21 幻覚が、本物になることもある
カフカの意識がぼんやりと浮上する。
——暖かい。
気付けば、ユナがカフカを抱きしめていた。
「ユナ……」
「カフカ?! ……よかった」
それはまるで泣きそうな顔で。
なにか考えるより先に、勝手にカフカの手が伸びる。ユナの頬に指先が触れた瞬間——ユナを遠巻きに取り囲んでいた黒い靄が飛びかかってくる。
「チッ、感動の再会くらいさせろよ!」
ユナが悪態をついた。次の瞬間、ユナの投げつけた光魔法が花火みたいに連続で爆発した。
——そうだ、“彼女”と戦っていたのだ。
カフカはユナの腕の中で、対峙する不死者の魔術師を見据える。
骸骨の真ん中にある虚ろな眼窩は、真っ暗闇に染まっていた。
今ならわかる。あの古ぼけた黒いローブに包まれた骸骨は、ただのアンデッドではないのだ。
彼女は、ただ恋をしていただけ。
恋人を失った世界で彷徨ううちに、悪意のアンデッドになってしまっただけ。
カフカは覚悟を決めた顔で、幻覚魔法を展開する——
「……カフカ?」
それを静観していたユナが、初めてカフカの名前を呼ぶ。カフカは、抱きしめられたまま彼の胸に顔を埋めた。
「ユナ。もし、もしも……自分が死ぬとわかってても、ユナならカフカを助けるか?」
「……」
ユナが、押し黙る。
その間にも、カフカの生み出した幻覚は“赤髪の青年”の形をなしていく。
「——助けるに決まってる。けど……俺はあんたをひとりにしない」
その答えを聞いて、カフカの頬が自然に緩んだ。
幻覚の青年は、生前の姿で不死者の魔術師の前に立つ。骸骨の動きが、止まった。
——あの彼も、ユナと同じなのだ。
きっと、この世界で彷徨う彼女をひとりになんてしたくないに決まってる。
その時、不死者の魔術師の輪郭が崩れた。
黒い靄の裾から、順番に深緑のローブへと変わっていく。胸元まで靄が消えた時、そこにあったのは骸骨の顔ではなく、涙に濡れる人間の少女の顔だった。
彼女は、走り出す。
空中を滑るように走って、青年の胸に飛び込んだ。彼は、彼女をきつく、きつく抱きしめる。
彼女の深緑のローブの裾が、ふわりと広がった。
その時、カフカを抱く腕に力が込められるのがわかった。ユナの顔をそっと見上げる。
ユナは真っ直ぐに魔術師2人の再会を見つめていた。
だが、地面から立ち上がる黒い影があった。
ここは、多くの死が訪れた場所。……不死者の魔術師の連れた嘆きの亡霊は、何度でも蘇ってしまう。
「……なんだ?」
ユナの空気が張り詰める。
臨戦態勢に入ったユナのことなど見えていないかのように、その影は真横をすり抜けた。
それは真っ直ぐ赤髪の青年の幻覚に近付いていき、飲み込まれるように消える。
《やっと会えた》
カフカの心を読む魔法が、その一言を拾った。
「ユナ。……何も言わず合わせて欲しいのだ」
「仰せのままに、“未来の魔王陛下”」
軽妙な声が返る。カフカは小さく微笑んだ。
カフカは、ユナの腕の中でしゃんと背筋を伸ばす。
懐から、扇子を取り出して口元を隠した。
「そこの魔術師。ここはお主たちのいるべき場所ではない」
1歩、ユナから離れ前に進む。カフカのつま先は空中を踏みしめた。
抱き合う2人の魔術師は、慌ててこちらを振り向く。
その姿はもう、アンデッドには見えない。
「あるべき場所に帰るがいい」
カフカがそう告げた瞬間、白い光が2人を包んだ。
それは、焼き殺すような閃光ではなく、春の陽だまりのような光だった。
光の中で、2人の笑顔が見えた気がした。
光は揺らめきながら、白い花弁の渦へと姿を変える。
風がどこからか吹いて、花弁を巻き上げた。
——最後に残ったのは、遥か空へ舞ったふたつの花弁だけ。
***
「ふふ、私の“魔法”は本当になんでも出来るのだな」
「言ったろ? 大賢者に使えない魔法はねえよ。俺が、あんたの為なら全部何とかしてやる」
空中で、カフカの黒いドレスの裾が揺れた。
ダンスをするように、2人は手を取りあって空中を滑る。探知魔法が、今だけはここが2人きりの世界だと教えていた。
どこまでも、薄紫の空は広がっていく——
***
一方その頃、ダンジョンを取り巻く人間界は静かに、だが確実に動き出していた。
雪の降りしきる北方大帝国、帝都。静かな密会は冬の静寂の中で行われていた。
寒さから守るように分厚いガラスがはめられた窓の外から、一羽のからくり仕掛けの鳩がその様子をじっと見つめている。その姿は雪に溶け込むような、半透明の姿をしていた。
「ご足労感謝します、リアナ共和国大統領」
切り立った崖のような雰囲気を纏う、黒い軍服。若き皇帝は、その若さを打ち消すような冷たく鋭い目をしている。
「皇帝陛下。時は一刻を争います。もはや、ダンジョンの利権争いの時期を超えました」
銀の髪をタイトにまとめた彼女は、相変わらず食えない微笑みを浮かべている。
今日のドレスは、冬の針葉樹を思わせるような青みがかった深い緑。その色は、皇帝に歩み寄っているようにも、冬を拒絶するようにも見える。
「私は、ガロリア王国の和平の結婚はもはや意味がないと考えています」
「ええ、そうですね。私としては、その婚儀を“ダンジョンが認めていない”のではないかと疑っています」
「ほう……?」
「これは私の国が極秘で手に入れた情報ですが——」
大統領のその含みのある言い方に、皇帝が眉を上げる。大統領はにこやかに続けた。
「——“ダンジョンの魔族たちは、戦争をしている。そしてそれは、国家元首を決めるものである”と」
本日も、お読みいただきありがとうございます!
ついに、『恋とは何なのか』理解し始めたカフカ。ユナとカフカの距離が縮まる中、世界には不穏な影があるようで――?
最後まで2人の旅路を見守っていただけたら、とても嬉しいです。よろしくお願いします!




