39 さよなら、もうひとりのユナ
「カフカ……!」
降りしきる雨の中、ユナの声がする。カフカが振り向くより先に、後ろから彼に抱きしめられた。
「ユナ……」
「ごめん、ごめんな……」
「私に言っても意味ないのだ……この世界の“お前のカフカ”に謝らなきゃ」
「……ああ、それでも——ごめん」
ユナの頭が、カフカの肩に乗る。ユナが泣いているのかどうか、カフカにはわからなかった。
雨が、降り続いていた。
「どうして……カフカを手放したのだ……好きじゃ、なかったのか」
「そんな訳ない!!」
即座に否定される。
ユナの体が強ばるのがわかった。ユナの声が震える。
「俺は……カフカを愛してるんだ……だから」
「じゃあどうして! どうして自分から他の男にカフカを差し出したのだ?!」
自分でも信じられないほど、大きな声が出た。くっついたままのユナの体が、ビクついたのが分かった。
「それしか——“カフカを殺させない”未来が……なかったんだ」
「——?!」
今、なんて。
カフカは、突然頭を殴られたような気持ちになる。
「俺は……俺が幸せになれる未来より、カフカが死なない未来を、選んだ」
雨の音が耳の奥で響く。
……なんて声をかけたらいいのだろう。
ユナを好きな気持ちが、カフカの悲しみと怒りを飲み込んでいく。誰かを好きだと思うことが、こんなにも胸が苦しいものだなんて、知らなかった。
思えば、未来のユナは初めから全て諦めたような目をしていなかったか?
私が、この真相に辿り着かないように守ろうとしていたのではないか?
もう、未来のカフカはユナのそばにはいないのに……カフカを守ろうと、して。
「だから言ったろ。選べるなら、この未来に進んじゃダメだ」
それは、諦めのようにも、助言のようにも聞こえる。
ユナが、カフカを抱きしめていた腕を離した。
「そろそろ、砂時計の時間が尽きる。
——あんたは“幸せに”なってくれ」
そう言って、とん、と突き放された。
最後に見る彼の笑顔は、眩しそうに目を細めて笑うユナらしい笑顔で。
次の瞬間、カフカの体は未来から弾き出された。
「待って、ユナ——!!」
ごめんなさい、私、ユナに酷いことを……
謝れ、なかった。
歪む意識の中で、カフカは後悔した。
***
「——カフカ!!」
目が覚めるなり、ユナにきつく抱きしめられた。ぼんやりとした頭で周囲を見回す。
——私、帰ってきたんだ。
そこに広がるのは、少し埃っぽい、一緒に過ごした北方諸国のユナの家。
見慣れたキッチンと、ガラス棚が視界に入る。
少し遅れて、カフカの目から涙が零れ落ちた。暖かいユナの体温で、やっと現実を理解したみたいに。
「ユナ……」
カフカは、抱きしめてくるユナの背中に手を回した。ぎゅっと抱きしめ返す。
……私は、幸せを間違えたり、しない。
「ねえ、ユナ」
「ん?」
声をかければ、ユナと目が合う。
もうそれだけで、息ができなくなりそうだ。私のユナは、目の前にいる。
「……好き。大好き」
そう口にすれば、もう涙が止まらなくなってしまった。
子供みたいにしゃくりあげながら、カフカはユナを見つめる。
「私は、ユナのことが好きなのだ」
ねえ、ユナ。いつか言ってたのだ。
恋も知らないお子様のくせに、って。
——私はもう、子供じゃないのだ。
私はこれが恋なんだと、もう知っている。
「カフカ……」
ユナが、驚いたように目を開いた。それから、まるで眩しいものを見るみたいに目を細めた。
今ならわかる。大好きだから、眩しいのだ。
「俺も、カフカのことが好きだ」
心と体がバラバラになってしまいそうだ。
ユナの声で、心拍数が上がるのがわかる。それなのに、涙がとめられない。
視線が絡んだ。
どちらともなく、2人の唇が重なる。そして、2人で額をくっつけあって笑った。
「ふふ、くすぐったい」
カフカが笑えば、ユナは愛おしいものを見るように、甘く微笑んでいる。そっと頭を撫でられた。
「ねえ、ユナ」
「どうした?」
「“幸せ”って、ひとりじゃなれないのだ。
だから、ユナは私を生かすために、不幸になっちゃダメなのだ。ユナが不幸だと、私も幸せじゃない」
ユナは、何も聞かなかった。ただ、真剣な目で頷いた。
「……分かってる。あんたを二度とひとりにしない」
***
カフカは、空っぽになった砂時計を日にかざして見ていた。半透明のガラスみたいな砂時計は、時折虹色に煌めいている。
「なあ、カフカ。怒ってんのか?」
「ふふ、怒ってないのだ。私の大賢者は、私のことが好きすぎて、私がいない間に王国を潰しちゃったのだ。
それに、ガロリア王国が滅びるのは知ってた」
あの未来でも、ガロリア王国はもうなかった。王国の跡地で、未来のユナはひとりぼっちで暮らしてたのだから。
カフカは、砂時計をテーブルに置くと、代わりに真っ黒いギルドカードを手に取った。
「ねぇ、ユナ。——次はユナが王様になる番なのだ」
「何それどういう——」
訝しげに眉を上げたユナに、悪戯っぽく笑ってみせる。
「それから、ユナは和平のために、魔王のカフカと結婚するのだ」
本日もありがとうございます!
ついに現在へ帰ってきたカフカ。悲しい未来が、恋をすることの辛さと、幸せの意味をを彼女に教えたのでした。
そして世界が、変わり始める――?
物語はエンディングへ近づいていきます。是非最後まで見届けていただけたら嬉しいです……!




