけた。
ユナはいつもの傍若無人な姿からは想像がつかないほど、折り目正しくお辞儀すると公爵の前に進みでる。
「ご挨拶が遅れました。私は奥様の従者を勤めさせていただいております、ユナと申します。姓はございません」
「ふん。土地も持たぬ平民出身か。つまらん小物をよくもまあ大事にしているものよ、なあカフカ! 主人が小物なら、従者もまた小物ということだ! お前も哀れだなあ、こんな小物が主人で」
グランダ公爵に名前を呼ばれれば、カフカは不快さを隠そうともせずに緑の瞳で睨みつけた。
《本当にムカつくおっさんだな、さっさと離婚しようぜこんなやつ》
カフカの魔法が、ユナの苛立ちを捉えた。いつもは精神魔法を遮断しているユナの感情を読むのは、今回が初めて。
これは、敵に悟られず意思伝達をするための作戦のうち——と分かっていても、ユナの剥き出しの感情に触れることが、何だかくすぐったい。
「それはそれは私にはすぎたお言葉で……奥様は、私には勿体のないお方でございます」
《小物小物うるせえんだよ、てめえが1番小物だろうが》
ユナは本当に演技が上手だ。内心の怒りなどおくびにもださず、ひたすらに上品な従者を演じている。
「従者共々忌々しいヤツめ。だが分かっているのか? 私に断りもなく、まして素性の知らぬ男を召し抱えるなど不義を疑われても致し方あるまい、なあカフカ?」
カフカは、広げた扇子の向こうから冷たい目を向ける。だが、口は開かない。
ユナからの合図が、まだないからだ。
「ふん、処罰が恐ろしくて口もきけぬか! この男は公爵夫人を誘惑したとして打首、不義密通によりお前は幽閉だ!」
《マジでムカつく。カフカを愛したことなんか1度もなかった癖に。自分は一体、横領した金で誰と会うのに交際費使ってたんだろうなあ?》
カフカの魔法が、ユナの怒りを鮮明に映し出していた。こんな時なのに、ユナが自分のために怒っているのが嬉しいだなんて、不謹慎だろうか?
でも仕方ない。だってカフカは、魔族だから。人間とはルールが違うのだ。
「差し出がましいことを申し上げますことを、お許しください、旦那様」
《カフカ! 脅せ! こいつに死ぬほうがマシな幻覚を見せてやれ!》
ユナがにっこりと微笑んで、恭しく頭を垂れた。
次の瞬間、ユナの魔法が公爵を空中に磔にする。
「なっ、なにをする?!」
「非常に申し上げにくいのですが——奥様の王家からの予算を、横領してんのわかってんだぞこのクソ公爵が。不義密通だあ? なるほど、自分に後ろめたいことがあると、相手のことも疑っちまうもんな?」
「な、なななんの事だ……」
ユナは緩慢な手つきで、懐に手を入れた。パサ、と数枚の書類が懐から顔を覗かせる。
「——さあ、なんの事だろうな」
ユナがそう言った時だった。
ガチャガチャと、鎧の擦れる足音が近付いてくる。騎士団の、慌ただしい声が聞こえた。
「おやおや、お迎えが来たようだぜ、公爵様」
ユナは空中でもがく公爵が動けないように、魔法で槍の大群を出現させる。槍の切っ先それぞれが、逃がすまいと公爵の方を向いた。
「——旦那様。私と離縁致しましょう」
扇子をぱちん、と閉じる。カフカは椅子からゆっくり立ち上がると、1歩ずつ公爵に近づいて行く。
ユナに教わったように、優雅に見えるように。余裕のある顔に見えるように。
カフカは、あどけない笑顔で小首を傾げた。
「それとも——間もなく到着する、王宮騎士団の裁きをお受けになりたい?」
カフカの言葉を聞いた公爵の顔が青くなった。
鎧の音は、だんだんと大きくなっていく。喧騒の中で、「公爵を探せ」「公爵を捕らえろ」「謀反だ」と言った言葉まで聞こえてきた気がする。
「あ、あ……わ、分かった! 離縁しよう、だから下ろしてくれ——!!」
公爵のその言葉が聞こえた途端、ユナの嘲笑が聞こえた。
《本当にバカなおっさん。お前なんかにカフカをくれてやるものか》
本日は20:30にあともう1話投稿します!




