17 恋って、なんなのだ?
「俺と——魔王を目指してくれ」
抱きしめられたまま、カフカは目を瞬いた。聞き間違いかと思った。
まおう? まおうって、あの魔王?
「な、何言ってる……カフカがあの殺し合いに勝てるわけないのだ!」
「なあカフカ。俺はあんたの大賢者だ。俺の魔法は、あんたの魔法だ」
「……なんだその理論」
カフカが冷静に突っ込めば、ユナはカフカを抱きしめたまま楽しげに笑う。
「俺はあんたの従者だ。俺はあんたのものだろ?」
「む、それはそうなのだ」
「じゃあ、俺があんたのものなら、俺の魔法もあんたのものだろ?」
……そうだろうか? む、そうかもしれないな?
するとユナは、テーブルの上にあった四角いカードを魔法で飛ばして手元に引き寄せた。
『1級魔術師 ユナス・ワーグナー』
つい、その文字を目が追う。すると、ユナは隠すことなく、カードをカフカに手渡してくれる。
思ったより重い。金属でできているらしかった。カフカの手元で、カードが煌めく。
「これは、俺が前世で使っていたダンジョンに入るための……まあ、簡単に言えば通行証だ。
北方諸国は……ああ、今は北方大帝国だったか、とにかく戸籍が雑だから。今も使えるだろうな」
「ふうん……私が聞きたいのはそこではないのだ」
カフカは、カードを持ち上げてユナの顔にかざした。
「どうして、本名を教えてくれなかった?」
「それは、前世の名前なんだ。今の名前は“ユナス・ワーグナー”じゃない。今回の俺は……教会に捨てられた孤児だったからな。でも」
そこでユナは一拍置いた。カフカは、次を待つようにじっとユナを見つめる。
「カフカには“ユナ”って呼んで欲しかったんだよ。だから俺は、今世の名前を使う気はない」
それならば、理解はできる。実際には“ユナス・ワーグナー”はもう死んでるってことなのだ。今目の前にいるユナはあくまでも、ユナスの生まれ変わりの別個人。
でも、なんだかはぐらかされている気がする。それともユナは本気なのか?
答えを探そうと、彼の膝の上に抱きかかえられたまま、じっと彼の黒い瞳を見る。
どうせ精神魔法は弾かれるだろうと思っていたのに——ユナの誠意なのか、魔法が弾かれない。
《でも本当に、ただユナって呼ぶカフカの笑顔が見たかっただけなんだ……“あの日”みたいに》
「あの日? あの日ってなんなのだ、私とユナは昔に出会っているのか?」
「いや、俺とカフカは公爵家で初めて出会ったんだ。俺が——前世で勝手にカフカを知ってるだけだ」
「なんだそれは、どういう……」
「ひみつ、って言ったろ。あんたが大人になったら教えてやる」
どうしてなのか、そう言ったユナの笑顔が寂しげに見えて、カフカの言葉は勢いを無くしてしまう。
「もう……子供じゃないのだ……」
以前のやり取りを思い出す。ユナは、恋も知らないお子様のくせに、とカフカを揶揄った。
……この気持ちが恋じゃないなら、なんなのだ?
「カフカは……初めて味方ができたから、それを恋だと思ってるだけだ」
「そんなこと……!」
「——そうじゃなかったらいいなって、思ってるよ。俺の事、好きになんねえかなって思ってる」
ユナの黒い瞳が、カフカを捉えた。射すくめられたように、その場から動けない。
いつもの優しい眼差しでも、余裕たっぷりな大賢者の顔でもない。知らないユナ。
……恋って、なんなのだ?
どうして? ユナのことが好きなのに。
これは恋じゃないのか?
ユナの手が伸びてきて、思わず体が竦んだ。
彼が困ったように笑う。そして撫でてくれようとした手は、下ろされてしまった。
……困らせたいわけではなかったのだ。
ただ、ユナに隣にいて欲しくて。私の知らないユナがいるのがなんだか嫌で。
ひとりで、悲しそうに、寂しそうにされるのが嫌で。
……それなのに、知らないユナがなんだか、こわい。
撫でられたかった、のに。
「ねえ、ユナ」
「……なに?」
「私、魔王になる。だから、ユナはずっと私のものじゃなきゃだめなのだ」
「……ふ、仰せのままに。お嬢様」
ユナはまた、いつもの余裕たっぷりな顔で軽く応える。
今はこれでもいい。
ユナは私の従者なのだ。ユナは、私のものだ。
これが正しい恋なのかはわからない。きっと、私が魔族だから。人間とはルールが違うのだ。
魔王になれば、もう逃げなくて済む。
ユナの魔法があれば、もう魔族に怯えなくていい。
ねえ、ユナ。私、ユナがいれば何も怖くない。
だから、ユナのためならなんだってできる。
本日、21:00までの間に21話まで投稿します!




