24 大賢者に忍び寄る影
ドンドンと勢いよく扉を叩く音が響いていた。
ダンジョンの死火山に程近い家の前に、過酷な環境と不釣り合いな人影がある。
「ユナス・ワーグナー1級魔術師殿! ご在宅ですか?」
「……返事がありませんね」
きっちりと礼装用の軍服を着込んだ役人2人は、顔を見合わせると意を決したように、扉に魔法を放った。
「……誰もいませんね」
1人が部屋を見渡して呟いた。部屋はしんと静まり返ったワンルームで、どこかに隠れる場所などなさそうに見えた。
もう1人が部屋の中央に置かれたテーブルに近づく。
「——数日前まで生活していた痕跡があります。埃が積もっていない」
「そういえば、ワーグナー殿はどなたかと暮らしていたんでしょうか?」
2人の視界には、二脚の椅子と、ベッドに置かれたふたつの枕がある。
「……資料によると、彼は独身のはずですが」
手元の資料をめくる。
そこには、『北方大帝国 徴兵対象者 ユナス・ワーグナー1級魔術師』との記載がある。
「班長、周辺に聞き込みしてみましょう」
そして2人は、ダンジョンに向かって歩き出した。
***
「……やはり、未来は変わっていない」
帝都の寒さの立ち込める部屋で、皇帝の冷えきった声が零れた。
彼の手元には、50センチ程の大きさの鏡が浮かんでいる。鏡は半透明で、時折光の反射で虹色に煌めいていた。
——アーティファクト『未来視の大鏡』
これは数年前、皇帝がまだ皇帝ではなかった時代にダンジョンで手に入れたもの。
世界は、若くして過酷な北方諸国の統一を驚異的な速度で成し遂げ、北方大帝国の皇帝に君臨した彼のことを、天才と呼ぶ。
彼の天才的な采配の裏には、いつもこのアーティファクトがあった。
大鏡の鏡面が揺らぎ、燃え盛る黒い炎を映し出す。
薄紫の空が広がり、炎を抱く大地では、多くの魔物の死体が山のように積み重なっている。
そして——その死体の山に、“何者か”が腰掛けていた。
私は、ダンジョンで何らかの大戦が起きるのだと予想していたが……
皇帝は、リアナ大統領の言葉を思い出していた。
『ダンジョンの魔族たちは、戦争をしている。そしてそれは、国家元首を決めるものである』
——この山に座るのが、その“魔族の王”なのか?
その時、大鏡がまた揺らいだ。
次に映し出されたのは、北方大帝国の国土が、死火山から溢れ出る黒い炎に焼かれる姿。
『未来視の大鏡』は、ひどく不親切だ。
この鏡が映す“未来”は、いつも抽象的で、断片的な映像だけ。その未来に至る過程も、その未来の詳細も教えてはくれない。
だからこそ、打てる手を全て打つべきだ。
「ダンジョンは我が世界に、大いなる厄災をもたらす」
先日のドラゴンの姿を思い出した。炎を吐く漆黒の巨大な体は、大鏡の示す黒い炎と印象が重なる。
「だから私は——ダンジョンから、この世界を守らなくてはならない」
この未来を変えるために、独裁者だとそしられようと北方大帝国を作り上げたのだ。
***
ここ数日、なんとなくユナの元気がないような気がする。口を開けば、いつもみたいな軽口が飛んでくる。
それでも、カフカには微かな違和感があった。
《ユナ?》
《どうした? 最近、甘えん坊だな》
ソファに並んで座って、ユナの黒い瞳を見上げた。彼は軽く笑って、カフカの頭を撫でてくれる。
それは、いつものことなのに……なぜか、胸騒ぎがした。
たまに、視線を感じる時がある。
ユナが、この黒いドレスをじっと見つめているような、そんな気配。
だが、カフカがユナを見つめ返すと、彼はなんでもない風に片眉を上げて笑う。
魔法を使ってユナの心とやり取りしているのに、なぜだかまた演技されている気がしてしまう。
心を読む魔法を偽れるとしたら、そんなの大賢者はズルすぎるのだ。
——こんなにそばに居るのに、ユナが遠い。




