47 『守りたい』と願うこと
「見ていろ、ロザリンド。私が——『賢王』の戦い方を教えてやるのだ」
黙りこくっているロザリンドの前で、カフカは立ち上がると空を見上げた。
「何を、言っている……? あの戦いで、弱い魔族にできることなどない!!」
「ふふ、攻撃魔法だけが、戦い方じゃないのだ」
そう言った瞬間、カフカとロザリンドの体は風に溶けた。
2人がいた場所には、つむじ風だけが吹く。
***
《ユナ!!》
カフカの声が、直接頭に響いた。
ユナは、地面を見下ろす。でも、そこにカフカとロザリンドの姿がない。
探知魔法をかける余裕なんて今はない。
でもそこで、思い至った。
“カフカの認識阻害の魔法”は、“大賢者の探知魔法でも捉えられなかった”……それは、本当にただの“認識阻害の魔法”なのか?
違う。多分、カフカは本当に“風に変身できる”。
……なんだよ、“変身魔法”の体系書を書くのは俺じゃなくてあんたじゃん。
ユナの鱗に覆われた頬を、つむじ風が撫でた。
探知魔法は使えない。でも、使わなくてもわかった。
カフカ。
《あの青いドラゴンを、人型に変える。だから思い切り、脅して欲しいのだ》
《任せろ。吠え面かかせてやる》
風が、笑った気がした。
ユナは、大量の氷の礫を生み出した。オズワルドに向かって、雹を降らせる。
「面白い。雷に炎に、次は氷」
青いドラゴンは淡々としている。分かってんだよ、この程度でドラゴンが傷付くはずないってな!
思い切り振りかぶって、ユナはドラゴンのしっぽをオズワルドに叩きつけた。
「野蛮な……」
オズワルドの体は重力に従って落下する。彼が体勢を整えようと羽ばたいた翼を狙って、氷の礫を飛ばす。
皮膜が破られ、青いドラゴンはバランスを崩した。
そこ目がけて、ユナは水魔法を使った。
滝みたいなふざけた水量の水が、青いドラゴンを飲み込む。水圧が、そのまま地面に滝ごと叩きつける。
滝の弾けるような音と一緒に、地響きが地面を揺らした。
ユナは落ちていったオズワルドを追いかけて、地面に降り立った。
***
「雷に炎に氷、水もか。面白——?」
立ち上がったオズワルドは、不思議そうにユナを“見上げた”。同じ大きさの黒いドラゴンを見るのに、何故見上げないとならない?
そこで、オズワルドは地面を見た。自分が落とす影が、やけに小さい。
手のひらを見た。
「何故……こんな事ができる?!」
その手のひらは、人の形をしていた。
自慢の鱗も、鉤爪もない。
両手で顔に触れた。非常に平坦な肌がそこにはあった。高い鼻も、大きな牙も、何もない。
「兄者」
呼び止められて顔を上げる。そこには、ついさっきオズワルドが倒したはずの朱色の髪をした少女がいた。
「まだ紅のロザリンドを語るか、小娘」
「違う、兄者。我は本当にロザリンドで……」
「ドラゴンを語るな、不届き者。矮小な人型の分際で——」
オズワルドが魔法を使おうと口を開けた時だった。
「うるせえなあ。あんた今の自分のことなんだと思ってんの? なあ、教えろよ。あんたは誰だ?」
目の前の漆黒のドラゴンが口を開いた。
「蒼炎のオズワルド。皆が恐れるドラゴン族だ」
「あれおかしいな。俺の目にはあんたは“矮小な人型の魔族”に見えるけど?」
「何を言っている! 私は蒼炎のオズワルドぞ!」
「なああんた。さっき、ドラゴンを語るなって言ってたよなあ?」
「——?!」
オズワルドが、隣に立つ朱色の髪の少女を見た。
「小娘。……本当に、紅のロザリンドなのか?」
「兄者、信じてくれ、兄者。我はロザリンドだ……」
彼女の瞳をまじまじと見た。それは、共に育ったロザリンドと同じ色の緋色。
だが、記憶の彼女よりもずっと不安げな色をともしていた。
「えーと、なんだったっけ? ドラゴン族は最も『魔王』に近くて、ゴブリンにも劣る人型の弱い魔族は死んでも仕方ないんだったっけ?」
漆黒のドラゴンが、ニィと口角を上げた。その口から、渦巻く炎が見える。
オズワルドは、歯を食いしばった。拳を握る。俯いた頬に、熱風を感じる。
仕方ない。この世界で、弱者は強者に滅ぼされる運命。
「……それが、魔界のルールだ」
炎がオズワルドを飲み込もうとした時、ロザリンドの小さな体がオズワルドの前におどり出た。
「——兄者!!」
燃え盛る炎が、ロザリンドの小さな体にまとわりつく。
「何故だ、ロザリンド?!」
「だって……兄者。我々は、せっかく一緒に生き残れた兄妹ではないか……かつて約束したであろう、どちらかが生き残り、『魔王』になるのだと……」
「だからといって……! 何故庇った……」
ロザリンドは炎にまみれながら、微かに微笑んだ。
それは、ドラゴンらしからぬ優しい微笑みだった。
《それが、弱い魔族の生き延び方なのだ》
オズワルドの脳内に、鈴を鳴らしたような澄んだ声が響いた。
ふっと、風が吹いて、風は白金の髪をなびかせる魔族の女の形になる。
彼女は、黒いドラゴンにそっと触れた。
「ユナ。もうよい」
すると、漆黒の体は彼女に恭しく礼をとった。その瞬間、ロザリンドを覆っていた炎がかき消える。
だが、ロザリンドは気を失ってその場に倒れた。
オズワルドは慌ててロザリンドを抱き起こす。……おかしい。ロザリンドの体には、火傷のあとひとつない。
目を瞑ったままの妹の額を、そっと撫でた。
今までこんな風に、妹に触れたことはなかった。何故、撫でたいと思った? 私が、人の手を手に入れたからなのか。
《お前にも、本当は分かるのではないか? いくら魔王になりたいとしても、妹をすすんで殺したいとは願ってないのだ》
——何故、分かる。
《分かるのだ、私には。魔法が強いから、心まで強くなるわけではない。妹は、自分が強いドラゴンだからお前を庇ったんじゃない、兄だから庇ったのだ》
——矮小な存在のくせに……誰かを守るために、自分を危険に晒すというのか。
……それで、自分が死ぬ可能性があるのに。
《誰かを守りたいと願う心に、強さは関係ない》
彼女の声は、やけに凛として届いた。
目の前の魔族は、ほとんど人の形をしている。精神魔法の使い手だ、魔族としては最下級の存在だ。人に近いほど、魔族は弱い。
それなのに、何故。
——私は、敵わないと思っている?
オズワルドの本能が、彼女を畏れていた。
あの日ユナが教えた『賢王の戦い方』を、今度はカフカがやってみせた。2人が歩んできた道が、ついに未来を変える――
まもなく最終章です。
ぜひ、ふたりの幸せな未来を見届けていただければ嬉しいです。




