4 大賢者の憂鬱
「それで、グランダ公爵。例の魔族の妻の様子はどうなんだ?」
ガロリア王宮の一角。国家の重鎮たちが集まる、深紅と金に彩られた豪華絢爛な部屋で、その密談は行われていた。
「いや、はは。あいつは大人しくしていますよ。部屋から出ず、静かに過ごしています」
宰相から問われれば、グランダ公爵は額の汗を拭いながら、乾いた声で笑った。
「あの魔族の女を手に入れたことで、我が国はダンジョンの権利獲得において、他国を牽制する立場にある」
ガロリア国王の、貫禄ある重たい声が響く。貴族たちが一斉に声の主を仰ぎ見た。
国王は、机に広げられた地図を見ながら続ける。自然と貴族たちの視線も、地図に集まった。
「長年、大陸第二位の地位に甘んじてきた我が国だが、ダンジョンさえ手に入れば、北方大帝国に打ち勝ち、大陸最強の王国になれる。——励みたまえ」
***
その密談会議を盗み聞く姿があった。
王宮の屋根の上に、ふわりと身軽に着地する。ブルネットの髪に、意思の強い黒い瞳。
「チッ、やっぱ戦争する気なのかよ」
ユナは唇を噛んだ。“かつて未来を見た通り”だ。
もしもこのまま、ガロリア王国がダンジョンの権利を独占すれば、いずれこの大陸全てを巻き込む戦争が起きる。
ユナの脳裏に、カフカの顔が浮かんだ。出会った頃は表情のない人形みたいだったが、彼女は随分笑えるようになった。
もし戦争が起きれば——
ユナは首を振って、“あの日見た未来”の残像を打ち消した。
カフカは殺させない。
彼女は、幸せになるべきだ。
知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。
ユナが手を解くと、手のひらから半透明の鏡が現れる。
時折光を透かして虹色に煌めく鏡面に、笑顔のカフカが一瞬映る。だが次に鏡に映ったのは、戦場で横たわるカフカの姿だった。
「俺は、『未来視の鏡』なんて、信じねえ」
手を振ると、虹色に輝く鏡は蜃気楼のように揺らいで消えた。
***
ダンジョン。
それは、およそ100年前大陸のど真ん中に現れた。
数十年をかけて、人間はダンジョンの探索を行い、そこから魔石や、魔物の素材、アーティファクトを持ち帰った。
人間の魔法は、ダンジョンを通して飛躍的に成長したのだ。
長らく大陸の各国は、ダンジョンの探索を各々進めていた。
そして最近——魔族のカフカを手に入れたことで、ガロリア王国がダンジョンの所有権を主張したのである。
“和平の結婚をしたのだから、ダンジョンはガロリア王国の属国である”と。
もちろん他国は反発し、地理的にはうちの領土に含むはずだとか、最も探索率が高いのは自分の国のパーティだとか、何かと理由をつけてお互いに所有権を主張している。
——だがもしも、“ダンジョンに国王(魔王)が現れた”なら?
各国が勝手に所有権を主張できなくなる。
***
「あっユナ! どこに行っていた? 起きたら姿がないので心配した」
ユナが戻ると、カフカが駆け寄ってくる。最初こそ、扉から出ず魔法で瞬間移動して出かけるユナに驚いていたものの、今はすっかり慣れたらしい。
カフカは寝巻きの緩いドレスではなく、珍しくよそ行きの黄緑色のドレスを着ている。カフカのペリドットの瞳と揃いの色で、彼女によく似合っていた。
「まあ、ちょっとな。それよりどうした、今日は着替えてんのか」
「ふふ、見てみろユナ!」
カフカが得意げに胸を張って、パステルカラーの紙袋を見せつけてくる。
「メイドをちょいと脅かしたら、街の菓子店にお使いさせることに成功したのだ」
「お、やるじゃん。特訓の成果が出てんな」
そう褒めれば、カフカはくすぐったそうに笑った。それから、紙袋に手を突っ込んで小さな包みをひとつ取り出す。
「これは、ユナの分」
「お、ありがと。じゃあお茶にするか」
せっかくカフカがよそ行きのドレスを着ているので、いつものパジャマパーティではなくテラスに紅茶とお菓子をセッティングしていく。
今日は天気もいい。外に出られないカフカの、せめてもの気分転換になればいいが。
準備をしていると、カフカが窓から頭を出しているのが見える。
「どうしたんだよ?」
「いや、まるでユナが従者みたいだと思って……」
ちょっと失礼なうちの主人である。ユナは揶揄うように、わざとらしく腰に手を置いてお辞儀した。
「俺はあんたの従者ですよ、お嬢様」
「ふ、フン、子供が何を言っているのだ」
気に入ったらしい。
でも普段従者らしくない自覚があるので、たまには従者らしく振舞ってもいいか、など考えていると、いつの間にか隣に来ていたカフカに袖を引っ張られる。
「……ユナはいつも通りでいい」
「言われなくとも」
ユナは肩を竦めて、大袈裟に笑った。つい魔法で心を覗いてしまったのは秘密だ。
《ユナがいてくれて、嬉しいのだ》
……精神魔法を遮断する方法を教えなくちゃな。
でも、うちの主人は口数が少ないから、もう少しの間だけ心を盗み見たいと願うのは罰当たりだろうか。




