30 大賢者のはじめての恋
「ねえユナ、これとこれどっちが美味しいと思う?!」
カフカは、パステルカラーの菓子店の中で真面目な顔をしてお菓子を見つめている。
どうやら悩んでいるのは、水色のマカロンと白いブールドネージュ。
「どっちも美味いだろ。両方買っとけ」
「な……な、さすが旦那様は太っ腹なのだ!」
カフカはるんるんで、ユナの持つカゴにお菓子の包みを入れていく。
「これは?」
次に見せてきたのは鉱物みたいな見た目の薄紫のキャンディ。
「欲しいなら買っとけ」
カフカは目を輝かせてカゴに入れた。
「じゃあこれは?」
そして次は、パッケージされたピンクと水色の綿あめ。
「欲しいんだろ? なんでも買ってやるよ」
それを聞いたカフカは、ユナにぎゅっと抱きついた。
「破産しても知らないのだ」
「アホか。菓子店丸ごと買ったって大賢者は破産しねえよ」
……なんか調子乗ってる自分を見るのめちゃくちゃ恥ずかしいな?!
前世の自分がやったことだから、めちゃくちゃ身に覚えがある。というか、たぶん今の俺がカフカとデートしても同じことを言うだろうけど!
その後、カフカが無邪気に「この店のお菓子全種類3つずつください!」をやったものだから、ユナは紙袋5つ程を持つこととなった。
実は、支払いのときユナが出した貨幣があまりに古い時代のもの過ぎて、店主に呼び止められた。
その時、前世のユナは無言でギルドカードをカウンターに置いた。
「……1級魔術師様?!」
「すまないな、ここ100年仕事が忙しくて溜め込んだ金を使う機会もないんだ。申し訳ないが、昔の貨幣でも許してもらえるだろうか?」
——もちろん、前世の俺のハッタリである。
カフカの話を聞いていて、今でも『大賢者』は地位のある存在だと知った。そして魔力が強いほど寿命が伸びることを逆手にとった。
ギルドカードを見て無反応なら、この未来で北方諸国が滅びたってことだが、店主はそうじゃなかった。
だから、ゴリ押せば行けると踏んだ。
「光栄です! 大賢者様と、その奥様にご来店いただけるなんて!」
「……妻が、ここの菓子を気に入ってるようだ。新作が出たらまた来るよ」
そのやりとりを、カフカはニコニコしながら見守っていた。
ユナはお釣りを受け取ると、店主の目の前で紙袋を収納魔法にしまい込んだ。
紙袋が手のひらに吸い込まれていくのを見ていた店内スタッフからも、感嘆の声が上がる。
「カフカ。……それは手で持ちたいのか?」
「うん!」
「落とすんじゃないぞ」
カフカは、パンパンの紙袋を大事そうに抱きかかえている。ユナはカフカの腰に手を回すと、そっと彼女をエスコートする。
深々と頭を下げる店主に見送られながら、2人は店をあとにした。
「ねえ、ユナこれ食べる?」
「ん」
カフカに差し出された、きっちり包装されたロリポップチョコレートを素直に受け取る。パステルカラーのリボンを解いて、包み紙を開けると口に放り込んだ。
ガリガリと噛み砕くと、カフカが信じられないものを見る目で見ている。
「なんだよ」
「せっかく可愛いのにー! もっとよく見てから食べるのだ!!」
「美味いもんは美味いでいいだろ」
「よくないもん!」
ユナは大袈裟に肩を竦めた。それから、カフカが抱えている紙袋に手を突っ込むと、同じロリポップチョコレートをひとつ手に取る。
リボンを解いて、包み紙を開けてやる。
それから、カフカの目の前に差し出した。彼女は紙袋を抱えながら歩いているので、絶妙に口に届かない位置で見せつけてやることにする。
ホワイトチョコレートの上に、レモンイエローのチョコレートが格子状にかけられていて、その上に白い星型の砂糖菓子が乗っている。
「ほれ、可愛いだろ」
「ぐぬぬ……」
「ふっ、食べたい?」
「食べたいのだ〜、食べさせて欲しいのだ」
カフカが甘えたような声で、ユナを見上げた。カフカの口元にチョコレートを差し出してやると、彼女は喜んで口に入れた。
「ほいひい!」
「食い終わってから喋れ」
「んむ」
カフカは懸命に咀嚼している。なんだか小動物みたいだ。
***
「……今日は楽しかったのだ」
その夜、あの赤い屋根の家に帰ってきた2人はシャワーを浴びて、同じベッドに横になっていた。
未来のユナが、カフカのために買ったのだろうベッドは小さな家に不釣り合いなほど大きくて、まるで貴族のベッドみたいにふわふわだった。
余程気に入ったのか、ベッドサイドの小さな机の上にはあの菓子店の空き箱が置いてある。クッキーが入っていた、宝石箱を模した箱だ。
「ねえ、明日もずっと一緒にいてくれる?」
「……ああ」
ユナが、不安そうにするカフカの頭を撫でた。
それから少し躊躇いがちに、彼女の小さな体を抱きしめる。
「夢を見てるみたいなのだ。ユナが、ずっと一緒にいてくれるなんて……」
カフカはユナに身を擦り寄せてきた。
それから、彼女の小さな手がユナの頬に伸びる。ユナが何気なく、胸元に丸まる彼女を見下ろしたときだった。
そっと、彼女からの優しい唇が寄せられた。
まるで砂糖菓子みたいな甘い香りがした気がする。
気付いた時には、もう一度ユナから口付けていた。
抱きしめる腕に、知らず知らず力が入る。
「……カフカ。明日もあんたの行きたいところに付き合うぜ」
「うん、うん! 明日はふたりでお外のお店でご飯を食べたいのだ」
彼女の頬がほんのりと色づく。幸せそうな笑顔に、ユナは生まれて初めて愛おしいという感情を知った。
***
かくん、と頭が落ちる感覚があった。
ユナは慌てて体を起こす。
寝ぼけ眼で周りを見回すと、そこはさっきまで見ていた2人の家じゃない。
埃っぽい、狭いワンルーム。
小さなベッドと、古ぼけたガラス棚。
自分の目の前のテーブルを見て、目が覚めた。
——砂時計がある。
カフカを未来に連れ去った砂時計の砂は、まだ2/3ほど残っている。
どうやらうたた寝してしまっていたようだ。
長い息を吐く。
幸せな夢だった。あれは、前世で未来に渡ったユナが実態に体験した記憶。
あの後の2日間も、未来のカフカとユナは出かけたり、小麦を収穫したり、ミートパイを作ったりして過ごした。
前世で『千分岐の砂時計』を手に入れたのはもう何十年も前なのに。今になって夢に見たのは、カフカが『千分岐の砂時計』を使ったからか?
カフカのいないユナの世界は、急激に温度が下がったみたいだ。
テーブルに置きっぱなしになっていたマグカップの中身は、すっかり冷めきっていた。




