18 『賢王の戦い方』なのだ
ユナが考えた通り、『ユナス・ワーグナー』は特に問題なくダンジョン入口を通ることを許された。
——時は遡って数刻前。
「発行元が“北方諸国”だって? しかも金属製のギルドカード……発行年が100年も前じゃないか?!」
「いやでもよく見てくださいよ先輩、ライセンスが1級魔術師ですよ、“大賢者”は100~200年生きる例があるじゃないですか」
「……そうか、まあ大賢者ならそんなこともあるな」
「そうですよ先輩、1級魔術師ってことは間違いなく大賢者ですよ」
「うむそうだな、問題ないな。——通行を許可する」
ユナは顔色ひとつ変えず、ダンジョンの入口で繰り広げられる会話を聞いていた。軽く会釈すると、その後ろをつむじ風が通り抜ける。
——大賢者の検知魔法に引っかからないのだ。カフカの認識阻害の魔法が、ダンジョン入口の受付員に勘づかれるはずもなかった。
***
「——この卑怯者! 自分の力で戦え!」
目の前の大きなトカゲ——リザードマンが吠えた。彼は満身創痍の体を奮い立たせて、きつく槍を握りしめてカフカ目掛けて突っ込んでくる。
彼の纏う鎧が、足音に混ざってガチャガチャと音を立てた。
「敗者の言葉は聞かぬことにしている」
広げた扇子の向こうで、カフカは目を細めて嘲笑った。次の瞬間、リザードマンの体は風圧で殴り飛ばされ、はるか遠くの大木に打ち付けられる。
ドオン、と地響きの音とともに大木が折れ、リザードマンを巻き込んで倒れた。
土埃が舞い上がる。
カフカは、黒いドレスの裾についた埃を払うと探知魔法を使った。
——生命反応はない。
その時、虚空から1人の男がカフカの足元に現れてひざまずいた。
黒い髪に黒い瞳。黒いスーツを着こなした彼は、およそ魔界に不釣り合いなほど、貴族みたいに美しい顔をしている。
「ユナ。リザードマンからも魔石をとりたいか?」
「頂けるのであれば」
「では燃やすがよい」
カフカが言った途端、リザードマンの倒れる大木から火柱が上がった。
2人はゆっくりと火柱に向かって歩いていく。
カフカたちを盗み見る複数の目があることはわかっている。だから、わざと見せつけるように力を振るう。
崩れて炭となった木の間から、微かに煌めく手のひら大の魔石を拾い上げる。ユナが手をかざせば、魔石は彼の手のひらに吸い込まれて消えた。
カフカはふわふわに広がった黒いドレスの裾を翻し、軽い足取りで進む。
「お前のような強い魔法を手に入れて、私は幸運だったな」
「勿体ないお言葉です、“未来の魔王陛下”」
「お前は私の“魔法”だ。自分の魔法を好きに使って問題などあるまい?」
「仰る通りです」
——揃いの黒い衣装に身を包んだ2人は、こうして魔王争奪戦の舞台に上がった。
***
《しかしなんでユナは魔石を集めてるのだ》
《人間界だといい金になるんだよ》
2人は、カフカの生まれ故郷の村落に潜伏していた。
探知魔法にほかの生命反応はないが、素で喋る時は魔法を使っている。念には念をだ。
《でもそれ……心臓のミイラみたいなものだぞ……?》
《まあ、人間は人間のミイラも盗んで売るし》
《ひぇ……野蛮すぎる》
《魔族に野蛮と言われる日が来るなんて、ミイラ取りのご先祖さまも思ってねえだろうなあ》
おかしそうに笑うユナの気配が、なんだか心地いい。ちょっとユナの記憶をのぞいたところ、人間は魔石に宿る魔力を使って魔道具もどきを使うらしい。これなら魔法が使えない人間も、魔法の恩恵にあずかれる。
そういえば、公爵家では誰も魔法を使ってなかったのだ。
《魔法使いは数がすごく少ないんだよ。だから俺達魔術師はすごいってわけ》
カフカは、偉そうに胸を張るユナを無視した。ユナはちょっと褒めるとめちゃくちゃ調子に乗るのだ。
カフカの生まれ故郷は、魔界の最深部の端っこにある。前世で魔界……ダンジョンに潜っていただけあって、ユナはまるで地図が頭に入っているみたいに、特に苦戦することなくここまで来てしまった。
最深部生まれのカフカですら、ほとんど同じ景色が続いていて迷いやすいというのに。
カフカは、古ぼけた窓から外をのぞく。
永遠に明けない薄紫の空がどこまでも続いていた。魔界を離れていたのはほんの数年なのに、なんだか酷く懐かしく思う。
風が吹いて、草原の草の音がサラサラと聞こえる。
……人間に捕まってここを出る時は、もう二度と戻れないと思っていたのに。
人間界のほうがマシだと思っていた。だから戻る気もなかった。
そんなことを考えていた時、カフカの魔法がユナの意識を拾った。
《故郷が嫌いな奴なんかいねえよ。——俺は、カフカの本物の故郷が見れてよかったと思ってる》
《あの日、ユナが私の故郷を美しいと言ってくれて、嬉しかったのだ。……私には、この景色を美しいと感じる資格なんかないと、思っていたから》
魔界のルールは簡単だ。
一番強い奴が魔王になる。魔王は魔界のルールそのものだ。
だから。弱くて逃げることしか出来なかったカフカは、魔界に居場所なんてなかった。
弱い奴に、故郷を懐かしむ余裕なんてない。
ポン、と頭を撫でられた。物思いに沈んでいた気分が、一気に引き上げられる。
「あんたの“魔法”は、世界最強の大賢者です。これからは、あんたが望むならなんだって手に入る」
「……ふふ、強く出たものだ。世界最強?」
「雇い主が信じなくてどうするんですか」
ユナはいつも、口ではそうやって尊大に振る舞う。でもカフカには、ユナの心の声が聞こえる。
《俺があんたを、望むならどんなところにも連れてってやる。だから、カフカには笑ってて欲しいんだ》
それはまるで祈るような。




