22 大賢者の策略
「うわあああ!!」
平民服を着たウィスペルン宰相が、叫び声を上げながら走り回っている。彼は一応剣士という設定なのだが、ダンジョンに入ってから1度もまだ剣を握っていない。
「ウィスペルン様ー!!!」
追いかけ回されている主を守ろうと、騎士がシルバーウルフの群れの中に飛び込んだ。
後ろから魔術師の援護射撃を受けて、なんとかシルバーウルフを蹴散らすことに成功する。
「……だから言ったじゃないですか、大人しく大賢者が出てくるまで待ちましょうって」
「馬鹿者! そんな悠長にしてられるか! 国王陛下はお急ぎなのだぞ!」
騎士の止める声にも耳を貸さず、宰相は吠える。
まだ、指名手配犯の魔族カフカとその従者ユナの足取りさえ掴めていないのだ。一刻も早く大賢者を配下に引き入れ、捜索網をダンジョンにまで広げねばならない。
これだけ探して見つからないのだから、我々の目をかいくぐってあの魔族はダンジョンに逃げ帰ったに違いない。
もしドラゴンが出てきたら、ついでに大賢者に討伐してもらって、その首を持って登城しよう。国王陛下はさぞお喜びになるに違いない。
宰相はまだ見ぬ未来を想像してほくそ笑んだ。
そんな宰相パーティの様子を伺う影がある。
高い木の上で、からくり仕掛けの鳩がその無表情な瞳でじっと下界を見下ろしていた。
しばらくして、宰相パーティがまた魔物の群れに襲われるのを確認すると、その鳩はその場を飛び立った。
***
「——北方諸国出身の、1級魔術師?!」
ユナは、魔界最深部で初めて人間に遭遇していた。
スルーするつもりだったのに、相手がリアナ共和国の認定探索者ギルドカードを提示してきたせいでスルーも出来ず今に至る。
誰だ、ギルドカードを提示されたらギルドカードを提示して挨拶すべし、なんてルール作った奴。
そいつ、絶対認識阻害の魔法知らねえだろ。いや、俺は正義感のある大賢者だから、ギルドカードに細工なんてしねえけど?
「……そうです」
ユナは眉ひとつ動かさず淡々と答える。前世の時から、この肩書きは何かと人目を引いた。ダンジョンで絡まれるのも初めてじゃない。
ユナの背後には、認識阻害の魔法で身を隠したカフカがいる。彼女のハラハラした感情が、ユナには伝わっていた。
《大丈夫だカフカ、何も心配すんな》
《む、別に人間なんて怖くないのだ……》
——怖いのか。
そうだ、俺以外の人間には虐げられたことしかないもんな……
本当は今すぐ抱きしめて、頭を撫でてやりたい。
《あー、早くどっか行かねえかな》
ユナの内情など知らず、話しかけてきたパーティは嬉々として自己紹介を始める。
聞き流していたユナの興味が、とある一言で止まった。
「気をつけてくださいね。ダンジョンの魔族は今、魔王を決める戦争をしてるって言いますから」
「——魔王を決める戦争?」
「ええ、あなたほど強ければ大丈夫だと思いますが……最深部の魔族は特に気が立ってるみたいです。僕達も、マッピングの依頼が終わったら中深部に戻る予定ですよ」
聞けば、彼らは共和国直々の依頼で、ダンジョンの新規エリア探索のために潜っているのだという。
お辞儀をして去っていくパーティに、軽く頭を下げて見送ってから思いつく。
そういえば、リアナ共和国は『自分の国が1番探索率が高い』のを根拠にダンジョンの権利を主張してるんだったな。
それを維持するためにこき使われてんのか。……ご苦労なことで。
完全に人間が立ち去ったのを認知魔法が確認したとき、カフカがユナの腕をぎゅっと掴んでくる。
「ユナ、愛想が悪いのだ」
「愛想のいい大賢者なんかいてたまるかよ」
「ふふ、なんだその理論」
笑うカフカの頭を撫でた。
「? なんなのだ、ユナ」
「なんでもねえよ」
さっき撫でられなかった分、多めに撫でてみる。
ユナはカフカを抱きしめると、彼女の頭に顎を置いて考えた。
——『魔王争奪戦』の存在に、リアナ共和国は気付いている。
風向きが、変わるかもしれない。
***
なるほどな?
——つまり、リアナ共和国は北方大帝国と手を結ぶ気だ。
ユナは、からくり仕掛けの鳩——アーティファクト『千里の伝書鳩』からの報告を聞いているところだった。
しかしあの宰相……結構バカなんだな……
あろうことか、大賢者を探してダンジョンに入りやがった。
なんか、放っておいたら勝手に死にそうなんだよなあ……
《ユーナ! 何して——『魔道具』?! まだ他に持ってたのか?!》
《おう、おかえりカフカ》
シャワールームから戻ってくるカフカの濡れた髪に、魔法で出したタオルをかけてやる。ほんとは魔法で一瞬で乾かせるけど、ユナはカフカの髪を拭いてやるのが好きだった。
カフカはまるでそれが当たり前みたいに、ユナの前に座った。まだ表に出したままの『千里の伝書鳩』を面白そうに見ている。
《そういや、魔族もアーティファクトを使う奴っていんの?》
《使うで考えたらほとんどいないのだ。魔道具を探すのが面倒だから、持っているのは余程の物好きだけ》
周りを警戒して、心を読む魔法を使ってやり取りするのにも随分慣れてきた。
ただ、気を付けないと心情がダダ漏れになるから、ユナはいつも僧侶みたいな気持ちでいるように努めている。
《あー、確かに面倒か。俺もアーティファクト探して落とし穴に落ちたり、ガーゴイルに襲われたりしてんな》
《そうなのだ、ガーゴイルとかあとミミックとかは魔道具が好きなのだ》
《え? アイツらってあれ魔道具を持ってるつもりなの? そしたら人間って襲って奪ってることになるんじゃ》
《元々、魔族からしたら人間は、勝手に他人の家に入ってなんでも盗んでいく奴なのだ》
カフカのきょとんとした感情が伝わる。頭を拭かれてなければ、きっと首を傾げていたに違いない。
魔族から見たらそうなるのか……アーティファクトの埋まってる周りに強い魔物が多いと思ってたのは、あれただのコレクターってことかよ。
埋めんな、わかりづれえ。せめてショーケースにでも飾っといてくれ。
***
カフカが眠った後で、ユナは『未来視の鏡』と対峙していた。
カフカが魔界に戻っても、魔王を目指す決意をしても鏡の未来は変わらなかった。
でも、人間が魔界の異変に気付いた。もしかすると、戦争は起きないかもしれない。
未来が、変わるかもしれない。
ユナは祈るような気持ちで、『未来視の鏡』を見つめた。
鏡は時折虹色に光って——ユナの手を引いて草原を駆ける、カフカの笑顔を映し出した。
そして、鏡が煌めく。
次に映されたのは、黒いドレスを着たカフカ。
未来が、変わった——!
ユナが期待をした瞬間、黒いドレスのカフカは背中から何者かに刺された。
彼女はゆっくりと倒れる。倒れた先は、誰かの墓石の前。
涙を流すカフカの顔が映る。
『ごめんね、ユナ』
墓石の名前は見えない。
鏡はそこで未来を映すのをやめた。
「クソッ……」
思わず悪態が口をついて出た。
なんでだよ、未来は……未来は変わったんじゃねえのかよ——!
本日は、21:00までに27話まで投稿します。




