46 ドラゴンは『魔王』にいちばん近い
ユナに抱きかかえられたまま、ドラゴン谷を見下ろす。朱色の髪の少女が、ぐったりと横たわっていた。
そのすぐ横に、青いドラゴンがいるのが見える。
カフカを抱いていたユナの腕が、徐々に黒い鱗に覆われていく。地面に到達する頃には、ユナは巨大な漆黒のドラゴンになっていた。
ユナドラゴンが、青いドラゴンと対峙する。
その隙に、カフカは血を流して倒れるロザリンドに、ユナから預かったありったけのポーションをぶっかけた。
「……何を、している」
「黙って。お前は今弱い魔族なんだから大人しく治療されるのだ」
「何故、我を助けた。見殺しにすればよかったではないか! 弱い魔族が……負けるのは当然のことだ……」
ポーションが、じわじわと彼女の傷を塞いでいくのが見える。お腹に、大きな爪痕が走っていたが、それはゆっくりと塞がっていく。
ロザリンドは、目に見えて沈んでいた。
「……正直もっと賢いと思ってたのだ」
「うるさい! ……本当は、逃げて隠れておれば1晩やり過ごせると思っておった」
「そりゃそうなのだ。弱い魔族は隠れなければすぐ殺される。なんで出てきた?」
ロザリンドは、体を起こすと、背中を丸めて俯いた。
「——認めたくなかった……我が、逃げ隠れなければならぬ弱い……存在だと」
「ふぅ。プライドもそこまで高いと大変なのだ」
「ええいうるさい!」
《でも、お前にもこれでわかったはず》
カフカは、彼女の心に直接問いかける。
彼女の本心が、知りたい。
……あの青いドラゴンは、兄でな。我に気付いてくれるのでは、そう思って話しかけたが……
ゴミを見る目で、見られた。
——仕方ない。我も、ついさっきお主に同じことをしたな。
《本当に、“仕方ない”から死んでも構わないと思ったのか? お兄さんに殺されても受け入れられると?》
……。嫌だ……
どうして、ただ姿が違うだけで大人しく殺されないとならぬ?!
我は本当は、ドラゴンだというのに!
《それは、私が生まれてから毎日思ってたことと一緒なのだ。どうして、姿が違うだけで殺されるのを受け入れなくちゃならないのか、って》
——!!
《お前はまだ、自分がドラゴンだと信じてるのか? もう、一生その姿なのに》
……嘘だ、そんな、はずはないであろう?!
本当に、この姿で一生生きないとならぬのか?!
《それが今までお前に殺されてきた、“私達”の気持ちなのだ》
ロザリンドが言葉を失うのがわかった。彼女の心は、絶望と混乱で塗りつぶされていた。
***
ユナは、青いドラゴン——蒼炎のオズワルドと対峙していた。だが、ユナの探知魔法は自分の背後にいるカフカとロザリンドを捉えている。
蒼炎のオズワルドが口を開けたのがわかった。魔法が、来る。
——ダメだ、避けたらカフカに当たる!
ユナはその場から動かず、魔法障壁を展開しようとしたが——間に合わない。咄嗟にオズワルドの魔法に対して背を向けると、カフカを守るように背中を丸めた。
オズワルドの口から放たれた蒼い炎が、ユナの体を覆い尽くしていく。
「つまらない。大口を叩いた割に弱い」
「っぐ、うるせえ! 守るものがねえあんたと一緒にすんな!」
ユナの黒い鱗は、炎をあらかた弾いた。こればっかりはドラゴンの耐久性に感謝するぜ。
でも、完全な無傷とはいえなかった。鱗は外側ほど硬くて頑丈だが、関節の内側や喉、腹は薄い鱗に覆われている。
オズワルドの魔法の炎は、体の上を這いずり回るように燃えていく。だから、何ヶ所か薄い鱗が燃やされた。
「ねちっこい男は嫌われるぞ!」
今度はユナが攻撃に転じた。ユナから生み出された雷と炎が、混じり合いながらオズワルドを飲み込んでいく。
続けざまに、物体生成魔法で生み出した銀の槍を、オズワルドの頭上から叩き込んだ。
土煙が上がる。
だが、その中から青い体が飛び出すのが見えた。
「——面白い。複数属性持ちか」
「ドラゴンの耐久性、マジでムカつく!!」
空に飛び上がったオズワルドを追いかけて舞い上がる。
薄紫の空で、蒼と黒が対峙した。
地面には、2体のドラゴンが放った魔法の後がクレーターになっている。折れた銀の槍が地面に散らばっていた。
ドラゴンの鱗は、ユナのことを守ってくれるが、オズワルドの鱗も全くおなじだった。
大賢者の攻撃魔法でも、低出力ならドラゴンの鱗を傷付けられない。
だから、ユナは前もって魔法障壁に魔力を割いておくことが出来ない。その場その場で、全力の魔力を叩き込むしかない。
しかも、魔法障壁の展開速度がドラゴンの魔法に追いつけない。こうなると、カフカを守りきるには自分の鱗を盾に使うしかない。
“変身魔法”を解けば、ユナの攻撃魔法の出力は上がる。でも反撃されれば魔法障壁が間に合わない。生身の人間の体で、ドラゴンの魔法は受けきれない。
——あー詰んでる。




