16 大賢者の決意
カフカは、自分は弱いから逃げるしか無かったと、諦めて生きていると言っていた。
だけど、本当はカフカは弱くなんてない。
初めて見た時にも思った。だから俺は、『人間なんて殺せる力があるのに、なんで大人しく屋敷に軟禁されてるんだ?』そう思った。
彼女の魔力は多い。それが魔族ゆえなのかはわからないが、もし攻撃魔法がつかえるなら人間界では2級魔術師くらいになっててもおかしくない。
ユナは両手を見下ろした。
小さな窓からさす月明かりで、ぼんやりと手が白く浮かび上がっている。
——本当に、いなくなっちまったのかと思った。
認識阻害の魔法を教えていた時だった。
カフカはあろうことか、大賢者の腕の中にいる——なんて認識の書き換えを押し付けてきた。思わず笑うとこだったよ。
それは設定がずさんすぎる。バレないわけがない。
でもたぶん、あんたはなんにも考えてなかったんだ。
正直、カフカの気配が全く追えなくなって焦った。
魔界で800年も息を潜めて逃げてたからなのか?
俺の探知魔法は、“風のひと吹き”だといっていた。そんなわけが無い。だって、だって今カフカは——目の前にいたはずだろ?!
その瞬間、俺の腕の中で微笑むカフカの幻覚までふつりと消えてしまった。
記憶を振り払うように、ギュッと目を瞑った。
隣でバタバタ寝返りを打つ背中に触れる。
こわごわと触れた手は、彼女の温かさを感じている。息するように展開し続けている認識魔法も、彼女が本物だと告げている。
大丈夫だ、カフカはいなくなってない。
『未来視の鏡』が見せる未来は、まだ来てない。
このアーティファクトは意地が悪い。
未来を見せるくせに。どうしてその未来に辿り着くのかは見せてくれない。
——なんで戦争があんたを殺すんだ?
俺は……どうやってあんたを守ったらいい。
***
「ユーナ!」
「わっ?!」
突然呼ばれて意識が浮かび上がる。いつの間にか眠っていたらしい。珍しくユナより早く起きたカフカの顔が目の前にあって、そのペリドットの瞳を真正面から見つめてしまった。
慌てて顔を逸らす。
「……早起きなんだな、カフカ」
「ユナが寝坊助さんなのだ! ふふ、珍しい」
やたらカフカの顔が近い。顔を逸らしながら起き上がろうと手に力を入れて——自分の手が彼女の手首を掴んでいるのに気付いた。
「ごめ……」
「気にしなくていいのだ。いつもの事なのだ」
手を振りほどこうとして、聞こえた言葉に耳を疑う。
いつも——何だって?
「ユナはたまに酷い顔でうなされている。私はどこにも行かないから、安心していいのだ」
にへ、と微笑まれていたたまれなくなる。
寝言を言わなくなる魔法があればいいのに。
何とか平常心を取り繕って起き上がろうとすると……寝巻きのドレス姿の彼女にベッドに押し倒された。
「……カフカ?」
「私は、どこかに行けるのならユナと一緒がいい」
様子がおかしい。
ユナが、カフカを押しのけてベッドから起き上がると——
テーブルの上に、しまい込んだはずのギルドカードがあった。
今日は雪は降っていないのに、やけに部屋が冷たく感じる。
「ユナス・ワーグナー……って誰なのだ? ユナは……私に何を隠しているのだ?」
カフカの声が震える。
彼女が俯くと、白金の長い髪がサラサラと落ちた。
公爵家を出てから、ちゃんと手入れしてやれてなかったな。彼女の少し傷んだ髪をみて、ユナは少し後悔する。
そうだ、ずっと簡単なドレスで過ごさせている。たまには新しいドレスを買ってやらないと。
宝石だって、昔作ってやったダイヤのネックレスしかない。もっと——
「ユナ!」
カフカの声で、ユナの意識が目の前に戻る。
カフカは、真っ直ぐに顔を上げてユナを見つめていた。
ユナの魔術師の本能が、魔法の展開を検知した。
「“ユナ。私に本当のことを教えて欲しいのだ”」
教えていない。その魔法は。
カフカの言葉が、ユナの意識を侵食するように響く。ユナがいつも展開している精神魔法を弾く障壁が、こじ開けられようとしていた。
「“ユナ。どうして、何も教えてくれない?”」
これは、自白を強要する魔法だ。
カフカの白く小さな手が、ユナの頬に伸びる。触れられた箇所がひりつく気がした。
彼女の、宝石みたいに光る瞳から目がそらせない。
カフカは、ゆっくりとユナの膝の上に乗ってくる。気付けば、両手で顔を包まれていた。
至近距離で目が合う。
「俺、は……」
ユナの口から絞り出すような声が漏れた。魔法の効果か、自責の念か。ユナにはわからなくなっていた。
その時、カフカの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「ユナのばか……好きって言って」
「……好きだ」
泣きじゃくるカフカを、思わずきつく抱きしめる。小さな体だ。彼女はすっぽりと腕に収まってしまう。
「……ばかばか……俺は大賢者だぜって、心配すんなって言うのだ……」
「なんだよそれ、俺の真似のつもりか」
「ふ、フン……」
うちのお嬢様は素直じゃないんだ。
「俺はあんたの、大賢者だ。——だから何も心配いらない。……なあ、カフカ」
「なんなのだ?」
「俺と——魔王を目指してくれ」
本日も、お読みいただきありがとうございます!
明日からはまとめて1章ごとに投稿していきます。
大体5~8話くらいずつの投稿です!
最終話は51話です。最後まで、カフカとユナの逃避行を見届けていただけると嬉しいです!




