48 魔王の戴冠式
私は、弱い魔族なのだ。
攻撃魔法はそもそも使えない。
カフカに使えるのは、逃げるための魔法と、心を読んで、誰かの背中をほんの少し、押す魔法だけ。
カフカは、隣に立つユナドラゴンの太い腕に抱きついた。彼は、カフカが何か思う前にカフカの期待通りに魔法を解く。
輪郭が解けていき、黒い鱗は人の肌に変わった。
ユナが、その両手でカフカのことを抱きしめた。
「やっぱドラゴンじゃだめだな。あんたを抱きしめられない」
「ふふ」
カフカは微笑む。そうしてユナの腕の中から、地面で妹を抱きしめて俯いているオズワルドを見下ろした。
***
「ドラゴンたる蒼炎のオズワルドが——矮小な人型の魔族と、ただの人間に負けた……」
妹を抱きしめたままのオズワルドは、寄り添って立つカフカとユナを見上げていた。
信じられない。
私を追い詰めた黒いドラゴンは、人間だったのか。姿を変える魔法で、魔力を分散させてなお、あの威力の攻撃が放てたのか。
「おうお前、負けたくせに口が悪いぞ」
「口の悪さなら、ユナも負けてないのだ」
「俺はいいんだよ、こいつのはただの悪口だろ?!」
2人が話している声が聞こえる。オズワルドにはよく理解できなかったが、仲がいいのだろうことは分かった。
「いや、すまない。見下すつもりはない。誰かと話すのに慣れておらず、申し訳ない」
オズワルドはドラゴンだった。強者に必要なのは、蹂躙する魔法だけ。
言葉などろくに使ってこなかった。誰かに気持ちを伝えたいと願うことさえなかったから。
「——その女」
オズワルドは、白金の髪の魔族に声をかけた。
そして、その場で頭を垂れる。
「蒼炎のオズワルドは……お前に降伏する。『魔王』に最もふさわしいのは、お前だ」
ずっと、ドラゴン族が最も『魔王』に近いと言われていた。その中でも、オズワルドとロザリンドが1番多くの魔族を殺した。
最深部において、2人は敵無しだった。もう誰も、最深部で彼らに挑む魔族はいない。
まもなく中深部に攻め込み、敵対する魔族が現れれば全てを殺しつくし、オズワルドが魔王になれるはずだった。
——その瞬間。
空中から、キラキラと輝く半透明の王冠が現れる。
それは時折、光を弾いて虹色に光った。
そして、その王冠はオズワルドの頭上ではなく、白金の髪の上に載った。
——これでいい。私達兄妹は、やっと安心して眠れる。もう、奇襲に備えて交代で寝ることもない。
***
「アーティファクトだ……!」
ユナが手のひらから、『白日の双眼鏡』を取り出した。カフカの頭上で輝くアーティファクトを、双眼鏡でのぞく。
『魔王の冠』
魔界が魔王と認めた時に現れる。特殊効果は何もない。ただの王冠。
「いやその感じで出てくるのに、特殊効果ないのかよ?! せめて魔力とか耐久力の底上げくらいしろよ」
思わず突っ込んでしまったが、間違いない。古代から続くアーティファクトが、カフカを魔王と認めた。
「カフカ……! あんたが、本当に魔王になったんだ」
王冠を載せたカフカを抱き上げる。白金の長い髪と、ピスタチオカラーのドレスがふわっと広がった。
抱きしめたままくるりと回る。
彼女のドレスに合わせて、ユナの同じ色のローブも舞い上がる。光を浴びて、2人の服の刺繍がキラキラと輝いていた。
「ユナのおかげなのだ。……私ひとりでは、ここまで来れなかった」
「何を仰います、“魔王陛下”。俺は、あなたの“魔法”です。これは、あなたの力です」
ユナは、思い出したように大袈裟に演じてみせた。
まあ、既にアーティファクトが認めてるんだ。これは、大賢者の魔法の力じゃなくて、カフカの強さが認められた証拠だ。
だけど、うっかり『魔王の冠』が大賢者を認識したらまずい。なんせ、殺戮推奨してた過去があるからなこいつ。強いものが正義! とか言い出しかねない。
「ふふ。……本当に“私の魔法”はなんでも出来るのだな」
「俺を誰だと思ってる? 大賢者だぜ。あんたのためなら、俺が全部何とかしてやる」
***
それからすぐ、カフカは元ガロリア王国の王宮に戻っていた。
ユナと、『写し身』ユナが慌ただしく走り回っているのが見える。その後ろを、『千里の伝書鳩』がパタパタとついていく。
探知魔法をかけているカフカには、どっちが本物のユナで、どっちが『写し身』ユナなのかすぐに分かる。まあ、『写し身』ユナは全然照れないので魔法を使わなくてもわかるのだけど。
「大賢者ユナ様——! ってうわどっち?! どっちが本物?!」
「俺だ! 俺だけど——ただ判子が欲しいならあっちの“ユナ”に頼め!」
「えっ?! あっ、ハイ分かりました!!」
「貸せ」
廊下の先で、『写し身』ユナが魔法を使うのが分かった。官僚が抱えていた書類を空中に飛ばして、一瞬で判を押す。
「ありがとうございます!!」
「気にすんな。無事に大飢饉を防げたようで良かったな」
『写し身』ユナがそう声をかけると、官僚は何度も頭を下げてからまた走ってどこかに行く。
それを見ていたユナが、『写し身』ユナに声をかけた。
「おい何の話だよ? お前、大飢饉を防ぐ魔法とか開発したの?」
「バカ、そんな便利な魔法ねえよ。辺境に飛ばした、仕事したがりの魔術師団が地道に防いだんだ」
「魔術師団は、能力の引き上げのために訓練をつけるって約束だっただろ?! 勝手に辺境に飛ばしたのかよ」
「安心しろ。辺境に飛ばした魔術師2人は、5級魔術師だったけど今は3級魔術師くらいの力に育った」
「あー……、習うより慣れろってこと? じゃあ残りの魔術師団もどっかに飛ばすか」
「賛成。仕事なら腐るほどあるぜ」
——聞いているとなんだかおかしい。結局どっちもユナだから、最後は2人の意見は一致してしまうのだな。
カフカは、応接間でのんびりしながら探知魔法を使う。机に盛られたクッキーをひとつつまんで、口に入れた。
「ん、やっぱり人間の作る菓子は美味しいのだ」
——魔界で、菓子店を開く練習をしているオズワルドとロザリンドにも、見本として持って帰ってやるのだ。
やっぱり、本物を食べないとな。




