23 リアナ共和国の思惑
「今はまだ、焦るときではないわ」
リアナ共和国大統領。彼女は北方大帝国の隣に位置しながら、独立国家として国境を守り抜いた手腕がある。
皇帝が軍人ならば、彼女は政治家。 剣と魔法ではなく、紙とペンで世界を変える。
「……皇帝は、我が国のダンジョンハンターの力を侮れない。力で制圧した彼にとって怖いものは、力のはず」
大統領は、執務室で書類に目を滑らせていく。調印された『北方・リアナ安全保障条約』が目に留まり、思わずほくそ笑む。
ダンジョンに国土を接する2国が、ダンジョンによる攻撃を受けた場合、お互いに助け合うと決めた。
だからリアナ共和国はダンジョンハンターを貸し出すし、北方大帝国はその巨大な魔法軍事力を貸し出してくれる。
そして前提には、ダンジョン資源獲得における利権争いの停戦がある。
これは大きな進歩だ。
北方大帝国は、この大陸で最も大きな国。その大国と、対等の条約を結べたのだ。
「もちろん、ダンジョンの探索はとめない」
利権争いの停戦は約束した。でもそれは、ダンジョンをどの国のものにもしないということ。
誰のものでもないのだから、探索だって自由。
「我が国の目的は、覇権じゃないのよ。国家の存続と繁栄だわ」
大統領は、窓の外に目をやった。
そこには、魔石を動力源にして空を飛ぶ飛行船の姿がある。魔術師の少ないリアナ共和国は、魔石を確保することで進歩してきた。
「これからも、我が国は進歩しなければならない」
それが、大統領として国民との約束なのだから。
***
あれから、カフカは襲ってきた魔族を何人も返り討ちにしている。
噂が回っているのか、今もカフカを見た魔族が全速力で走り去っていくのが探知できた。
その背中を特に追うつもりもないので、素直に見送る。
「まさか私が、逃げ出される立場になるとは」
「当然です。あなたの“魔法”が、あなたを魔王の玉座に連れていきますよ」
「ふふ、期待している」
「仰せのままに、“未来の魔王陛下”」
まだ周りに、こちらを見ている気配があるので一芝居打っておく。
《なあ、カフカ。“魔王”って、なんなんだ?》
《お前……人に魔王になろうと言っておいてよくそんなことが言えるのだ》
カフカの呆れたような感情が返る。
仕方ないだろ、こっちは人間なんだ。カフカに出会うまで、ダンジョンの仕組みなんて知らなかったんだよ。
《魔王は……誰よりも強く、だから誰にも命令されない。魔界のルールを作れる存在なのだ》
《ふうん、じゃあカフカがなりたい魔王ってどんなだ?》
《え》
そこでカフカの思考が止まったのがわかった。きっと、勝つことしか考えてなかったんだ。魔王になって、その先を考えたことなんてなかったんだろう。
《むむ……》
唸っている思念まで可愛い。
もう少し眺めていたい気もするが、ユナは助け舟を出してやることにした。
《ならさ、菓子店を作るのはどうだ?》
《魔族が菓子店?》
《カフカだって好きだろ、お菓子。きっと作り方を知れば作れる魔族だっているさ》
《む……それは悪くない考えなのだ》
カフカが、お菓子を思い出している気配がした。
《そうだな……戦う以外の生き方が、許される世界に出来たらいいのだ》
ユナに伝わってきた心が、あまりに壊れそうでこちらの胸まで苦しくなる。
なのに当の彼女は、それを当たり前みたいな顔して受け入れている。
そうだ、カフカは800年ずっと、逃げることしかできなかった。魔界では戦うか、死ぬか、逃げるかしかない。
魔界でこれまでユナが見た世界は、人間界の古い村落のような、小さな村ばかりだった。
お菓子を食べたり、家具を選んだり、ドレスを選んだり——そんなふうに生きている魔族は1人もいない。
ユナは、カフカの頬をそっと撫でた。
「ユナ?」
「帰りましょう」
魔界での2人の拠点は、カフカの故郷の村だった。
ボロ屋に見せかけた魔法はかかっているものの、中はカフカの趣味に合わせている。
このソファもその一つだ。
隣にくっついて座りたい、そう言われてユナが物体創造魔法で作った、ピスタチオカラーの2人がけソファ。
ユナは、ソファに座ると隣を片手でポンポンと叩く。
《おいで》
カフカは、素直にちょこんと座ると、ユナに寄りかかってきた。
《ねえ、ユナ》
《ん?》
《いつか、私も一緒にユナとお出かけしてみたいのだ。お菓子を買ったり、街を歩いたり……あとお出かけで何するかわからないけど……》
《ああ、……行こう》
そんな些細な願いが叶わないほど、カフカの世界は彼女にとって残酷だった。
人間界に来ても、彼女にはずっと自由がなかった。
《飯を食うのもいいな。街には食べ物が沢山ある》
《ポタージュは? ポタージュ屋もあるか?》
《ふ、本当にポタージュが好きなんだな。あるよ、色んなスープを売ってる店がある》
ユナは、生まれ故郷の北方諸国の街を思い出していた。石畳、広場に集まる屋台、入り組んだ路地、菓子店に紅茶店。カフカが気に入りそうなものは沢山ある。
そこまで思い出して、ユナはふと思いついたように幻覚の魔法を展開した——
街の賑やかさまで、現れたみたいだった。
カフカが、目を輝かせて周りを見ていた。
《ユナ、ここはどこなのだ?》
《俺が前世で育った街だ。
そのうち連れて行ってやるよ》




