5 鳥籠の小鳥はもうやめる
ユナが現れてからというもの、カフカは目に見えて変わっていった。
カフカに一切興味がない、公爵の耳にも入るほどに。
「何?! では今、あの魔族は見知らぬ男を従者にしていると言うのか?!」
「はい……旦那様、ですが皆あの女に魔法で殺されかけたのです……! とても恐ろしくて……」
「なぜ報告しなかった?!」
「旦那様が……あの女に関しては、部屋から出ていなければ報告しなくてよい、聞きたくもないと……」
グランダ公爵は押し黙った。身に覚えがあったからだ。結婚当初、メイドたちからあの魔族について事細かに聞くことにうんざりしていた。
あまりにも反発してこないので、1年がすぎる頃には「脱走していないのなら報告するな、脱走した時だけ報告しろ」と言ったほどだ。
何ヶ月か前、家出未遂があったと報告を受けたが、気付いたら自分で部屋に戻っていたと聞いたので、問題がないと捨ておいた。
放置していたのは自分だ。
今だって、屋敷の下働きたちが「あの女は変わった、時折楽しそうに部屋のテラスでお茶をしている」と噂しているのに気付かなければ放置していたはずだ。
気に入らない、気にいらない!
グランダ公爵は、苛立たしげにメイドを下がらせると、執事を呼んだ。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「あの魔族に関する予算はどうなっている」
「当初と同じく、王家からの予算の半分も使っておりません。余った分は、旦那様の交際費にスライドしております。ですが……」
執事は、白髪の混じる眉根を軽く寄せた。言い淀むその先を促す。
「なんだ?」
「これまでと比べ、食費と服飾費が僅かばかり増えています。あの女の新しい従者が、食事やドレスを手配するようになっております。あの従者の給金も、あの女の予算から出しているようです」
「……また新しい従者の話か!」
グランダ公爵は、忌々しげに唇を噛んだ。執事を怒鳴りつける気にはなれなかった。
これに関しても、予算の半分を越えないのであれば報告は不要だと命令したのは自分だ。
本当ならあんな魔族など、物置小屋にでも閉じ込めて、贅沢などさせたくない。だが、王家から予算が出ている以上そんな扱いをするわけにもいかない。
それに、予算を横領しているのだ。下手に騒いでバレるわけにもいかない。
「……もう良い、下がれ」
「かしこまりました」
***
「何を楽しそうにしているのだ?」
朝から上機嫌なユナに、声をかける。ユナはカフカを振り向いて、含みのある顔で笑った。
相変わらず、子供らしくない表情だ。
「いやー、本当に公爵ってバカなんだなと思って」
たぶん、それは従者にあるまじきセリフである。
ユナが手のひらから半透明の蓄音機を呼び出した。時折、光を透かして虹色に反射している。
ユナが何か再生する前に、カフカは彼の腕を掴んで引き止めた。
「なぜ、『魔道具』を持っている?!」
「言っただろ。“昔、ダンジョンに行ったことがある”って。そこでこの“アーティファクト”——『追憶の蓄音機』を拾ったんだよ」
アーティファクト。
それは人間が、ダンジョンを探索する中で出土した魔法を使うための古代道具。
つまりは、カフカのさらに遠い先祖達が作った魔道具である。
「……前々から思っていた。ユナは何歳なのだ……?」
「確か——この体は12歳かな」
「12歳の人間の言う昔とはいつだ? まさか5歳か? 3歳か? そんな子供が魔界で生き延びられるわけなかろう!」
「まあ、ちょっとな」
いつもそうだ。ユナはそうして軽く笑って、核心をそらしてしまう。
続きを問いただしてやりたいが、カフカはユナのような話術がない。ついついユナに流されてしまう。
「それより、これを聞こうぜ」
ユナが空中に浮かぶ『追憶の蓄音機』に魔力を通した。
雑音混じりのザザ……という音とともに、公爵の声が再生される。
『忌々しい……全てはあの魔族の新しい従者のせいだ。魔族が、幸せそうに笑うなどあってはならないことだ!
ああ、そうだ……簡単な話ではないか。取り上げればよい。そうすれば、あの魔族はまた前の通り、不幸な女に戻る!』
熱に浮かされたような、妄執に取り憑かれた声だった。
「なんなのだこの人間は」
「あんたの『旦那様』だぜ、カフカ」
「……それは、面白くない冗談なのだ」
「残念ながら現実だけどな」
カフカの心底うんざりした声に、ユナは満足そうに笑う。
「なぁ……俺と離れるのは嫌だろ?」
「ぐ……」
——嫌だ。せっかくこの、つまらない毎日がユナが来てから楽しくなってきたのに。
でも、なんか自信満々で偉そうなユナがちょっと気に入らない。
だけどどうせ、魔法でこの感情だって見透かされているのだ。
だが、ユナはカフカの返答を待っているのか、じっとこちらを見つめたままだ。
もじもじと口を動かして、それからようやく言葉に出す。
「嫌だ……ユナと一緒がいい」
その言葉を聞くやいなや、ユナがカフカを抱き上げるとその場でくるりと回った。まるで飛んでいるみたいに、ドレスがふわりと舞う。
「なら、そろそろ鳥籠から出る時間だぜ、お嬢様。
——俺があんたを連れ出してやる」
彼の小さな体の、どこにこんな力があるのだろう。
ユナと一緒なら、本当にどこへでも飛んで行ける気がした。




