1 望まれない結婚……それより、お前誰だ?
「私は、お前を愛するつもりはない。
——カフカ。お前は、人間と魔族の和平のための人質だ。幸せに過ごせるなど思わないことだ!」
目の前の、髭を蓄えた小太りな人間——グランダ公爵はスーツの襟を整えると、そう言って踵を返した。
カフカは、突然名前を呼ばれてムッとした顔をする。無理やり着せられた人間世界のドレスは、まるで檻みたいに重くて、カフカは立ち尽くすことしか出来なかった。
周りを取り囲んだ召使い達の冷ややかな視線が、カフカの白い肌に突き刺さる。
『魔法』を使うまでもない。心を読まずとも、全員がカフカを歓迎していないことが分かった。
——別に。魔界にいても、私は思い通りになんて生きられないのだ。それなら鳥籠の小鳥でも、殺されないだけ人間界の方がマシか。
カフカはその幼く美しい外見に似合わない、暗く淀んだ瞳で地面をじっと見る。
絹のような長い白金の髪が、彼女の思い詰めた顔を隠すように、さらさらと滑り落ちていった——
***
それからの日々というもの、カフカにとって素敵な日々とはいいがたかった。
朝起きれば、数人のメイドがやってきて、身支度をされる。だが——
間違えたフリをして、髪を引っ張られ、髪を切り損ねたフリをして、耳を切り付けられたこともある。
食事は、まるで人を家畜かなにかだと思っているかのような、床に直置きの生肉だけ。
世話をするといって付き従うメイド達は、全員がカフカの監視員だった。どんな時でも、カフカは獣を見るような嫌悪の目に晒されなければならなかった。
「お嬢様。本日のお化粧はいかがですか?」
そう呼ばれて目をあげれば、鏡台に映る自分が目に入る。
白金の髪は、長い耳を隠すように高く結い上げられ、巨大なピアスがぶら下がっている。首元には、首が折れるのではないかと思うくらい重たいネックレスがかけられていた。まるで、首輪のように。
クマの酷い顔に、生気のないペリドットの瞳が鏡の向こうからこちらを見ていた。
——魔界にいた時よりも、酷い顔をしているな。
だがまあ……いつも通りなのだ。
カフカはこくりと頷いた。
口を開かないように、言いつけられているからだ。
《……不気味な女》
カフカの魔法が、ちり、とひりつく感情を拾った。
ついそのメイドを見上げれば、勢いよく頬を叩かれる。
「何よその目は?!」
「……痛っ」
「ちょっと! 口を開かないでちょうだい! なんて忌々しい牙なの?!」
怒りをたたえた顔のメイドに、椅子から蹴落とされた。
——なんて、理不尽なのだ……
そもそもお前が叩くから、口が開いてしまったのではないか。
だが、理不尽さでいえば魔界の方が酷かった。
目があったら最後、突然戦いを挑まれどちらかが死ぬまで殺し合わねばならない、そんな日々だったのだから。
——だからまあ、まだ人間界の方がマシだ。
カフカは、重たいドレスを引きずって自分でなんとか起き上がると、メイドを手でシッシッと追い払った。
《本当に、気持ちの悪い女》
カフカの魔法が、メイドの感情を拾う。
メイドは、内面にそぐわない落ち着き払った顔で一礼すると入口の壁際まで下がった。
——本当はこの部屋から出ていって欲しいが、まあ仕方ない。
カフカは何度目かのため息をついて、長い一日をやり過ごすために書き物机に向かった。
もう、こんな日々にも慣れてしまった。
***
「なあ、公爵夫人。なんでこんなのに従ってんの?」
廊下で突然声をかけられ振り向くと、見知らぬ少年がいた。カフカは口元に扇子を当てながら、彼をじっと見つめ返す。魔法を使ってみたが、なにかに遮断されたように彼の感情が読み取れない。
ブルネットの髪に、意志の強さを宿した漆黒の瞳。
人間の年齢はよく分からないが、どう見ても彼は子供に見えた。
返事をしないカフカを見て、少年はさらに続ける。
「あんた——本当は魔族だろ。この屋敷の人間なんて全員殺せる力を持ってるはずだ」
その目は、ふざけているようにはとても見えない。
その言葉の不遜さに、慌てて周りを見回した。だが、不思議なことに、いつもカフカにべったりと張り付いている見張りのメイドたちが、廊下のどこにもいない。
……魔族だというのは、隠されているはずだ。
私は外に出るなと言い付けられている。何故私のことを知っている——?
「なんで知ってんのかって顔してんな」
彼は年齢にそぐわない、大人びた顔で小さく笑った。
その姿が、やけにカフカの視線を奪う。
「——なあ、俺の事雇わない?
俺は将来大賢者になる男だ。お買い得だぜ」
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ここからカフカとユナの物語が始まっていきます。
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本日は連続7話投稿予定です。




