27 大賢者の光明
ユナは、カフカの故郷の家に戻ってきていた。丹念に、認識を阻害する魔法をかけながら魔法陣を仕込んでいく。
黒みがかった紫色の大きな魔法陣が完成する。
これは転移ゲートだ。
ユナがその魔法陣に足を踏み入れる。
次の瞬間、ユナは北方大帝国の自分の家の中にいた。
「成功。……魔界と人間界でも使えるな」
普段瞬間移動で使ってる転移魔法は、魔力消費の割に制約が多すぎる。知らない場所へは行けないし、国境をまたぐような長距離移動はできない。
魔法陣で固定した転移ゲートなら、この距離でも使えるかもと思ったが、大当たりだった。
ユナの家には前世のうちに仕込んである転移ゲートがある。
だからあの日、カフカを抱えてガロリア王国の公爵家からこの家まで逃れてこられた。
——たった数年前なのに、酷く懐かしい気がした。
転生して12年、ユナは魔力を貯め続けていた。本当は、完全に大賢者の力を取り戻してから、カフカを迎えに行きたかった。
だけど、そんなことより、早くカフカに会いたかった。その気持ちだけで、俺はここまで生きてきたんだから。
だからちょっと無茶をした。魔力を貯めるためにでかい攻撃魔法が使えない中で、ハッタリだけでカフカを守りきった。
——本当に、“恋は盲目”だよ。
前世の俺ならそんな博打は打たなかっただろうな。
おかげでこの家に辿り着いた時には、魔力切れでぶっ倒れた。恥ずかしいよな、魔力切れなんて子供がなるやつだぜ?
いやまあ、その時の体は生まれて12年しか経ってないから、子供だったんだけど。
手のひらに視線を落とした。
もう、子供の手じゃない。
指を握り込む。
俺は、この手で、カフカが死ぬ未来から彼女を守ると決めたんだ。
いるのか知らねえけど、魔界の運命の神様は本当に意地悪だ。
俺に、あの日砂時計を与えてカフカとの未来を見せたくせに、今度は鏡を与えやがった。
偶然だとわかってる。だけど、運命の悪戯を呪わずにはいられない。
手のひらに、『未来視の鏡』を呼び出した。
そいつは、いつもと変わらず時折やたら綺麗に虹色に煌めいている。
悪夢のような未来ばかり見せるくせに、この鏡はあんまりに綺麗すぎる。
鏡は、俺の期待通りに——カフカの笑顔を映し出した。彼女は、薄紫の空の下で、俺の手を引いて草原を駆けていく。
ああ、今思えばこのカフカは幼さの残る顔立ちだけど、すこし大人びた目をしてるな。
まるで、さっき認識阻害の魔法で大人になったカフカを思い出させるような。
きっと、ここは彼女の故郷だ。魔界は、彼女が笑顔で走れる場所に変わるんだ。
そして鏡は、黒いドレスのカフカを映し出した。
この先を知っている。だけど、この未来から何か手がかりがないかと目をこらした。
彼女がいるのは、どこかの墓地だ。草が生い茂り、彼女の肩越しに大聖堂が見える。
彼女は、黒い花束を持っていた。
それはまるで、墓参りのような……だけど、墓参りに黒い花を選ぶか……?
そして次の瞬間。
「お前は、我が陛下を殺した!!」
これまで無かったはずの音声が、再生された。
その声は、どこかで聞き覚えがある……?
そして、カフカは後ろから刺され、墓石の前に倒れていく。手に持った花束が乱暴に落ちた。
やはり墓石に書かれた名前は見えない。
「ごめんね、ユナ」
——そこで未来視は途切れた。
「待てよ……今の声」
ユナは、手のひらから『千里の伝書鳩』を呼び出した。
伝書鳩は、その記録を再生する。
「うわあああ!!」
ウィスペルン宰相が叫びながら魔物に追われている姿が映る。
そして彼の後ろから飛び出してきた騎士が、魔物を蹴散らした。
「……だから言ったじゃないですか、大人しく大賢者が出てくるまで待ちましょうって」
「馬鹿者! そんな悠長にしてられるか! 国王陛下はお急ぎなのだぞ!」
ここで、ユナは再生を止めた。
「——こいつだ」
間違いない。この上擦った喋り方。『陛下』のイントネーション。
カフカを刺したのは——ウィスペルン宰相だ。
じゃあ、あの墓石は——?
これは推測だが……ガロリア王の墓なんじゃないか?
ユナは、手に入れている情報を思い出した。
あのとき、北方大帝国の帝都で行われていたあの会議にいたのは誰だった?
ユナの意図に反応して、『千里の伝書鳩』はそのシーンを再生する。
雪の合間から、窓の中がぼんやりと映る。
そこに居るのは、黒い軍服を着た男と、青緑のドレスを着た女。
「私は、ガロリア王国の和平の結婚はもはや意味がないと考えている」
「ええ、そうですね。私としては、その婚儀を“ダンジョンが認めていない”のではないかと疑っています」
ユナは思わず、『千里の伝書鳩』を鷲掴んでいた。
「……ガロリア王国だけが、のけ者にされてんだ。“誰か”がガロリア王国を、討ち滅ぼした。そして、宰相のクソ野郎が、カフカを刺した」
だが、わからない。なんでカフカは俺に謝った?
未来の俺は、彼女に何をさせた?
そしてとある可能性に気づく。
“もしカフカが死んでいないとしたら”?
ユナは、背後から刺されたことにばかり気を取られて、きっとこれが彼女の最期だと思っていた。
だって、これまで戦場での最期を見せられてたんだ。きっとこれも“最期”のシーンなんだと思うだろ。
「——魔族が、ナイフごときで死ぬか?」
カフカは、攻撃魔法が使えないから逃げていただけで、最深部に生まれた上位の魔族だ。最深部は、並のダンジョンハンターが辿り着けない魔境。
もしかしたら俺が、都合のいい未来を妄想してるのかもしれない。それでも。
「有り得るのは——北方・リアナ共同戦線が、ガロリア王国を滅ぼす可能性。それか……“俺”が、ガロリア王国を転覆させる可能性」
だけど、伝書鳩が見せた記録では、北方・リアナ共和国はもはやガロリア王国を脅威だと思ってなさそうだった。むしろ、“魔界との戦争”を警戒しているような——
……魔界との、戦争?
そこで、ユナは気づいた。
——“この部屋、何かおかしい”。部屋に荒らされた形跡はない。だが、魔法の残滓を感じる。
手をかざして、部屋に尋ねる。
これは、読心魔法の応用だ。物が持つ記憶を引きずり出す。
ユナの脳裏に、北方大帝国の軍服を着た男2人の姿が映る。そして、2人によってユナの家の扉が魔法でこじ開けられた。
「——数日前まで生活していた痕跡があります。埃が積もっていない」
「そういえば、ワーグナー殿はどなたかと暮らしていたんでしょうか?」
「……資料によると、彼は独身のはずですが」
彼らが持っていた書類をめくるのがわかった。そこにあったのは——『北方大帝国 徴兵対象者 ユナス・ワーグナー1級魔術師』の文字。
ユナは目を開けた。
間違いない。北方大帝国は、戦争に備えている。
それより。家主の留守に魔法で忍び込むなんて、本当に北方大帝国は利口な役人を持っているよなあ?
本日もお読みいただきありがとうございます!
ユナが、未来の絶望がら立ち直る――!
物語は段々と核心に近づいていきます。ぜひ、この後もユナとカフカの幸せな未来を、一緒に見届けていただけたら、とても嬉しいです……!




