38 夢は終わるのだ
——最後の日が来てしまった。
『千分岐の砂時計』の期限が迫っていた。カフカはなんだか落ち着かない気分で目を覚ます。
隣を見れば、もうユナは起きているのか布団は少しひんやりとしていた。
ベッドから抜け出して、リビングに向かう。
香ばしい匂いが漂ってきた。
「おはよう、ユナ。ご飯なんなのだ?」
カフカは、わざと明るく言ってキッチンに立つユナの背中に抱きついた。
「おはようカフカ。今朝は、ベーコンエッグにした」
「ベーコンエッグ……? あっ“目玉焼き”なのだ!」
ユナの背中からキッチンをのぞく。
ジュワジュワ音を立てるフライパンの上に、目玉みたいに白身の上にちょこんと乗る黄身が見えた。
ベーコンと同じフライパンで焼いてるから、ベーコンエッグって名前なのだ?
「ふっ、なあ覚えてるか、カフカ? あんた初めて目玉焼きを食べた時、本物の目玉だと思って怯えてたんだぞ」
「むむ……覚えてるのだ。でもあれはユナが意地悪したのだ! 魔界には目玉焼きなんて料理なかったから、仕方ないもん!」
軽口を叩きながら、思う。
この未来のユナは、カフカが現在に帰った時、その先に必ず来る未来のユナじゃないのかもしれない。
でも、カフカのことを鳥籠から連れ出してくれて、世界から一緒に逃げて、一緒に生活したユナの、間違いなくその先にいるユナなのだ。
このユナは……カフカとの生活を、覚えている。
だから、気になった。
ねえ、未来のカフカとは一緒じゃないのか?
***
2人は、迫り来る終わりを引き伸ばすように、手を繋いで一緒に歩いた。
爽やかな風が、カフカの髪を巻き上げる。
「……ねえ、ユナ」
「なんだ?」
「——未来のカフカは……一緒に暮らしてないのか」
その言葉を口にした瞬間、空気が重たくなった気がした。意識して深呼吸をする。
「……」
沈黙。カフカも付き合うように黙って、ただユナに寄り添って歩いた。
しばらくして、ユナがゆっくりと口を開いた。
「魔界に、女王がいる話はしただろ。……あれが、未来のカフカだ」
「! じゃあ、未来でカフカは魔王争奪戦に勝ったのか?!」
「そうだ。俺が——彼女を“勝たせてしまった”」
「ユナ……?」
思い詰めた口調が気になる。カフカは、隣の顔を見上げた。ユナは今にも消えてしまいそうな顔で、眉を下げて笑う。
そして、カフカの頭を撫でた。
「とにかく、カフカは勝った。そして魔王になって……魔界を攻めようとしていた、北方大帝国・リアナ共和国の共同戦線とぶち当たった」
「“カフカの大賢者”は、その共同戦線を欺いて——そして、魔王と北方大帝国との和平の婚姻が実現した」
和平の婚姻——それを聞いた瞬間、カフカは何が起きたかわかってしまった。それは。
——公爵家と、ガロリア王国と同じではないか!!
そのあと、本当に和平が実現したとか、もはやそんなのはどうだってよかった。魔族と人間が本当に手を取りあったとか、そんなのも関係ない。
「……それって、未来のカフカの希望だったのか……? 未来のカフカは、皇帝のことが好きだったのか……?!」
目の前のユナのことを責めたいんじゃないのに。ユナはこんなにも、悲しんでいるのに。
カフカには声が、止められなかった。
涙が頬を濡らす。唇を噛んでも、涙は止まらない。
「ねえ、未来のカフカは——ユナを好きだったんじゃないのか?!」
だって、私は——私はこんなに、ユナのことが好きなのだ。何があっても、ずっと一緒にいたい。
今までも、これからも、どんな辛いことがあってもユナがいるから頑張れる。ユナの魔法が、私の力で。
ユナじゃなきゃ、ユナじゃなかったら意味がないのに!
思わず、カフカはユナの胸元の服を掴んで揺さぶっていた。涙が、自分とは繋がってない、違う生き物みたいにとめどなく溢れてくる。
ユナは答えない。彼は俯いたまま、何も言わない。
それが悲しくて、腹立たしくて……それなのに、“ユナ”を嫌えない。
やっと絞り出された答えは、カフカの期待していたものではなかった。
「……わからない」
「ユナのバカ!!!!!」
カフカは、ユナの手を振り払って走り出した。
追いかけてくる気配がある。でも、振り返りたくなかった。
——大嘘つき!
カフカの気持ちを知ってたくせに!! わからないなんて、そんなの大嘘つきなのだ……!
どこまで走ったのかわからない。
いつの間にか、小雨が降り始めていた。
空を見上げる。あんなに美しかった空は、今はもうカフカに寄り添ってはくれない。
冷たい雨が、頬に当たって流れ落ちていった。
「そんなの、酷いではないか……」
カフカの声は、次第に強くなる雨音にかき消された。




