40 皇帝の見る未来
皇帝は、『未来視の大鏡』をのぞいていた。
窓の外では、吹雪が吹き荒れている。時折、ガラス窓が耐えきれないと嘆くようにきしむ。
「——未来が、変わっている……?」
私はまだ、何も手を下していない。なんだ。何が、未来を変えた。
皇帝は、手にした書類を握りしめた。
ダンジョンとの戦争に備えて、北方大帝国の魔術師全てに下した徴兵令。だが、まだ集まった魔術師は数十人しかいない。
とても、これだけでダンジョンとの戦争が有利になるとは思えなかった。
皇帝は、鏡をもう一度見た。
もう、何度目か。『未来視の大鏡』が未来の断片を映す——
空中に浮かぶ鏡面が、光を反射して虹色に煌めいた。
薄紫の空が広がっている。
その大地では、多くの魔物が燃え盛る黒い炎の中で、お互いを食い合うように争っていた。
その向こうに、魔物の死体が山のように積み重なっているのも見える。
そして——黒い炎が視界を埋め尽くした。
次の瞬間、炎はまるで霧が晴れるように一瞬で立ち消える。
次に映っていたのは、“2人の黒い影”。
……もうその後ろに、死体の山はなかった。
「——これが、『魔王』の誕生だと言うのか」
思わず零れ落ちた言葉は、自分の声と思えないほどに震えていた。
かつて見た未来では、黒い炎の燃え盛る大地で、魔物の死体の山の上に、“誰か”が座っていた。
だが今、2人が“黒い炎”そのものを消した。
『未来視の大鏡』は、未来そのものを教えてくれるわけではない。毎回、抽象画のような未来を映す。
リアナ共和国がダンジョンで掴んだ情報を思い出した。
『ダンジョンの魔族たちは、戦争をしている。そしてそれは、国家元首を決めるものである』
だから、ダンジョン最深部の魔族は今殺気立っていて、生半可なパーティでは生き延びられないのだと。
皇帝は、この黒い炎が“魔族の王を決める戦争”の暗示だと考えている。
「魔族の戦争が、終わるというのか」
そして鏡が揺らめいた。
画面が切り替わり、青い空が映る。
そこに見えるのは、ダンジョンを抱いてそびえ立つ黒い死火山。
その麓に、北方大帝国が映る。
白い雪がはらはらと舞っていた。やがて、雪の粒は白い花弁に変わり、花吹雪の中を2羽の鳩が仲睦まじそうに飛び去っていく。
そして鏡は、光を失ったように沈黙した。
——いつも映されていた“破滅の未来”が、消えた。
かつて鏡は2つの未来を映していた。
1つ目は、ダンジョンでの黒い炎と、魔物の死体の山に座る“誰か”の姿。
2つ目は、ダンジョンのある死火山から黒い炎が吹き出し、北方大帝国を飲み込んで燃える姿。
だが、もう鏡は2つ目の破滅の未来を映さない。
「……何が、起きた?」
私の知らない所で、未来が変わっている。何だ、私は何を見逃している。
北方諸国を統一し、北方大帝国を築いても、ダンジョンから吹き出る黒い炎の未来が消えることはなかった。
それなのに、なぜ今になって消えた?
白い鳩は、素直に解釈すれば平和の象徴だ。
2羽なのは、ダンジョンと北方大帝国を現しているのか?
「北方大帝国は何も変わっていない。……変わったのは」
——ガロリア国王が死んだことだ。
『ダンジョンから来た大賢者』が、ガロリア王国に拉致された恋人を取り返し、ガロリア国王を殺した。
それを機に、これまで隠されていた政治内部の腐敗が明るみになった形だ。
あの国王のことだ、国民が不満を持っていても不思議はない。国王が倒されたことで、その機に乗じて国民が革命を起こしたのだろう。
北方大帝国にも、それを記した新聞の号外が飛び交ったのは覚えている。
そもそも私は、最初からダンジョンとガロリア王国の和平の結婚を信用していなかった。
だから、今回の事件が起きてもやはりな、としか思わなかった。ダンジョンの魔族が血気盛んなことは知っていたし、魔族を怒らせたガロリア国王が襲われてもそんなこともあるだろうと流していた。
「これが、未来を変えた要因なのか?」
私の知らない何かがあるというのか。
***
魔界では、『千里の伝書鳩』がユナの命令通りウィスペルン宰相のことを見つめていた。
彼は、マンドラゴラの群生地に突き刺さっている。その足がやっとモゾモゾと動いた。
何十分かかけて、彼は命からがら地面から顔を出す。
「死ぬかと思った……」
「ンナアアアアアア」
「オオオオオオオオ」
「な、なんだこの不気味な声、は……」
宰相が地面から這い出た衝撃で、あたりのマンドラゴラが叫び出す。
叫び声を聞いた宰相はその場で気絶した。
本日は、最終話51話まで一気に投稿します!




