33 大賢者の粛清
ガロリア国王の訃報は、たった数時間で瞬く間に世界に広まった。各国の新聞社はこぞって、『旧時代の貴族国家、瓦解』との見出しで号外を刷ってばら蒔いた。
そう、“異常なほど早く”その情報は広まった。
文字の読めない地方の農民までもが、この王国の腐敗した政治内部を“異常に詳しく”知っている。
「聞いたべか? なんでも“異界のお姫様”を攫って勝手に、和平の結婚だと言ってたんだと」
「んだ、酷い話だべ。拉致だと、拉致」
「しかも、お姫様はほんとは故郷に恋人がいたんだとか、それを再会させないために指名手配犯にしたんだと」
「あ〜見た事あるど。あの国境に貼られてたポスターだべ? あれ、元王様の嘘っぱちだったんだなあ、ひでえ話だ」
「しかも最近税金上がったべ? あれ、指名手配のために使われてたらしいんだわ」
「無実のお姫様を捕まえるためにか? それは許せねえだ」
すきとくわを持った農民たちが、畑を耕しながらそんな話をしている。
***
「ああ……ジョセフィーヌ!」
白と黒のブチもようの犬が、ちぎれんばかりにしっぽを振っている。それを、泣きそうな顔の庭師が抱きしめていた。
「ありがとうございます、大賢者様……! 仕事にもまた戻して頂けて……」
「俺は、ひとりぼっちで鳴いているジョセフィーヌちゃんが飼い主に会いたいと言っていたから、それを叶えただけですよ」
ユナがそう軽く請け負えば、ジョセフィーヌはわん! と元気よく鳴いた。
ちなみにジョセフィーヌを閉じ込めていた官僚は、叩いてみたら埃が出るどころの騒ぎではなかった。
気に入らない使用人を辞めさせるために長年窃盗を働いていたのがわかったので、調書を大賢者“ユナ”の名前で王宮内に大量に貼っておいた。
証拠品は、まもなく元の持ち主全員に戻るはずだ。
大賢者ユナは、あえて王宮内の大勢を集めた。そして、目の前で魔法を使った。
彼の前で、悪徳貴族達は自白の魔法をかけられ、大勢の使用人の見守る中自分の口で罪を告白した。
***
——『旧時代』のガロリア王国には、“精神魔法による扇動”に対する規定がない。
ま、そもそも北方諸国にだって、精神魔法の使い手はほとんどいないし、攻撃魔法と違って“使い道のない魔法”扱いされている。
だから精神魔法を使ったことで、罪に問われることはないんだけど。だって、魔法のせいで人の心が変わりました、なんて立証ができないからな。
ユナは王宮の屋根の上でふよふよと浮きながら、手のひらからカフカの『千分岐の砂時計』を取り出した。
砂の残りはあと1/3。カフカが戻ってくるまで、残り1日。
騒がしい気配がして、ふと下を見る。
そこに居たのは王国の魔術師達だった。彼らはユナと目が合うと慌てて逸らして、そそくさとその場を立ち去っていく。
「聞いたか? あの指名手配されてた魔族……本当は拉致されてただけで、無実だったって」
「聞いたよ。本当に俺は捜索隊に着いてなくてよかった。ダンジョン遠征隊に着いてた先輩は、今朝から行方知れずだってさ。ダンジョンの外にドラゴンが出た時点でおかしいと思ってたんだよ」
「でも……俺達、魔術師団全員が連帯責任を問われる……なんて事ないよな?!」
「わかんねえよ、だって“ダンジョンから来た大賢者”だろ? 俺達の常識が通じるはずない」
彼らは口々にそう話しながら、肩を寄せあって歩いている。
ユナは、空中で『ギルドカード』を取り出した。
それは、真っ黒のつや消しの硬質な四角いカード。そこに記されていたのは——
魔界認定『1級魔術師 ユナ』
実際には、“まだ”魔界の認定魔術師ではないが、いずれ魔王になるカフカに認めてもらえばいい。
ちょっとばかり順番は前後しているが、大した問題じゃないだろ?
***
一方その頃、『千里の伝書鳩』は術者の命令通り、ウィスペルン宰相パーティを尾行していた。
気付けば、最初は3人だったはずのパーティメンバーが、2人に減っていた。
「はぁ……はぁ……もう、戻りましょう、ウィスペルン様……!」
「……何を馬鹿なことを言っている! ここまで来たら大賢者に会うまで帰れるわけがなかろう!!」
「正直、私だけでは閣下をお守りできません……!」
2人は分不相応にも、魔界の中深部へ足を踏み入れていた。
身を呈して騎士と、亡き魔術師が守っていたお陰かウィスペルン宰相に致命傷はない。だが、唯一の戦力である騎士はもうとてもまともに戦える姿には見えなかった。
宰相は焦っていた。まだなにひとつ戦果を上げられていない! このままでは陛下に顔向けできぬ!
「ええい! 大賢者か、魔族カフカか従者ユナ! どれかは早く出てこんか!」
宰相は癇癪を起こしたように叫んだ。
彼は周りも見ずにずんずんと先に進む。
「あっ……」
その後ろで、つまづいた騎士にも気付かない。騎士がバランスを崩し、膝を着いたその瞬間——
「うわあああ!!」
人の背丈の3倍はある巨大なフレイムコンドルが、宰相を掴んで空に飛び去った。
それはもはや竜巻みたいなもので、人間がどうにか出来るレベルじゃない。
騎士が絶望しながら見上げていると、何百メートルか先で、フレイムコンドルが宰相を落っことした。
「ぎゃああああ!!」
「ノオオオオオオ」
「アアアアアアア」
宰相の叫び声と一緒になって、なんだか呪詛みたいな叫び声が聞こえるのは気のせいだろうか。
そう、例えばマンドラゴラの叫び声みたいな。
本日もありがとうございます!
大賢者ユナは、カフカのいない間に王国をひとつ変えてしまった……。果たして、未来に連れ去られたカフカはどんな未来にいるのか?
この先も、2人の未来を見届けていただけたら嬉しいです。




