29 大賢者の幸せな夢
魔法で粉末にされたポタージュの粉は長期保存がきいて、しかも安くてお湯さえ注げばすぐ食べられる。
だから前世のユナは、自炊が面倒な時、よくポタージュを飲んでいた。
過去の俺はきっと、何も考えずに出したのがポタージュだったんだろう。
だけど、今のユナにとってポタージュはカフカとの幸せな記憶に結びついている。
カフカは楽しそうに、ポタージュの香りを嗅いで笑った。
「ポタージュ……! ふふ、やっぱりユナは私のことをなんでもわかってるのだ」
「……何だよ?」
「なんでもないのだ!」
2人は、小さなテーブルに向かいあって朝食をとる。
前世のユナにとって、誰かと幸せな食事をすることなんて何十年かぶりのことだった。
***
ユナス・ワーグナーは、北方諸国の冬の厳しい小さな村に生まれた。
その村は、魔法が使えない者たちだけで身を寄せあって生きているような、そんな場所だった。
父も母も、優しかった。小さい頃は、じゃがいもとヤギのミルクで作った、ポタージュをよく飲んでいた気がする。
冬の厳しさの中で育つのはじゃがいもくらいで、豪華な食事をした記憶なんてない。
父は、馬車職人だった。かじかむ手で毎日必死に木を削っていたのを覚えている。
時折仕上がった馬車に乗せてもらって、父が近くの街に馬車を納品しにいくのに付き合った。
街に敷かれた石畳も、広場に集まる屋台も、入り組んだ路地も、全てが物珍しく、ユナスはこの日が大好きだった。
いつも父は「母さんには内緒だぞ」と言って、受け取ったばかりの売上金から、街の菓子店で小さな包みを買ってくれた。
だがその幸せは、謎の疫病であっけなく潰えた。
まだ、ユナスが14歳の時だった。
あっという間に村の大半の人が倒れ、都から役人が到着した時には、ユナスは天涯孤独の身になっていた。
役人は、助けに来たのではなく、状況を確認しに来ただけなのだと、今ならわかる。
そして、たまたまユナスに魔力があるとわかったから、ユナスだけが都に連れていかれた。
……あの時代の北方諸国じゃ、よくある話だ。
あの国は、魔術師以外が暮らすには過酷すぎる。
ユナスは、都の魔術師としてあっという間に出世街道を駆け上った。だが、1級魔術師のライセンスを手にした時、ユナスにあったのは虚しさだけだった。
都の職を辞して、生まれ故郷の村に戻った。そこはもう雪に覆われて、知っていなければ村があったとさえ思えない有様だった。
それから暫くは、子供の時の憧れだった村の近くの街で過ごした。でも1級魔術師のライセンスは、生活魔法を売って稼ぐには悪目立ちしすぎる。
街の人々の噂から逃れるように、ユナスはダンジョンに入り浸るようになった。
魔物を倒している時は気が紛れた。魔石を売れば生活には困らないし、運が良ければアーティファクトも手に入る。
アーティファクトを集めるのが、いつしかユナスの唯一の趣味になった。
そして、ただの趣味だったアーティファクトが、ユナスの全てを塗り替えた。
***
「ユナ、今日はお仕事はないのか? ずっと一緒にいられる?」
ソーセージをつつきながら、カフカが尋ねてくる。もちろん、この時のユナはただ未来に飛ばされてきただけ。本当のユナがしていた大賢者の仕事を代わりにやらされることはない。
……そういえば、『千分岐の砂時計』が連れてきた未来で、元々いるはずのユナはどうしているんだ?
カフカとユナのやり取りを聞きながら、今のユナは考える。
そこはアーティファクトの謎の都合のいい力で、齟齬なく本物のユナは仕事に行ってる?
それとも、目の前にいるこのユナの体は元々のユナの体で、精神だけが入れ替わってるのか?
そこでふと思い出した。
あの水晶の洞窟。ユナの目の前で、カフカの体は忽然と消えたんだ。未来に、体ごと飛ばされてるに違いない。
……あー、俺が自由にどこへでも行けるんだったら今のうちに、元々のユナを探しに行くんだけどな……と、ここまで考えて思い出した。
違う、これは俺が見ている夢なんだった。ただ、前世の記憶を追体験しているんだ。
こんなこと考えても意味なかったな、とユナは目の前の記憶をなぞることに意識を向けた。
「ああ、今日は仕事には行かねえよ」
カフカは、ユナの言葉を聞くと目に見えて顔を輝かせた。
「ユナ! それなら、一緒に街にお出かけしたいのだ!」
「いいぜ、行きたい店があるのか?」
「菓子店!」
カフカは満面の笑みで答えた。
ついに明かされるユナの過去……




