25 大賢者とダンジョン探索なのだ
《ユナ! 似合うか?》
《ああ、似合ってる。どうしたんだ? 久しぶりに違うドレスを着たいなんて》
ユナは、胸に飛び込んだカフカをぎゅっと抱きしめてくれる。
今日のドレスは、ユナと揃いの黒いふわふわのものではなくて、ピスタチオカラーのオーガンジーを重ねた軽やかなもの。
ユナの収納魔法から出してもらったのだ。
《ユナ、黒いドレスを見る時辛そうに見えたのだ。……だから、ユナが笑ってくれると思ったのだ》
気のせいと思うには無理があった。カフカにはもう、ユナが元気な振りをしていることくらいわかる。
その時、ユナの感情が揺れた。
息を詰めるような、驚きと、それから切なさ。ユナが一瞬、泣きそうに眉根を下げるのが見えた。
だが、すぐに彼はまた“大賢者らしく”尊大に微笑んだ。
《大人になったなあ、カフカ》
《だから私は既に大人なのだ! ユナより700年もお姉さんなのだ!》
《俺の100年とあんたの800年は密度が違うんだよ、密度が》
《ぐぬ、魔界と人間界は時の流れが違うのだ、仕方ないのだ!》
それはその通りで、ユナと人間界にいた時はお菓子を食べたり、ポタージュを飲んだり、雪合戦をしたり、することが沢山あった。
魔界は本当に何もない。今も、時折魔族と戦う以外はのんびりと時間が過ぎていた。
人間界にいたのはたった2年ほどなのに、ユナと行ってみたい場所ばかり増える。
ねえ、ユナ。私もユナの育った故郷を見てみたいのだ。
ユナと一緒に、色んな世界を見たい。
《カフカ。逃げてばっかりで、魔界を探索したことなんてなかったんだろ? 今なら、大賢者と“ダンジョン探索パーティ”が組めるぜ。行くか?》
《!! 行くのだ!》
***
ユナは、はしゃぐカフカの姿を眺めていた。
収納魔法に入れっぱなしだった、前世のダンジョン探索時代に集めた装備品やアイテム。それを露店市みたいに並べてやったら、カフカは夢中でどれを持っていくか悩んでいる。
——カフカに、心配されてしまった。
ユナは、精神魔法を遮断する障壁を展開しながら考える。
『未来視の鏡』が見せた未来に、引きずられすぎていた。これまで何十年も、カフカの最期は戦争だった。
でもあれは、違う。
黒いドレスは、おそらく“魔王になったカフカ”を暗示してる。
……人間の戦争をとめられたのは間違ってないはずだ。
だけど、カフカが魔王になってもカフカは誰かに暗殺される。
誰だ。
ガロリア王国の追っ手か?
それとも、北方大帝国かリアナ共和国の手の者か?
わからねえ。手札が少なすぎる。
わかってるのは、たぶん魔族は闇討ちなんてしないってことだけ。魔族は墓を作る文化なんてないし、あいつら脳筋だから真正面からぶつかってくるからな。
そうして、ユナはカフカに視線を移した。彼女は楽しそうに杖を振り回して、魔法陣を多重展開してはしゃいでいる。
……不安になって、カフカを閉じ込めたのは俺だ。
あの未来を見てから、ユナは極力外に出ないようにしていた。
カフカの退屈そうな姿が脳裏によぎる。カフカは、最近よく人間界にいた時のことを思い出していた。
彼女はもう、鳥籠の小鳥じゃない。
だから、俺が鳥籠を用意しちゃいけなかったのに。
ついに装備品を決めたらしいカフカは、皮の小さな胸当てをつけて、杖を握りしめている。
《気に入ったか?》
《うむ! なんだか強くなった気分なのだ!》
魔力量の多いユナやカフカは、魔法出力を上げる魔法陣も杖も必要ない。
そもそも、幻覚魔法を使うのに魔法陣を展開していたらあまりにモロバレすぎる。だからこそ、精神魔法は魔術師の間でも使える人間がすごく少ない魔法だ。
カフカが、足元に魔法陣を展開する。
淡い黄緑の光を放つそれは、まるで彼女の舞台みたいで。
魔法が、認識を阻害する。
魔法陣が消えた時、そこに立っていたのはユナと同じ年頃のカフカ。少しばかり背が伸びて、ペリドットの瞳は大人びて見える。
《どうだ? これでユナのパーティらしく見えるか?》
彼女はフフン、と得意げに胸を張る。目に映る姿が大人びても、カフカの無邪気な心の声は変わらない。
ユナは、彼女の長い白金の髪を一房指に絡めた。滑らかで少しひんやりとした髪は、サラサラと手のひらを零れ落ちていく。
《ああ。——凄く、綺麗だ》
……何度、転生魔法を使えばあんたの時間に追いつけるだろう。
***
——だけど数時間後、ユナはカフカを連れて“ダンジョン探索”に出たことを、後悔する。
「カフカ……!!」
ユナが咄嗟に伸ばした手は、虚空を掴んだ。
——目の前で、カフカが忽然と消えた。
彼女が消えた水晶の地面に、ひとつの砂時計が落ちる。それはコロコロと転がって、ユナの足にぶつかって止まった。
——俺は、これが何なのか知っている。
鑑定のアーティファクト——『白日の双眼鏡』が、その“正体”を告げている。
でもユナは、手に持っていた双眼鏡をのぞこうとは思わなかった。
ユナは収納魔法から、全く同じ外見をした手のひら大の砂時計を取り出す。
ただ1つ違うのは、ユナの持っている砂時計には砂が入っていないこと。
カフカを連れ去った砂時計を拾い上げる。
砂時計をひっくり返してみても、砂は下に落ちて溜まることなく、落ちたそばから消えていく。
「……『千分岐の砂時計』……」
ユナの呟きは、水晶の洞窟で響くことなく消えた。




