2 仕方ないので雇ってやる
「——なあ、俺の事雇わない?
俺は将来大賢者になる男だ。お買い得だぜ」
少年の言葉に、カフカは目を瞬いた。
公爵家の屋敷に突然現れた、見知らぬ少年。どう考えても怪しい。
だが——
どうせ、不自由な身の上なのだ。
怪しい子供一人拾ったとて、カフカの生活は大して変わらないだろう。
「……分かった。お前を雇う」
***
少年は、ユナと名乗った。
とりあえず自室に連れてきてしまったが、不思議なことにやはりいつものメイド達がいない。
改めてよく見てみれば、ユナは見目麗しい顔立ちをしていた。貴族の子供だと言われれば、まあそうだなと思うくらいに。
「……それで、公爵夫人」
「——カフカだ。その肩書きは好きではない」
そうぶっきらぼうに言えば、ユナは面白がるように微笑みを唇に乗せた。
本当に、彼は子供に見合わない顔をする。
「じゃあカフカ。なんであんたは、人間なんかに従ってるんだ?」
——何が言いたい。
真意を探ろうと彼の黒い瞳を見返すが、ただ自信ありげな視線に受け止められただけ。やはり、魔法が弾かれる。
カフカは諦めたようにため息をついた。
「魔界よりはマシだからだ。人間は私を殺そうとまでは思っていない。私は……」
カフカは魔界での出来事を思い出して、言い淀む。
するとユナが訳知り顔で頷いた。
「ああ。“ダンジョン”の魔族たちは血気盛んだからな。目が合えばすぐに殺そうとしてくるよな」
「お前……! 魔界に行ったことがあるのか?!」
“ダンジョン”——それは、人間が勝手につけた魔界の呼び名。人間界と繋がる魔界は、人間からすれば都合のいい遊び場だと言いたいんだろう。
だが、いくらなんでも子供が行ける場所ではない。
「まあ、昔な」
軽く肩を竦めて流されてしまった。
カフカは疑うような視線を向ける。だがユナは気にも留めていない。
仕方なく、カフカは話し出した。
「私は、攻撃魔法を持っていないのだ。魔界でも運良く生き延びただけで、この屋敷の人間を殺せるような力など、持っていない」
「ふうん……その魔力量があるのにもったいねえな」
ユナがこちらを見透かすような目で見てくる。その瞬間、カフカの本能が魔法の発動を検知した。
「なあ、魔法が弾かれて不思議だったんだろ? 見せてやる、『精神魔法』は、こうやって使うんだ——」
視界が暗転する。
次に気付いた時、カフカの足元は見慣れた屋敷の部屋ではなくなっていた。
頬を、乾いた風が通り過ぎていく。
耳に、草の擦れる音が届いた。
「ここは……!」
カフカは何度も瞬きした。でも、目の前の光景は変わらない。
薄紫の空が広がり、足下には広大な草原。遠くにはどこまでも広がるような森が見える。カフカとユナは、大自然の中に浮かんでいた。
だが、ここはただの大自然ではない。カフカには見覚えのある場所だった。
「カフカ。あんたの故郷は、美しい場所だったんだな」
「何故ここが分かる……?」
「あんたの記憶を覗いたから」
ユナは得意げに笑う。そうして、カフカにそっと手を差し出した。
「攻撃魔法が使えないって?
なら俺が、あんたに賢王の戦い方を教えてやるよ」
***
ユナが魔法を解き、2人の周りは屋敷のカフカの部屋に戻っていた。
「もしかして、メイドがいないのもユナがやったのか」
「まあね。ちょっとした認識阻害の魔法だ。今頃、家出したあんたを探して屋敷の周りを探してるはずだぜ」
「お前本当に……魔法が上手いのだな」
「言ったろ? 俺は大賢者になる男だから」
「ふふ、正直おおぼらふきだと思っていた」
つい頬が緩む。そんなカフカを見て、ユナは眩しそうに目を細めた。
「だけど次はあんたがやる番だぜ、さすがにいつまでも姿を隠してはおけないからな」
「? それはどういう——」
カフカが言いかけた時だった。
扉が乱暴に開けられる音が響く。
「お嬢様?! 部屋に戻っていたんですか? 一体何人で探したと思って——」
いつもの口うるさいメイドだ。彼女の後ろからバタバタと数人の足音が聞こえる。
「その子供はなんです? 許可なく公爵家に部外者を入れるなど——」
「うるさい」
「は……?」
メイドの説教を遮れば、彼女は理解できないと言った顔でこちらを見る。それはそうだろう、カフカは今まで口答えしたことなどなかったのだから。
「口を開くなとお伝えしたはずです!」
「黙るのはお前だ。私はこの子供を従者にする。お前はもう来なくていい」
「な、なにを言っているのです? そんなこと、旦那様がお許しになるはずが——」
「私は、黙れと言ったのだ」
カフカはまっすぐ立ち上がる。メイドが気圧されたように後ずさりするのが分かった。
「私はこの子を従者にすると言ったのだ。従わないのなら————」
そう言葉を続けながら、メイドの意識に集中する。魔法で、彼女の記憶を覗いていく。すると、彼女のなかにひとつの記憶を見つけた。
——なるほど、人間は火が怖いのだな。
次の瞬間、カフカは魔法を展開した。カフカの差し出した右手に炎が上がる。
そのまま、1歩、また1歩とメイドに近付いていく。
手を彼女にかざせば、彼女の服に炎が燃え移った。パチパチと音を立てながら、炎はだんだんと彼女から床に燃え移る。
「ひっ……!」
メイドの悲鳴が聞こえた気がした。
「従わないのなら、死んでもらうしかない」
そう告げれば、メイドは服の裾をバタバタと叩きながらみっともなく這いずって部屋から出ようとする。だが、炎は一向に消えない。
それどころか、後ろにいたメイド達にまで炎は燃え移っていく。
その瞬間、口うるさい例のメイドがその場にバタリと倒れた。
「そうか。従者を認めてくれるか」
カフカがそう言った瞬間、燃え続けていた炎は跡形もなく消えた。メイド達の服のどこも焦げたあとひとつない。
「……なんだ、人間は脅すだけで言うことを聞くのか」
カフカの口から、小さな呟きが零れ落ちた。
目の前で震えながら倒れ込むメイド達を見下ろす。何人かは既に気を失っているようだった。
「ただ諦めて、耐えていたのがバカみたいではないか」




