20 恋がきっと呪いになるのだ
《不死者の魔術師?! アンデッドか》
ユナが即時に臨戦態勢に入る。カフカは頷いた。
《魔界で死んだ人間の魔術師が、蘇った存在だと言われてるのだ。連れてる嘆きの亡霊は、この世界で死んだ人間で、死ぬ時恨みを持った魂だと言われてる》
《うわ同族かよ》
ユナがうんざりした顔をした。
だから嫌なのだ。魔族の殺意はわかりやすい。だが、人間のアンデッドは元が人間だからわかりにくい。
それに、“誰かが死んだ土地”だと嘆きの亡霊はなぜだか永遠に増える。
《心配ない。俺は大賢者だ、俺より強い魔術師がダンジョンで死んだ例はないからな》
いつものユナらしい、強気な感情が伝わってくる。
「ふふ、ユナらしい。でもユナ、気をつけるのだ——不死者の魔術師は、探知魔法も心を読む魔法も使える」
「なるほどね、演技は効かないってか」
「ユナの劣化版みたいなものなのだ。精神魔法と、闇属性の魔法だけが使える」
その瞬間、ユナはカフカを抱きかかえると転移魔法を展開した。
家の上空に瞬間移動して、空中から村を見下ろす。
村の入口に集まっていた黒い影が、こちらに気付いた。煙のように揺らめきながら、影は上空に迫る。
「成仏してもらおうぜ、故郷で眠れないのは可哀想だからな」
ユナのその言葉で、ふと思いつく。もしも、この影が誰かの死後の怨念ならば?
——記憶があるはずだ。
ユナが光魔法を展開して閃光を炸裂させる中で、嘆きの亡霊の心を読もうと意識を集中させる。
何人もの意識が入り乱れて、上手く読めない。
だが、時折きっと故郷なのだろう、青い空と吹き抜ける風、時折見たことない人間の街が映る。
それでも、ぎゅっと目を閉じて彼らの意識の残滓を探す。
それは『帰りたい』あるいは『誰かに会いたい』、そして——
『生きてるお前を許さない』
殴られたような衝撃があった。呪詛は重く暗く、泥のようにカフカにまとわりつく。カフカは頭を抑えてよろめいた。
「カフカ?! ダメだ、心を読むな!!」
最後に聞いたのは、ユナの焦りを帯びたその言葉だった。
ダメなのだユナ、そんなに取り乱しては……私の“魔法”はいつも余裕綽々でなくては——
抱きかかえられたまま、カフカの意識は闇に落ちていった。
——それは、真っ暗な闇の中を歩くのに似ていた。
探知魔法を展開しても、返ってくるのは虚無だけ。ここには何もないと魔法が告げている。
それなのに、なぜこんな胸騒ぎがする?
カフカはふわふわの裾を揺らして進む。どちらが前か後ろかもわからないが、立ち止まっているのは嫌だった。
いつまで歩いたかもうわからない。
ユナは……心配しているだろうな。あの従者はあんな顔をしておきながら、すごく心配症なのだ。
その時、ちり、とカフカの魔法がなにかの感情を捉えた。だが、探知魔法はまだ何の情報も捉えていない。
だから、わかった。
これはきっと——幻覚だ。
まるでスクリーンのように、闇が晴れた。
走馬灯のように、映像が矢継ぎ早に映されていく。
それは、子供の時。魔法を暴発させて、大人の人間に怒られ大泣きした記憶。
あるいは、少し大人になったとき。“この映像の持ち主”は、ある赤髪の少年の姿ばかりを目で追っている。
2人は……きっと、同じ師匠から魔法を学んだ兄弟弟子なのだ。
少年と2人で、魔法を使って仙人みたいな顔の大人と戦ったり、少年相手に模擬戦をしたりしている。
どんな場面でも、“この映像の持ち主”は隣にいたその少年のことばかりを見つめていた。
……これは、私にも理解できる気持ちなのだ……
カフカは思う。
きっと、“この映像の持ち主”は、この少年のことが好きなのだ。
そしてまた場面は切り替わる。
次に映し出されたのは、もっと背が伸びた赤髪の彼の姿。すっかり“この映像の持ち主”より背が高くなったのか、彼女が見上げているような視点ばかり映る。
2人は魔界にいた。きっと、ダンジョンハンターになったのだろう。
2人は時折大怪我を負いながらも、ダンジョンをなんとか進んでいるらしかった。
だがある時——突然映像が乱れる。
あの赤髪の彼がなにか叫んで、彼女を突き飛ばした。その瞬間、赤髪の彼は魔法に囚われ飲み込まれてしまう。
彼女は助けようとしたのか、魔法を放った。それでも、彼を飲み込む魔法はビクともしない。
「君だけは——逃げてくれ!」
ずっと無音だった映像に、突然声が入る。
この声は、どことなくユナに似ていた。全然、声質も高さも違うのに。
この声を知ってる。
カフカの視界が滲んだ。頬を、無意識の涙が伝う。
——これは、彼女を守る覚悟の声だ。
ユナが時折カフカに向ける声とおなじ。
“この映像の持ち主”は、彼に背を向けて走り出した。
カフカの気持ちもいつしか彼女にシンクロしていた。きっと、彼は助からない。でも、彼女の力では彼を救えない。
だから、せめて。彼の覚悟を無駄にしないように……走ったのだ。
だが、走る彼女の前に別の魔法陣が現れた。
彼女は咄嗟に防御障壁を展開するが、魔力量が違いすぎた。まるで薄いガラスを割るみたいに、彼女の防御障壁は巨大な魔法に押しつぶされて粉々になってしまった。
痛い、と感じる間もなかった。視界いっぱいに魔力が押し寄せていた。
映像は、そこで突然途絶えた。
カフカは、両腕で自分を抱きしめて唇を噛んだ。それでも、勝手に流れる涙は止められなかった。
——これはきっと、『不死者の魔術師』の記憶だ。
彼女は……愛した男を助けられず、自分も逃れきれず、無念の中で殺されたのだ。
そして、ずっとこの魔界で彷徨っている。
これは、カフカにも有り得る未来だ。
ユナはすごく強い。でも、魔法は万能じゃない。カフカが、生まれてから800年逃げた中には化け物みたいに強い魔族が沢山いた。
カフカはユナの強さを信じている。
でも、もし、もしもユナが敵の魔法で捕まったら?
きっと、ユナは赤髪の彼と同じように、カフカを逃がす。
カフカには逃げる才能だけはある。だから彼女みたいに殺されはしないかもしれない。
でも、もしユナが死んでしまったら?
——彼女と同じだ。きっと受け入れられなくて、ずっとユナを探して彷徨うに決まってる。
このあとあと1話、21:00に投稿します。




