44 『写し身』ユナとユナドラゴン
一方その頃、元ガロリア王国は順調に革命が進んでいた。宰相を尾行する必要のなくなった『千里の伝書鳩』が、この元王国の成り行きを見守っている。
精神魔法は、人間の心そのものを変える。
でもそれは、ただその場限りで操るんじゃない。
誰かの後押しをする、そんな魔法だ。
元王宮では、粛々と悪徳貴族や悪徳官僚の洗い出しが始まっていた。
大賢者ユナが大勢の前で自白の魔法を使ったことで、『何を隠しても無駄だ』という空気になっていた。なにより、からくり仕掛けの半透明の光る鳩があちこちを飛び回っては、じっと見つめてくるのだ。
『いつも大賢者ユナが見張っている』それは抑止力に十分だった。
元国王の執務室では、『写し身の投影機』で生み出された大賢者ユナが、混乱する政治を立て直そうとしている。
このアーティファクトで出されたユナは、感情以外はほとんどユナ本人と変わらない。
むしろ、感情がなくてユナと同じだけ頭が切れる分、むしろ容赦がない。
ただ、鑑定のアーティファクトや探知魔法を使えば、彼が写し身だとバレてしまう。
「へっ……どうせ魔法なのはわかってんだ。気付かれる前に倒してしまえば……」
「しっ、声がでかい! あの鳩に聞かれたらどうする」
「あっ、やべ」
執務室の前に、魔術師団所属の魔術師が2人張り付いていた。機を窺う2人が、緊張した顔で杖を構え、執務室の扉を開けた瞬間。
『写し身』ユナの飛ばした雷魔法が、2人の前髪を焦がしながら顔面スレスレを通り過ぎて行った。
魔法の勢いで、2人の前髪はちりちりのアフロになる。
「聞こえてんぞ。——次は、髪じゃなくて顔に当てる」
執務机の向こうで『写し身』ユナは腕組みをして立っていた。
「ひえええええ、なんで写し身が無詠唱で魔法使えるんだよおおおお」
「だからやめようって言ったのに……!!」
「おいあんたら。そんなに魔法が使いたいなら、辺境の開拓任務につけてやるよ」
そう言うなり『写し身』ユナの手元で1枚の書類が空中に浮かぶ。彼がサインした紙は、真っ直ぐアフロ前髪の2人の前に飛んでいった。
「さっさと仕事に行くか、ここでまた雷に撃ち抜かれるか選べ」
2人は辞令を受け取って、顔面蒼白になった。
本当に、辺境開拓担当の魔術師にされている。このほんの一瞬で。
仕事内容に、『大飢饉を未然に防ぐ』って書いてあるんだけど、5級魔術師の魔法の限界ってご存知ですかね??
だがそんなことは言ってられない。
「い、行かせていただきます!!!!」
「もちろんです!!! 謹んで拝命します!!!!」
2人で抱き合って震えながら、コクコクと頷く魔術師。こんな事しないで、大人しく魔術師団のみんなと訓練してればよかった。
そのまま2人はバタバタと走って執務室から離れていく。『写し身』ユナが、2人の背中に声をかけた。
「馬車使う時は、領収書もらうの忘れんなよ。行ってらっしゃーい」
街では、吟遊詩人や旅芸人達がこぞって『悪い国に攫われた異界のお姫様が、大賢者に助け出されて幸せになる話』を上演している。
もうすぐ大型劇場では、ミュージカルが上演されることも決まっていた。
***
「ほう……しばらくぶりに、骨のあるやつと戦えるとはの」
朱色のドラゴン——紅のロザリンドは好戦的な笑みを向けた。ほんのり開いた口からは、ちろちろと火の粉が漏れる。
そのドラゴンと対峙するのは——同じほどの大きさの、漆黒のドラゴンだった。
黒い瞳が、真っ直ぐに紅のロザリンドを見据える。
その足元には、白金の髪をたなびかせる美しい人型の魔族が立っていた。
「何故、お主ほどの力のあるドラゴンが、そんな弱い魔族に肩入れしておる? 人型の魔族など、ゴブリンよりも矮小な存在ぞ」
「はっ、寝言は寝て言えよ。うちの主人が弱いだって? あんた、魔法は強いけど頭は弱いんだな」
「——小童が! 下手に出てやればつけ上がりおって!」
紅のロザリンドが、口を開けると灼熱の炎が——出ない。
「んお? なんだ、なぜ炎が出ない……?」
「はっ、だせえなハッタリかよ!」
困惑する朱色のドラゴンを、漆黒のユナドラゴンのしっぽが思い切りぶっ叩いた。巨体が周りの木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。
「ぐ……油断したわ」
次にロザリンドが立ち上がった時——彼女は、“小柄な少女”の姿になっていた。
大きな体も、鋭い爪も、立派な翼も消えてしまった。
「な、なななんだこれはあ?!?!」




