34 お前は……誰だ?
カフカは目を覚ますと、見知らぬベッドに寝かされていた。
「ん……、ここはどこなのだ?」
キョロキョロとあたりを見回す。品のいい調度品が並び、木のいい香りがする。
お洒落ではあるが、人間の貴族の家というには質素。
その時、部屋の扉が開いた。
カフカは自然と身構える——だが、そこに現れたのは見知った顔だった。
「——ユナ?!」
黒髪に、背の高い立ち姿。だけど、何かが違う。
すこし、カフカの記憶よりも年上なような。彼の黒い瞳は、よく知る顔に似ているのに、凪いだ海のような静けさをたたえていた。
「よかった。目を覚ましたんだな」
「ここはどこなのだ? 確か——私はユナと……」
……何をしていたんだったか?
ユナと、出かけていたはずだ。確か。なんだか頭にモヤがかかったみたいに思い出せない。
うんうんと唸っていると、ユナが優しく微笑んで、カフカの頭を撫でてくれる。
「無理に思い出さなくていいさ。あんたはしばらく眠ってたんだ、きっと疲れていたんだよ」
あ、れ——?
ユナは、こんなに穏やかな人だったか?
「何か食べられそうか? ポタージュを入れたんだけど」
ユナがマグカップを差し出してくる。ほんのり甘い香りが部屋に広がった。
「! 飲むのだ!」
息をふきかけて、ちょっと冷ましてから口をつける。暖かいスープが口いっぱいに広がった。
「美味しい?」
「美味しいのだ〜!」
そう言ってユナを見上げれば、彼は眩しそうに目を細めて笑った。
***
ユナの家は、深い茶色の木で出来たログハウスだった。
彼に連れられて外に出ると、爽やかな風が吹き抜ける。カフカの長い白金の髪が空に舞い上げられた。
周りを見れば、青々とした山脈に囲まれているのがわかった。高原の澄んだ空気が気持ちいい。
……だけど、なんだか違和感がある。ユナの家は……こんなに爽やかな風の吹く山にあったっけ……?
カフカが青い空を見上げていると、ユナが静かに隣に寄り添ってくれる。
そしてエスコートするように手を取られた。
なんだかずっと前からこれが当たり前だったような——そんな気分になる。
「カフカ。体はもう大丈夫か?」
「大丈夫なのだ! 凄く元気なのだ!」
「そうか。よかった」
ユナはカフカの手を引いて、ゆっくり歩き始める。
「……ねえ、カフカ。あんたは今……幸せか?」
「何を言ってるのだ。ユナと暮らせていて、幸せじゃないわけないのだ!」
自分の口から出たのに、なぜか違和感があった。
本心だ。ユナとずっと一緒にいることが、ずっと前からカフカのいちばんの願いだった。
——“ユナと暮らしていて”……?
あれ、本当にそうだったのだ?
考えに沈みそうになった時、ユナに頭を撫でられて、意識がそちらに向く。
「俺も、あんたと会えて幸せだ」
ユナの笑顔が、なんだか消え入りそうな蝋燭の火みたいに見えた。
——ねえ、ユナが幸せなら、私も幸せなのだ。
***
少し散歩をして家に戻った。気分も随分良くなったし、段々とぼんやりしていた頭も動くようになってきた。
ふとカフカは、昔ユナに言われた言葉を思い出した。
『探知魔法は息するようにやれ!』そうなのだ、うっかり寝ぼけて忘れていたのだ。
カフカは探知魔法を展開する。
そして、気付いてしまった。
——“ユナが、カフカに認識阻害の魔法をかけている”ことに。
あまりに違和感が無さすぎて、魔法の発動を魔族の本能でも感じられなかった。
でも、今思えば違和感はずっとあった。
だけど、カフカの探知魔法は“彼は間違いなくユナだ”と告げている。
どういうことだ……?
その時、部屋の入口から声が聞こえた。
「ああ……気付いちゃったか」
その声は、咎める声ではなかった。彼の声は、悲しみと寂しさに満ちていた。
「ユナ……」
思わず呼びかける。彼は、眉を下げて微笑んだ。
そして、ベッドに腰かけるカフカをふわっと抱きしめる。愛おしむように、縋るように。
カフカは自分を抱きしめる男を見上げた。
「ユナ……お前は、誰だ?」
本日は、21:00までに39話まで投稿します!




