35 もうひとりのユナと
ユナは、カフカの問いかけにも動じた素振りはない。
ただ、彼の漆黒の瞳は頼りなげに揺れていた。
「俺はただ、幸せなまま、“この3日間”を過ごしたかったんだ」
そうして、彼は収納魔法からひとつの砂時計を取り出した。
だが、その砂時計の中身は空っぽだった。
それを見た瞬間、カフカの記憶は封印を破ったように蘇る。
……そうだ、あの時私はユナとダンジョン探索をしていて……この『魔道具』を見つけたのだ。
そしてそれに触った瞬間意識を失った。
「カフカ。——俺は、このアーティファクトが連れてきた“未来にいるユナ”だ」
ユナは真っ直ぐにそう告げた。
それから、今度は『白日の双眼鏡』を取り出すとカフカに渡してくれる。
促されるまま、カフカは双眼鏡をのぞいた。
鑑定の効果が発動する。
『千分岐の砂時計』(使用済み)
術者を、いくつもある未来の可能性のうちの1つに転送する。未来は選ぶことができず、効果は3日間。
一度使い切ると二度と使うことができない。
「ユナは……私が出会ったユナの、その先の未来の姿なのか……?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるな」
ユナは、カフカの絹みたいな長い髪を撫でた。あまりに、優しすぎる手つきだった。
「必ず俺の未来が来るとは限らないんだよ。……それに、選べるならこの未来は進んじゃダメだ」
「……なんだ、ユナ、それはどういう——?」
「ひみつ」
ふふ、と悪戯っぽく笑って濁されてしまった。
なんだかすごく“ユナらしくて”、やっぱり彼はユナなんだと思ったのだ。
「なあ、カフカ。やりたいことはないか?
この3日間は、あんたに危険が及ぶことはないんだ、なんだって出来るぜ」
そう言って笑った彼の軽妙な声は、間違いなくカフカの知ってるユナのものだった。
***
「そう言えば昔、約束してたもんな」
「そうなのだ! ユナは故郷の街に連れて行ってくれるって言ってたのだ!」
2人は、乗合馬車に揺られながらユナの生まれ故郷からほど近い北方諸国の街に向かっていた。
北へ向かう馬車の人数はまばらで、時折馬車に冷たい風が吹き込んでいた。
「ユナは、今は北方諸国には住んでいないのだな」
「ああ、そうだな。さっきの山は昔、ある王国のあった場所なんだ。北よりも暖かくて過ごしやすい」
「その王国は今はないのか?」
「……そうだな、その国はずっと昔に滅んだよ」
「ふうん。あ! 魔界は? 魔界はどうなったのだ?」
「外を見てみろ。そろそろ魔界との“国境”が見えるぞ」
2人は、馬車に揺られながらそんな他愛ない話をした。カフカは、言われた通り馬車のホロから身を乗り出して外を見た。
そこに広がっていたのは——カフカの知っている魔界の入口とはかけ離れていた。
死火山の麓に、人の背丈の5倍はあるかという壮麗な門が建っていた。その門の手前には銀色の鎧を着込んだガーゴイルが2人立って、門をくぐる人々ににこやかに会釈している。
「え?! ガーゴイルが人間に笑顔むけてるのだ?!」
「驚いたろ。もう魔族のことを迫害する人間なんていないんだ。北方大帝国と魔界は友好国だし、“魔界の女王”は元皇帝を婿に迎えた」
馬車はガタガタと音を立てながら、山道に入っていく。巨大な門は徐々に遠ざかっていった。
「北方大帝国には魔族もかなり多く移り住んでるよ。これから行く街にもいると思う」
「へえ〜! 凄いのだ……カフカのいた世界からは考えられないのだ。あっ、魔族の営む菓子店はあるか?」
「いやそれはどうだろうな……? 着いたら一緒に見て回ろうぜ」
街に着くと、ちょうど人々が広場に集まってなにやら飾り付けをしているところだった。
「ユナー! なんかやってる!」
「走るなよ、転ぶぞ」
馬車を下りるなり走り去っていくカフカを、ユナが追いかけてくる。カフカは後ろ手に腕を向けて、ユナの袖を掴んだ。
「これはなんなのだ?」
広場に近づくと、カフカはユナに話しかけるつもりで口に出した。
すると準備をしていた街の人が、にっこりと微笑んでこちらを振り向く。
「これは、『人間と魔族がはじめて友好を持った日をお祝いするお祭り』ですよ。あら、お嬢ちゃん魔界から来たのね」
「あっ、そうなのだ! この街に来るのは初めてなのだ!」
カフカの姿を見て怯えない人間は、初めて見た。思わず心を読む魔法を使ってしまう。
《お嬢ちゃん、すごく美人さんね。金髪で、“魔界の女王様”にそっくりだわ。まるで若い頃みたい》
む……? 魔界の女王って魔王のことなのだ?
私に似てる種族が魔王になれるなんて凄いのだ!
魔族は強ければ強いほど、人の形から離れていく。攻撃魔法のないカフカの一族は、言ってしまえばゴブリンやシルバーウルフにも負けるくらい弱いのだ。
「楽しんで行ってね。街の高台には魔界の女王様と、その婿様の皇帝陛下の像もあるのよ」
「ふうん、わかったのだ! お姉さん、どこか魔族のやってる菓子店を知ってるか?」
「あらやだ、お姉さんだなんて! もうおばさんよお、そうねえ……魔族の方が働いてるかはわからないけど3つ先の角のお菓子店さんは人気よ」
「わかったのだ! ありがとうなのだ〜!」
カフカは、親切な婦人にぺこりと頭を下げるとユナを振り向いた。
「ユナ! 行こう! 菓子店あったのだ!」
「ふふ、そんな走らなくても菓子店は逃げないぞ」




