26 大賢者の諦観
カフカは、家を出た時からずっと上機嫌だった。
ほんの少しユナに近づいた身長で、時折真横に並んでは背伸びしてへへ、と笑っている。
つられてユナの頬にも、笑みが伝染する。
ユナは、前世でダンジョンに潜る時もいつもソロだった。隣にカフカがいるのが、なんだかむず痒い。
《カフカ! そっちに行ったぞ!》
《任せるのだ!》
カフカが杖を構える。淡い黄緑の魔法陣が地面に浮かぶと、逃げる大蛇の眼前に巨大な岩が現れる。
大蛇は、岩に向かって口を開けて威嚇する。毒液は岩をすり抜けて辺りに散らばった。岩は溶けてすらいない。
大蛇の動きが、止まる。
その瞬間、大蛇の真上に黄緑の魔法陣が現れた。
大蛇が警戒したように上を向いた時——
魔法陣は、巨大な岩を生み出した。大岩は重力に従って落下していく。
次の瞬間、大岩が発火した。
大蛇は逃げようとするが、次々と周りに黄緑の魔法陣が現れる。
逃げ場を失った大蛇は、燃え盛る大岩に押しつぶされ、一瞬で消し炭になった。
後には、拳大の魔石だけが残される。
《やったのだ!》
《いい腕だな。大賢者のパーティに相応しいぜ》
ユナが近づくと、あったはずの岩がふっ、とかき消えた。
炭の中から魔石を拾い上げると、収納魔法にしまいこむ。
下手に頭がいい魔物は幻覚魔法のいいカモである。
本来なら、この大蛇は目を合わせた相手を石にできる特殊スキル持ちで、危険度の高い魔物。
じゃあ、そんな魔物と戦うコツは?
《そんなもん目を合わせなきゃいいんだよ》
《そうなのだ! 遠隔攻撃で丸焼きなのだ!》
2人はサクサクと道中の魔物をなぎ倒しては、順調に魔石を回収していく。
《結構貯まったのだ》
《あとでハンター協会で買い取ってもらおうぜ、そしたらどこかで豪遊するか》
《ゴウユウ? ゴウユウって何するのだ?》
知らない言葉だったらしい。
そうだよな、魔界に遊ぶとこなんてねえもんな。
《菓子店の在庫を全部買取る》
《ふおお!》
《スープ屋でポタージュ全メニュー頼む》
《ふおおお!!》
《魔法店でうさんくせぇ魔道具もどきを片っ端から買う》
《そ、それはいらないのだ……!!》
適当に上げてみれば、カフカは十分に喜んでくれたようだ。
でも今回は、下級の魔物だけじゃなくて魔族の魔石もある。たぶんもっと強気な買い物もできるはずだ。
例えば——
《ついでにドレスだって新調できるぜ》
《!! 次は緑のお揃いの服が欲しいのだ》
《緑……俺は似合わねえかもしれねえけど……》
《カフカの色なのだ。ユナの色の服はあるから、次はカフカの色がいい!》
カフカが纏うピスタチオカラーのドレスは可愛い。
俺に自分の色を着て欲しいって考えも、凄く可愛い。
問題は俺……がそれを着こなせるかだな……。
カフカ、ピアスとかで妥協しねえ? あ、その顔はしない顔だな。
その時、ユナの探知魔法に魔法の気配が引っかかった。
気配を辿って、2人は目配せしあってゆっくり進む。魔力だけを頼りに進んでいくと、大きな洞窟が口を開けているのが見えた。
中の岩壁を見れば、壁からプリズムみたいに虹色に光る水晶が無数に生えている。
《俺の勘が合ってれば……たぶんアーティファクトがある》
《『魔道具』なのだ?! 私も、ユナみたいに自分の魔道具欲しいのだ!》
アーティファクトはどんな形をしていても、材質だけは共通していた。大抵は半透明で、時折虹色の光を反射する。
そして、アーティファクトが見つかる場所も大抵虹色に光る何かがある——ガーゴイルやミミックが自分の家に持ち帰って埋めてなければ。
カフカが無闇に洞窟に飛び込むので、慌てて後を追う。
《絶対罠があるから探知魔法を切らさず進むぞ》
《わかったのだ……前、ユナは落とし穴に落ちたと言っていたものな》
《そういう格好悪いとこは忘れてていいんだよ》
《じゃあガーゴイルに襲われたり、ミミックに齧られた話は?》
《——それも忘れろ》
全く、うちのお嬢様は妙なことばっか覚えてんだから。軽率に失敗談なんか話すんじゃなかった。
《ふふ、私のユナはかっこわるくなんてないのだ。いつもかっこいいのだ》
《おう、そりゃありがとうな》
軽口を叩きながら進む。
ユナの探知魔法は、足元に大きな空間があると告げていた。
——絶対どっかに落とし穴あるだろこれ。
話しながらもユナは慎重に足を進めていく。
《む、信じてない顔なのだ!》
《信じてる信じてる》
その時だった。
「ぬ?」
カフカの足元が大きく沈む。カフカは不思議そうな顔で地面とともに傾きながら沈んでいく。
次の瞬間、天井から垂れ下がるように伸びる太い水晶達が、崩れ落ちた。
カフカが上を振り向く。
彼女の大きな瞳に、落ちてくる水晶柱の尖った切先が映りこんでいた。
「カフカ!」
ユナは沈むカフカの体をひったくるように抱き上げると、思い切り沈む地面に水魔法を叩きつけた。
水圧が、2人ごと地面をぶち抜いた。
2人の体は、予定通り地下空間に投げ出される。
落ちてくる巨大な水晶柱を避けながら、ユナは浮遊魔法を展開した。
地下は、外からは想像もできないほど広い。暗く、ひんやりした空気が2人を包む。
足下を見れば、地面一体が虹色に光る水晶で出来ていた。
そして、その地面に降り立った時、カフカの目の前に突然光の玉が現れた。
「これは……?」
「アーティファクトで間違いなさそうだな。待ってろ、今鑑定してやる——」
ユナは、収納魔法から、『白日の双眼鏡』を取り出す。カフカは、何の気なしにその光の玉に手を伸ばした。
「——カフカ……!!」
ユナが咄嗟に伸ばした手は、虚空を掴んだ。
——目の前で、カフカが忽然と消えた。
彼女が消えた水晶の地面に、ひとつの砂時計が落ちる。それはコロコロと転がって、ユナの足にぶつかって止まった。
『白日の双眼鏡』が、その“正体”を告げている。
でもユナは、手に持っていた双眼鏡をのぞこうとは思わなかった。
ユナは、全く同じ外見で、中身が空の砂時計を取り出した。
カフカを連れ去った砂時計を拾い上げて、ひっくり返してみても、砂は下に落ちて溜まることなく、落ちたそばから消えていく。
「……『千分岐の砂時計』……」
カフカは、この世界が辿る可能性がある未来の“どれか”に連れ去られた。
このアーティファクトは、持ち主を1回限り、未来に転送する。だが、その行き先がどの未来なのかはわからない。
なんでこんなアーティファクトが存在してるのかも、ユナには理解できなかった。
空の砂時計を握りしめる。
未来を追跡する魔法は、大賢者のユナでも持っていない。アーティファクトの効果は3日間。ユナは祈ることしか出来ない。
……『千分岐の砂時計』……お願いだから。
俺が手に入れた“未来”と同じくらい、幸せな未来に連れて行ってくれ。
カフカが死ぬような未来を選ぶんじゃねえぞ……!
——ユナは、前世でこのアーティファクトを手に入れた事がある。
そして、アーティファクトに“未来”に連れていかれた。
ユナにとってその“未来”は、自分の全てを変えてしまうほどに、幸せな未来だった。
——だって、その可能性の未来で、“カフカ”に初めて出会って、そして恋に落ちたのだから。




