45 無力さを思い知るがいいのだ
「なあ、あんたさっきまで人型の魔族はゴブリンより矮小、とか言ってなかった?」
目を白黒させる少女姿のロザリンドの前に、巨大な漆黒のドラゴンが進み出る。ロザリンドは、首が痛くなるほど上を見上げないと、この黒いドラゴンと目が合わない。
ぐう、屈辱すぎるぞ。
「いやいや、違うぞ。これは我の姿ではなくだな」
「でもちっこいじゃん」
「知らぬ知らぬ! 我ではなく」
「えい」
「うわっ」
黒いドラゴンに軽く爪で小突かれて吹き飛んだ。
爪がくい込んでないのが、明らかに手加減されていて非常に悔しい。
砂埃の中で這いつくばっていると、先程ドラゴンと共にいた白金の髪の魔族が近づいてくる。
ロザリンドはその女を睨みつけた。
すると、ロザリンドの頭の中に突然鈴を転がすような声が届いた。
《お前、魔王になって何がしたい》
じっと、目の前の魔族の女を見た。精神魔法の使い手か?
「ふん、何などあるか。強いものが魔王になる。それがこの世界のルールであろう」
《ふうん。一生その姿でも、同じことが言えるか?》
「……何が言いたい。これは私の本来の姿ではないぞ!」
《でも、お前はその姿から戻れないのだ》
それは呪いのような言葉だった。
ロザリンドは、生まれた時からドラゴンだ。こんな、弱っちい人型の魔族……ん?
今、戻れないと言ったか?
「女……! お前がやったのか?!」
《ひみつ》
「なにを! 馬鹿にしおって……!」
ロザリンドが、魔族の女に掴みかかろうとした時だった。
黒いドラゴンの影が顔にかかる。ロザリンドは、ゆっくりと真上を見上げた。
頭上に、巨大な漆黒の体が見える。咄嗟に魔法を使おうと口を開けて——やはり、魔法が使えない。ロザリンドは、真上のドラゴンを睨みつけることしかできなかった。
黒いドラゴンは、ロザリンドに向かって大口を開けた。白い尖った牙が見える。
——食われる!
ロザリンドが本能的に、背中を丸めて目を閉じた時だった。
「ユナ。やめろ」
ドラゴンとロザリンドの間に、魔族の女が立っていた。ロザリンドは、自分を庇う彼女の背中を見上げる。
「なんで庇う。そいつは、主をバカにしたんだぜ」
「ここで殺すな。こいつを、このままここに置いていく」
「……ははっ、ご主人様も人が悪いなあ。そんなんじゃこいつ、1晩も生きられねえよ」
「だからだ。こいつには、バカにした人型の魔族として生きてもらう」
女は、自分のドラゴンの頬を優しく撫でている。そして、背中を丸めたままのロザリンドを振り向いた。
《頑張って、生き延びるのだ》
その顔は、本当にロザリンドを心配するような顔に見えた。
***
「カフカ。あいつの頭をのぞいたんだろ。どうだった?」
「んむ……やはりドラゴン族ともなると、本当に本気で戦うことしか頭にないな」
人型に戻ったユナと、カフカはドラゴン谷からほど近い山の中にいた。
「あー……そっか。今までのようにはいかねえか」
「そうなのだ。フレイムコンドルみたいに、子供を守りたいみたいな気持ちもないし、アイスデーモンみたいに異性に愛されたいみたいな欲求もない」
さっき、ロザリンドにあえて心を読む魔法で話しかけた。彼女は口で返していたが、話しかけられれば自然と頭に本性が浮かぶものだ。
でも、彼女は本当に戦うことに意味なんか感じてない。ただそれが当たり前だと思っている。
「まあ仕方ないな。彼女が理解しないのであれば、ユナ。その時は彼女は殺していい」
元より、魔王争奪戦とはそういうものだ。
これまでたまたま、魔王になることよりも他にやりたいことがある魔族に出会っていただけ。
幸い、彼女は頭が切れるタイプのドラゴンじゃなかった。魔法でゴリ押してくるタイプなら、カフカの精神魔法で撹乱できる。
純粋な魔法比べになってしまうと、いくらユナでもドラゴンは分が悪い。
「心配すんな。俺は大賢者だぜ、誰にも負けねえよ」
ユナが、考え込むカフカのことをそっと胸に抱き寄せる。カフカは、素直に彼の胸に頭を預けた。
「ん。信じてるけど……無茶はしないで欲しいのだ」
***
カフカの探知魔法が、少女の姿で暴れ回るロザリンドの姿を捉えていた。
ドラゴンに喧嘩を売られて、彼女は何度も吹き飛ばされているのに諦めない。
彼女には、ユナとカフカの魔法が何重にもかけられている。
「精神力が高すぎるのだ……」
「まあ、実際にはドラゴンの体だしな」
彼女にかかっているのは、カフカの認識阻害の魔法。自分からも、周りからもただの少女に見えるようになっている。
そして、そこにユナが幻覚の魔法を重ねている。
魔法が使えないのも、ユナの魔法のせいだ。
いつも精神魔法を遮断するのに使っている障壁を、ロザリンドの内側にかけている。だから自分の魔法すら遮断されて使えない。
カフカは、何度見た今でもユナの幻覚の魔法が幻覚だとは信じられなかった。だって、ユナドラゴン、どう見ても触ってもドラゴンなんだもん。
「触っても解けない幻覚は、もう変身魔法と名前を変えるべきだと思うのだ」
「あ、それいいな。今度大賢者ユナの名前で“変身魔法”の体系書でも書くか」
「え、待って本当に変身してるのだ?!」
「いや、わかんねえ。俺は幻覚だと思ってるけど」
「触れるのに?」
そう聞けば、ユナは真剣に首を捻っている。
「相手の五感をジャックしてるのかもしれないし……人間の世界には変身魔法ってないんだよな」
「いや魔族の世界にも、完全に別の種族に姿を変える魔法なんてないのだ……」
それを聞いてユナはなおも首を捻っていた。
その時だった。カフカの探知魔法が、ロザリンドの大量出血を検知する。
ユナと目を合わせる。ユナは軽く頷いて、カフカを抱きかかえると、転移魔法を展開した——




