19 大賢者の名声
「なぜだ……!! なぜ“大賢者”に出会えない?!」
平民服に身を包んだ騎士と魔術師を数人引き連れ、ウィスペルン宰相は、天を仰ぐ。
正直、大賢者と呼ばれるいわゆる『1級魔術師』なんて何人もいるものだと思っていた。
だが——
北方大帝国の酒場に入ってみても、精々出会えるのは、3級魔術師。しかも運が良くてそれだ。大抵は5級くらい。
ダンジョンハンター協会に行ってみても、結果は同じだった。
……5級魔術師だったら、我が国の魔術師団と大差ないではないか!!
もちろん、5級魔術師も魔法使いとしてはかなり優秀な部類である。市民に混じって生活魔法を使って暮らす魔術師は、力としては8~10級と言われている。
ごく一部の魔法使いだけが、試験を突破して国の戦力として認められるのだ。
「仕方あるまい。……ダンジョンに向かう」
「恐れながら宰相閣下……! 我々だけでは戦力不足です。増援を呼んではいただけませんか?」
「ええい、馬鹿者! それでは変装した意味がないではないか! そんな大所帯でダンジョンに潜るパーティなどいない!」
——騎士の訴えもむなしく、騎士1人、魔術師1人、宰相1人のパーティはダンジョンに到着していた。
「いやなに、“大賢者”を探しておってな」
「大賢者ですか? そりゃなんでまた」
「ドラゴンだ。先日、死火山の外にドラゴンが出たのは知っているであろう? ドラゴンを討伐するのが我々の夢なのだよ」
宰相は、身分を隠しながら受付付近に集まるダンジョンハンター達に話しかけてまわる。
「そりゃ、あれはハンターみんなが騒然としましたよ。でもドラゴンなんて、中深部でも見たことがない。いるとして最深部だ。最深部なんてほとんど到達者のいない魔境です」
それを倒したいだなんて、とハンター達はやや引いた見方だ。
……ええい! まどろっこしい! この腑抜けどもめ! だれか大賢者を知ってる者はいないのか!
その時、1人のハンターに声をかけられた。
「もし、あなた大賢者を探してるのですか?」
「おお、そうなのだが、何か知っているか?」
「それなら、あの受付の子に聞くといいですよ! 数日前に、100年生きてる大賢者に出会えたんだってしばらくはしゃいでましたから」
「おおそれはそれは! 早速聞いてみる。情報、感謝する」
お礼もそこそこに、宰相達は受付に向かった。
「はい、お疲れ様です。ギルドカードをお願いします」
「そんなことより! 大賢者に会ったのは本当か!」
「えっなんですかあなた……大賢者のファンですか?! 僕も先日会って——ねえ、先輩!」
受付にいた若い受付員が目を輝かせて、別の男性受付員を呼ぶ。
呼ばれた男がこちらに来ると、2人は興奮しながら話してくれた——
「そう、それでそのギルドカードが100年前の発行だったもんで、驚いてたらこいつが大賢者だって言ってきて——」
「1級魔術師なんて、本物の大賢者のライセンスですよ! しかもそんな長く生きてるなんて。会えて大興奮です」
「見た目? そうだな20代半ばくらいの男性だった。俺たちの騒ぎを見て眉ひとつ動かさなくてさ」
「あ、彼ですか? 彼ならまだ退出記録がないので、中にいるはずです。そろそろ1週間ですけど、彼が死ぬとは思えないので、しばらくは出てこないんじゃないでしょうか。長旅のつもりなのかも」
「でも見たところあんたら初めて潜るパーティだろ? ダンジョンの中で、まして大賢者を探すのはおすすめしない。大賢者が最深部にいたとしたら、あんたらじゃ出会う前に死ぬぞ」
矢継ぎ早に話されるマシンガントークに、宰相の気分は上がったと思ったらまたイライラで上書きされた。
——見つけたと思ったら、そんな危険なところにいるだと?!
早く出てきて我々の味方になるのだ、大賢者よ——!
***
——一方、その“大賢者”は魔界の最深部で紅茶を飲んでいた。
カフカの生まれた村落は、ほとんどの住民が魔王争奪戦で死んでしまったため、空き家だらけだった。
この数日間、ユナは魔法を駆使して部屋を人が住める状態まで直していた。
《ユナは落ち着きすぎなのだ》
《俺がいるんだから、ここがいちばん安全だろ。ほら、カフカ》
ユナは物体創造魔法で作ったソファに、足を組んで雑に腰掛けている。隣に座るカフカに、収納魔法からそっとクッキーを差し出した。
白いレースが砂糖菓子で描かれているクッキーで、なんとも可愛らしい。
「ん……美味しい」
「お嬢様がいつかメイドを脅して買いに行かせていた菓子店の新作です」
「いつの間に買いに行ったのだ?!」
「いやまあ、ちょっと先日」
ちょっとどころじゃなく優秀な従者である。
正直、魔界でこんな堂々とお茶をするとは思っていなかったのだ。
この家には、カフカの練習を兼ねて認識阻害の魔法と、ボロ屋に見える幻覚の魔法をかけている。
でも、もし探知魔法が使える魔族に見つかればもちろん安全ではない。
《魔法が上手くなったな、カフカ。魔法を多重展開してても俺と冗談を言う余裕があるなんて》
《誰かさんのスパルタのおかげなのだ。大感謝なのだ》
フン、と鼻を鳴らして皮肉で抗議する。誰かさんはニヤニヤと意地悪く笑うだけだ。
探知魔法も並行してかけているが、とりあえず500メートル付近に生体反応はない。
《何人か、悪意を持ってこの村に入ってくる影があるな》
《何?!》
《——生体反応はない……影の数は20……いや、多くね?》
ユナの戸惑う感情を拾った。カフカには思い至る存在がいる。
何人もの影を連れ歩き、探知魔法が使えて、生者にいつも悪意を持って近づく、生体反応のない死体の魔族といえば。
実は、大抵の魔族が抱いているのは悪意ではなく、純粋な殺意なのだ。悪意を持っている種族はあんまりいない。
——嘆きの亡霊を引き連れた、不死者の魔術師。
多くの死者が出た過去があるこの村で、出会いたくない魔族ナンバーワンなのだ。




