14 大賢者との生活は幸せなのだ
ユナの家は、北方大帝国のダンジョンからほど近い山間にある。
いつも冷たい風が吹いていて、周りは黒い山肌に囲まれている。ユナから聞いたが、ここは火山の毒素のせいで植物が育たないのだという。
その日は、雪が降っていた。
朝起きてユナの家から出たら、世界が真っ白に変わっていた。
「冷たいのだー!」
ユナに着せてもらった白い毛皮のついたコートで外に出る。ふわふわと舞う雪が、カフカの鼻先に落ちて溶けた。
「転ぶなよー」
後ろからユナの声がする。
「ユナ! 雪なのだ! 初めて見る!」
「おうよかったな、それっ」
「痛っ! なにをする!」
ユナが魔法で丸めた雪玉を投げてくる。避けきれずに顔面に食らった。
「探知魔法がまだまだ甘いな、だから当たるんだよ」
「ぐぬ……」
何とも偉そうなユナ。だが探知できていなかったので反論できなかった。
探知魔法は使えるようになったものの、まだカフカは意識しないと使えない。
ユナは殆ど24時間ずっと展開し続けているというのに。だが、人生2周目の大賢者と同じ扱いにされては困る。こちらは一般の魔族なのだ。
「“雪合戦”っていうんだ。俺が子供の頃よくやった遊び」
「そうなのか! 私も投げていいのだな!」
そうと知れば、カフカは地面にしゃがんで手当たり次第に雪を丸めてユナに投げ飛ばす。
魔法障壁を展開されて、ユナにかすりもせずに雪玉は粉砕された。
「お、おとな気ないのだー!!」
「アッハッハ、大賢者に傷をつけようなんざ100万年早いぜ」
ユナと二人で暮らし始めてから、もうひと月が経つ。魔族の時間感覚からしたらほんの数瞬の出来事だ。
それなのに、もうユナが隣にいることが当たり前になっていた。
カフカはどさりと雪に倒れ込んだ。思ったよりみっちりとしていて、てっきり地面までめり込んでいくと思ったら、途中で止まったのでなんだか面白くなってしまう。
まるで雪のベッドだ。
「おいコラ、風邪ひくぞお嬢様」
「ユナが魔法で何とかしてくれるから平気」
「……言っとくけど、魔法で風邪は治せねえからな」
雪に倒れ込んだカフカを、ユナが上から見つめてくる。そうして、寝転んだカフカをそっと抱き上げてくれた。
「あ〜あ、雪まみれ」
「ふふ」
「なんだよ?」
カフカは思わず口元を緩めた。抱き上げてくれたユナの胸にぎゅっとしがみつく。
「ユナは……魔法でなんでもできるのに、私を持ち上げるのは絶対、自分の手でやってくれるのだ」
「な……」
ユナが言葉を失って目をそらす。そっぽを向いた横顔が、ほんの少し照れたように赤くなっていた。なんだかくすぐったい気持ちになる。
「こっち見んな、放り投げんぞ」
「ユナはそんな事しないって知ってるのだ」
「ったく……どこで覚えてくんだ、そういうの」
苦笑しながらも、ユナはカフカを下ろそうとはしなかった。
「教わったとしたら、ユナになのだ! 私に幸せな気持ちを教えてくれたのは、ユナが初めてなのだ」
「はいはい、よかったな」
雑に流しながらも、ユナは満更でも無い顔をしている。カフカは、なんとなく得意げな気持ちになってさらに言葉を重ねた。
「こんなに楽しかったのは初めて。ユナは? ユナも私と暮らすのは楽しいか?」
「……ああ、楽しいよ」
ユナは、一拍置いて笑うとカフカの頭を撫でた。
ユナの笑顔が、どこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか?
——私はユナと一緒にいられて幸せなのだ。だからユナも、私と一緒にいて幸せになって欲しい。
「部屋に戻ろう。雪はまだ酷くなるぜ」
***
「ユナの予言通りなのだ」
カフカは、ベッド横の小さな窓から外を見ながら言った。昼間よりも雪のかさが増えて、なんだかユナの家ごと飲み込まれてしまいそうに見える。
ふわふわと舞っていた雪はいつの間にか吹雪に変わっていた。
「予言じゃねえけど……ホラ、夕飯にするぞ」
キッチンに立っていたユナが、両手鍋を持ってテーブルに向かう。それを見て、カフカはベッドから降りると椅子に腰掛けた。
「でっかいポタージュ?」
「いや、これはシチューだよ、多分あんたが好きな味のはずだ」
テーブルの中央に置かれた鍋は黙々と湯気を上げていた。真っ白なポタージュに似たスープの中に、緑やオレンジ色の鮮やかな野菜が浮かんでいる。
ユナがスープ皿にシチューを取り分けてくれる。木のスプーンを受け取って、ひとくち口に入れてみた。
「……! 美味しいのだ!」
「だろ」
ポタージュより、すこし塩気の強い甘めのとろっとしたスープ。ほろほろのお肉と、とろとろの野菜もくせがなくて美味しい。
ユナは得意げに笑うと、自分でもシチューを食べている。バスケットから塩パンをとると、1口ちぎってシチューに浸していた。
カフカは、ユナの真似をしてパンをシチューに浸してから食べてみる。美味しい。
いつもは固くて苦手なパンが、柔らかくなって食べやすい。
「ユナはなんでも出来るのだ。料理が得意なのだな」
「おう、まあな……と言いたいところだけど。そうでもねえよ。
少なくとも、前にこの家にひとりで住んでた時にこんなちゃんとした料理はしてなかった」
「そうなのか?」
「そ。だからあんたのためだよ」
***
——夜更け。まだ外はやまない吹雪に見舞われていた。
時折風に負けて、立て付けの悪い扉がカタカタと音を立てる。
ユナは、ひとり椅子に腰掛けていた。
部屋の奥では、ベッドを占領して大の字で眠るカフカが見える。
こんな日々が、このまま続けばいい。
そう願っても、ユナは夜中の日課を辞められない。
右手をかざすと、半透明に輝く『未来視の鏡』が現れた。
鏡は空中に浮かんで、笑顔のカフカを映す。
そして次に——戦火の中で息絶えるカフカの白い顔を映し出した。
「……ダメだ、まだ未来は変わってねえ」
このまま逃げ続けても、この世界は戦争に進んでしまう。
——ふたりの世界はいずれ終わる。
アーティファクトの淡い光が、ユナの黒い瞳をぼんやりと照らし出していた。
本日3話投稿します!




