12 ユナドラゴンなのだ!
「ちょうどいい。練習台になってもらおうぜ」
ユナが好戦的な笑みを浮かべた。
常々思っていたのだが、ユナは血の気が多い。これだから男の子は。戦うのが好き過ぎて困るのだ。
2人は、ユナの家からほど近い、北方大帝国とリアナ共和国の国境にいた。それはつまり、魔界の目の前でもある。
——だが2人の目的は、魔界……ダンジョンではない。
ユナがかけた魔法で、空中を泳ぐように浮かぶ。何重かにかけられた認識阻害の魔法の効果か、空に浮かぶ2人に気づく人影はない。
大規模検閲に失敗したガロリア王国は、次の一手を打っていた。
それが、2人の眼前に広がる光景だ。
魔術師を筆頭にした軍団が、ガロリア王国を出発し、ダンジョンに向かって行進していた。
魔族のカフカが逃げる場所といえば、魔界。そう考えたのか、あるいは国境付近を占拠して探そうとでもしたのか。
「カフカ。俺が攻撃魔法で撹乱する。しっかり探知して反撃してくる魔術師を特定しろ。
——そうだなあ、派手な幻覚も見てもらうとするか」
ユナが空高く舞い上がる。
次の瞬間、ユナの姿は巨大な漆黒のドラゴンへと変わった。
《カフカ。俺が攻撃されないよう、しっかり探知してくれよ》
これだけ離れていても、ユナの感情はしっかりと拾うことができる。
カフカは覚悟を決めた顔で、地上近くに降下していった。軍団の500メートル付近まで来たところで、空から隕石が降り注いだ。
——幻覚か。
カフカがそう思った次の瞬間、隕石が着弾した地面ごと魔術師が吹き飛んだ。
——……幻覚か……?
ユナの魔法はあまりに精度が高すぎて、カフカからは幻覚なのか本当の攻撃魔法なのかがわからない。
カフカが狼狽えている合間にも、ユナドラゴンは炎を吐きながら上空を旋回している。たぶんこっちは幻覚。
魔術師団の持つ国旗が、ユナドラゴンの吐いた炎で燃え上がり、魔術師達が慌てているのが見える。
何人かが水魔法を使う気配がして、カフカは首を振った。
集中しなければ。
目を閉じる。魔術師達が狼狽え、口々に文句を言っているのが聞こえてきた。
カフカの魔法が、魔術師の殺意を捉える。
雑音の中を泳いでいる感覚だ。
——見つけた! 詠唱する魔術師がいる!
ユナ! 前側に3人、後ろに6人!
《おう、よく出来たな》
カフカが探知した直後、予想通り、前に3つ、後ろに6つの魔法陣が展開する。
その瞬間、ユナの放った隕石が直撃した。
発動する前に魔法陣は割れ、隕石の衝撃で魔術師たちが吹き飛んでいく。
《バッカじゃねえの、そんな発動速度じゃ大賢者は捕まえられないぜ》
フフン、と得意げに鼻を鳴らす音まで聞こえそうだ。
すると、カフカの探知魔法に巨大な魔法が引っかかった。詠唱源を特定しようにも、なんだか混ざりあってひとかたまりになっていて特定できない。
ユナ?! なんか来るのだ……!!
《なるほどな、複数人での巨大術式か。でもな、ドラゴンはそんなチンケな魔法じゃ倒せないもんなんだよ!》
ぐわ、とユナドラゴンが牙を剥いた。
ユナの生み出した幻覚はどんどんと体積を増して、元の2倍まで膨らむ。
巨大なドラゴンは、編み上げられた巨大術式をばくりとひとのみしてしまう。魔法は、発動する前に霧散した。
——凄い、どこまでが幻覚で、どこからが魔法だったのかわからなかった……
ドラゴンはもちろん幻覚なのはわかるのだ。だが、あの巨大な魔法陣をかき消したのは、ユナの魔法だ——繋ぎが鮮やかすぎて本当にドラゴンがいるみたいだった。
力の差は歴然だった。
魔術師団はほとんど何も出来ず、散り散りに撤退に移る。
ユナドラゴンは、遥か上空を旋回すると、ダンジョンのある死火山に向かっていき、消えた。
まるで本物のドラゴンが、魔界に帰ったかのように。
しばらくして、魔術師団の消えた場所には幾つものクレーターだけが残されていた。
「……幻覚ではなかったのか?!」
「攻撃魔法使うって言ったろ」
いつの間にか、カフカの高度まで降りてきていたユナに声をかけられる。
「もしかしてドラゴンも幻覚ではないのか?」
「おうそうだぜ、実は大賢者はドラゴンに変身できるんだ」
「ええ?!」
《バーカ。信じるな、幻覚だよ》
「む、も、もちろん信じてないのだ。演技なのだ」
フン、と胸を張って見せる。すると、ユナの揶揄いを含んだ感情が届いた。
《どうだか》
「帰るぞ」
ユナが両手を差し出してくる。カフカが素直に手を取ると、ひょいっと抱き上げられた。
そしてそのままユナの転移魔法が発動する。
次に目を開けた時、2人はユナの家に帰ってきていた。
***
——その日の夕刻。
慣れない探知魔法を使ったせいか、カフカは早めに寝落ちてしまった。
ユナは、紅茶を飲みながらその寝顔を見つめていた。
——正直、魔術師団なんか俺の敵じゃない。
だけど……
ガロリア王国の指名手配をのらりくらりかわすのは、たぶん不可能じゃない。
でも、それは解決したことにはならない。
ユナは指名手配書の内容を思い出していた。
そこには、『生死は問わない』とあったはずだ。
ガロリア王国は、確実に戦争を起こす気だ。もう、カフカを和平の人質なんかにする気がない。
今日、ドラゴンの幻覚で暴れたのは、ただ魔術師団を追い払いたかっただけじゃない。
あえて、ダンジョンの目の前で暴れてやった。
“ダンジョンを守る存在”がいる。
そう見せつけるように。
——さあ、ダンジョン利権争い中の諸国の皆様方。
次はどう出る?
暗闇の中で、ユナの唇に好戦的な笑みが浮かんだ。
本日は、この後21:00にもう1話投稿します。




