表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/25

第二十三話 明かすとき(前編)

書きたいシーンがたくさんあり、その上書いていて楽しくなってしまったので、初めての前後編となります。

ヒロイン友加の覚悟、最後まで見届けてください!

 由命界(ゆうめいかい)総合病院の大会議室の扉を開け、俺は長テーブルとパイプ椅子を運び込む。正面にテーブル一つと椅子を二脚、向かって左にはテーブル一つに椅子を四脚。右にテーブルを設置したところで、俺はふと手を止める。ここは何脚いるだろうか。


「どうした? 指でも折ったか?」


「そんなんじゃありませんよ」


 遠くから監督をしている安倍(あべ)に答え、椅子を三脚出す。こちらをからかって遊んでいるだけの安倍に、大真面目な返答は必要ない。俺はテーブルと椅子を一旦並べ終え、安倍の隣から室内を見回す。直線的に並んだそれらに、俺は満足して笑顔になった。


「安倍さん。会場設営、これで良いですか?」


「ああ、さすが北条(ほうじょう)だ。几帳面なだけあって、綺麗に並んでいる」


「いつもどおりです。他に褒めるところ無いんですか?」


 安倍と俺の最終手段『博打』。広い室内に事件関係者を集め、それぞれから真実を引き出す。証言を突き合わせ矛盾を追及し、事件の真相を解明する。俺たちの都合でしかない、関係者からしてみればたまったものではない手段だ。


 だからなのか、安倍は会場の設営にこだわる。全員が話しやすい雰囲気づくりを心がけており、顔を合わせる形でテーブルなどを並べることが大事だと考えている。そして自分が言い出しっぺでありながら、その仕事を俺に放り投げる。こんなんだから、俺はいつまでも安倍の下僕なのだ。


 でも安倍は、下僕のことだって褒めてくれる。俺が感想を求めれば、いつも必ず綺麗だと言う。今日もいつもどおり、綺麗だと言ってくれた。普段ならしない賭け方だったので心配していたが、杞憂で終わりそうだ。


「……北条、君はこれを見て何も感じないか?」


「なんですか? いきなり。何もないですよ。普通の会議室です」


 いつも笑みをたたえた安倍の顔に、急に陰りが生じる。俺はそれを取っ払うように嗤ってみたが、安倍の顔付きは変わらない。やはり、杞憂で終わらせてはくれなさそうだ。


「そうですね……。少し考えさせてください」


 安倍にことわりを入れ、俺は室内を注意深く観察する。床も壁も天井も舐めるように見尽くし、それから俺は親近感を感じた。机の配置に、厳格な雰囲気。俺はこの光景をどこかで見たことがある。記憶を奥底から引っ張り出し、その場所を思い出そうとする。


「あ!」


 しばらく唸り、俺はようやく思い出した。そのとき、あまりにもな納得感に声があがる。記憶のかけらが、現在の景色にぴったりとはまった。全然違うはずなのに、今の俺には同じに感じる。


「法廷です! 刑事事件の。正面にある裁判官の席、左にある原告側の席、右にある被告側の席。そして俺たちがいるのは、傍聴席といったところでしょうか?」


「そうだな。すまない、当たりだ。君に不快な思いをさせてしまった」


 安倍はいきなり方向転換をし、踵を返す。つい先ほどまで俺に思い出させようとしていたのに、俺が望みどおり思い出したら謝ってくる。去って行く背中を訝しみながら、俺は安倍の心情に思いを馳せた。


 まず前提を整理する。俺がテーブルと椅子を並べる役割なのは当たり前。今となっては、お互い疑問にも思っていない。そして安倍が謝罪をしたのは、俺が法廷だと言い当てた後。『法廷』がトリガーになったということか。


 俺は、一人きりになった室内を練り歩く。そこで右側の席が不完全だったことに気付き、パイプ椅子のワゴンを端に付けた。スマホを開き、配流(はいる)(れい)の関係者名簿を呼び起こす。この中の何人が、来てくれるだろうか。それによって用意する椅子の数が変わってくるので、早めに連絡をして欲しい。


 そう考えていた俺は、はっとしてスマホを落とす。慌ててそれを拾おうとするが、驚愕で震える腕には力が入らない。黒い画面に、血の気の引いた男が反射する。


 俺は今、何を考えていた?


 こちら側に、自分が原告の席だと言ったこの場所に、彼らを座らせようとしていた? 無意識のうちに対立関係を読み取り、それを助長させるような並べ方をしていた?


 ぶわっと音を立てて、汗が分泌され鳥肌がたつ。モノクロの世界で顔が青ざめていくのが分かる。俺は、なんてことをしようとしていたのだ。俺より安倍の方が、俺のことを良く分かっているではないか。


 この事件を担当すると決まったとき、俺は安倍にもらしていた。あの悩みを、覚えてくれていたのか。


『今回の事件関係者の中に、荒牧(あらまき)(みなと)って人いますよね。あの人、俺の父親の事件で誤認逮捕をしてしまった刑事の息子さんなんです。当時、けっこう話題になったんですよ。刑事と真犯人に、同い歳の息子がいるって』


 初めての捜査会議が終わった後、俺はそう呟いていた。聞かせるつもりではなかったのに、隣にいた安倍は姿勢を正して耳を傾けてくれた。それを知らぬまま、俺は続ける。


『俺の父親のせいで家族が歪められたっていうのに、今度は俺が直接荒牧さんを歪めに行くんですか。運命って残酷ですね』


 あまりにも気が滅入っていたのか、つらつらと恨みごとが出てきた。本心なのに、別の誰かに無無理矢理口を動かされているような感覚で、ぼんやりとした意識のまま虚空を睨む。


『なんで犯罪者の息子が、刑事の息子を追い詰めなきゃいけないんでしょう。原罪が重いのは俺の方なのに。神様のバカ』


 俺自身は記憶になかった。それでもこんな投げやりの憎しみを、安倍は覚えてくれていたのだ。ただの部下を、思いやってくれているのだ。


 心の底から現状を呪っておきながら、俺はそれを忘れて突っ走っていた。端から見たら、それこそすぐ隣の安倍から見たら、憎悪に突き動かされているように感じただろう。だから、俺がこのテーブルの並びをしたことに焦って気にかけてくれたのだ。


 俺がここに自分の心内を描いたのかと、俺の精神状態を心配してくれた。それなのに俺が無意識だったから、気付かせてしまったことを申し訳なく思ってくれた。なんて、思いやりのある上司なのだろう。優しさと粗暴さを共存させているバディに感謝しておかねばと、彼の背中を追う。


「あ! 安倍さん」


 廊下を二つ目の角で右に曲がると、突き当たりにバルコニーが見えた。そこで風に吹かれている安倍を見付け、俺はバルコニーへのドアを開ける。


「北条、顔色が悪いが大丈夫か?」


「もともとです。問題ありません」


 手すりに背を預け、安倍はこちらを振り返った。俺は安倍の隣で手すりに肘を乗せる。体勢的に俺が安倍を見下す形になってしまったが、安倍は気にしていないのか普段の調子で声をかけてきた。


「君を捜査から外すことは、君のためにもなると思うんだが」


「安倍さんには、俺がそんなにも繊細な人に見えるんですか? 解釈違いがすごいですよ」


「……本当にそうか? いろいろ気になることもあるだろ」


 やはり、安倍はあのときの言葉を覚えている。俺なんて、ついさっきまで綺麗さっぱり忘れていたのに。いつもの顔の裏に、優しさが見え隠れしている。口ではもう、隠そうともしていない。


「さっきの件、気付けて良かったです。俺いつの間にか、関係者たちをそういう目で見ていたんですね。刑事失格です」


「そんなことはない」


「いえ。安倍さんが言ったんですよ。誰がどんな情報をもっているかは分からない。その情報が役に立つのか、不要なのかも分からない。だから俺たちからすれば、関係者は全員が平等だって」


『博打』の必要性を問い詰めたとき、安倍は胸を張ってそう答えた。警察の仕事や使命を疑うことだと思っていた俺にとって、人を平等だと考えられる安倍は眩しかった。感銘を受け、心を打たれ、俺は安倍の考えを指針にしようと思った。


「俺勝手に、この人たちは被害者だとか、この人たちは悪い人たちだとか考えていたんです。それを自覚していなかったのが、ものすごくたちが悪い。安倍さんみたいになりたかったのに」


「そうだな。だが、そんな俺が対面式の並べ方を提案しただろ? 君が気に病む必要はない」


「安倍さんのそれは協力してくれる人たちのため、俺のは自分が勝手に線引きをした結果。こんなにも違うんですよ」


 人のためか、自分都合か。天と地ほどの差があるのに、安倍は自分のせいだとも言い張る。いったいどこまで、この人はバカなのだろう。


「それに、俺は自分の考え方にショックを受けただけで事実では傷付いていませんから。被害者側と加害者側が混在しているのは事実ですが、関係者を区別してしまったのは俺の落ち度です。あなたなら、こんなことはしなかった」


「ずいぶんと、俺を買い被ってくれるんだな」


「あなたと俺は大違いです。だから、もうあなたを目指すのはやめます」


 俺なりの決別だ。きっぱりと断言する。安倍を指針にすれば、安倍と自分を比較することが習慣化してしまう。安倍とは違うと言うと、安倍が申し訳なさそうにしてしまう。俺も安倍も良い気分でバディを続けるためには、俺たちが別人だとしっかりと割り切らねばならない。


「あなたは、対等な関係から真実を導き出そうとした。だったら俺は、対立した関係から真実を導き出す」


 目を細め、だらしない格好をしている安倍を見下ろす。


「安倍さん。見ててください。俺は俺のやり方で、真実を引き出してみせますから」


 バディに宣戦布告をし、俺はバルコニーから出る。後ろで安倍が、笑ったような気配がした。俺が相当、面白可笑しいのだろう。自分でだって嗤いたくなる。


 全部、無意識の中での出来事だった。現状を恨んだことも、協力してくれる人たちを分断したことも。望んだことではないのに、あたかも俺自身が望んでいたかのように振る舞う。でも、それで良かった。


 だってこれは『博打』なのだから。賭け方が変わったところで、勝てれば良い。勝つだけで良い。最後に真実の名の下に裁きを下せれば、それが俺たちの勝利なのだから。


ーーーーー


 父親に連れられ、私は白い廊下を歩く。私の前を闊歩していく父の横では、母親が鼻歌を歌っていた。勇んでいる父と、のんびりとした母。天王寺(てんのうじ)友仁(ゆうじん)美加(みか)の背中を、私はため息をこらえながら追った。


「ここに来るたび、広さに驚かされるわね。毎日少しずつ、大きくなっているんじゃない?」


「そうかもな。なんせ、あの寺島(てらしま)定芽(さだめ)が院長だからね」


 あの、とは何だろうか。そろそろ年金がもらえる年齢だというのに、ふざけたことをぬかす両親に疑問が湧き出る。この言い方だと、定芽が職権を乱用し自分の好奇心を満たしているということになってしまう。


 私のイメージだが、定芽は礼儀正しく他人を慮れる人だ。この二人の言うような、お笑いごとはしない人に思えた。なのに、私の両親からは面白半分で子供じみたことをすると思われていたのか。ただ、美加は定芽の幼なじみなので一概に否定は出来ない。


「定芽は面白いことが大好きだからね。今回も、だいぶ面白いことに賛成したみたい」


「ああ。おかげで外科は今頃、パニック状態だな。部長の私とエースの篭野(かごの)くんが抜けたのだから」


「え! 法助(ほうすけ)くんも来るの?」


 聞こえた名前に、だんまりを決め込んでいたはずの私は弾かれるように口を開いた。私は父に警察の取り調べに同席して欲しいと頼まれただけなので、篭野法助も来るなど知らされていなかった。知っていたら、今より喜んで来たのだが。


 今回のこれは警察からの要請ではなく、父からの頼みだった。だから面倒くさいことを避けるために拒否していたのだが、母に逆らわないであげて欲しいと頼まれ、挙句の果てには私も行くからと言われてしまった。よって、その言葉に従い今である。


「最初から法助くんも来るって教えてくれれば、私二つ返事で了承したよ。お母さんまで巻き込むことはなかったのに……」


「なんで篭野くんだったら良くて、お父さんだったらダメなんだ?」


「だって、お父さんのことだから事態をややこしくしそうだなって」


 実際、友仁にはそういうところがある。自分が思ったことを他人にすぐ押し付けるし、ありがた迷惑と言われるくらいに相手のためと言い訳をして偽善行為をする。性格や口調が優しいタイプの人だから良かったものの、老害に片足を踏み込んでいるのではと思わなくもない。


 良くも悪くも、私の父は若いままなのだ。情熱、意欲、気力にあふれ、やりたいと感じたことは最後までやり抜く。不可能を知らないうちに大人になり、大人になってからも知ることがなかった。その優秀さで、物事を思うがままに転がしている。


「今回は何を企んでるの? 法助くんまで利用して」


 娘でありながら、私はこの男を信用しきれていない。今だって、友仁が何を考えているのかがまったく読めず彼を警戒している。私にだって思い描く未来がある。それでも友仁はそこを土足で踏み荒らし、自分のキャンパスにしてしまう。それだけはこの状況で、避けなければならない。


「篭野くんと話したんだ。玲の気持ちを上向きにしようって。あの子に、生きることを諦めないでもらいたい」


「お父さん、それは私も同じ。だからこそ、これ以上はやめてもらいたい」


「それはどうしてだ?」


 口調こそこちらを尊重するものだが、その目付きは険しい。鋭く細められた瞳が、私を異物として射止める。それはまぎれもなく、責任感の強い父親の目だった。友仁も美加も、配流玲を我が子のように想っている。そうでなければ今頃、玲のことを見放している。こうして彼のことを、元気付けようだなんて思えていない。


「お父さんの気持ちも分かる。でもね、玲の性格知ってるでしょ? 自分が想われていると分かれば分かるほど、玲はそこにふさわしくない自分を責めてしまう。お父さんや法助くんが想いを伝えたところで、玲が自分を卑下して終わり。良いことないよ」


「たしかに、玲にはそういうところがある。だが、伝えないよりはマシだ。篭野くんも、玲のことが大好きだからと動いてくれようとしている」


「それは、お父さんがそう仕向けたからだよ。そろそろ自覚しな。人を自分の操り人形にするその癖」


 インテリヤクザを思わせる風貌をしておきながら、法助は純粋な人間なのだ。人の意見に流されやすく、医大や研修医時代にはイエスマンと陰で呼ばれていた。彼には譲れない芯があるので、そこを上手いこと絡めてやれば彼を取り込むことは造作もない。つまり友仁にとって、法助を思い通りに動かすことは赤子の手をひねるよりも簡単なことなのだ。


 父に呆れ、ため息が出てくる。私は邪魔な父を押し退け、大会議室の扉を開けた。室内には、長テーブルがコの字を九十度回転させたような形で並んでいた。私は、その中心に立つスーツの男に声をかける。


「こんにちは」


 見たことのないスーツの男は、私の挨拶に振り向き軽く頭を下げた。そして、キツネと同じくらい吊り上がった目をさらに細め笑みをつくる。


「初めまして、こんにちは。捜査一課の北条といいます」


「天王寺友加です。こちらは父の友仁、この病院の外科部長をしています」


 自己紹介と父の紹介をし、母のこともと振り返るが彼女の姿はもうなかった。本当に言葉どおり、ここまで一緒に来ただけだった。マイペースなのか正直者なのか判断がつかず、私は父と顔を見合わせ首を傾げる。


「お母さん、帰った?」


「おそらく」


 父も渋い顔をしている。結婚して四十年余り、ずっと尻に敷かれていたせいでこういうときには弱くなる。可愛い男だ。


 私は扉の外に出て、母の背中を探す。だがやはりと言うべきか、白い廊下がまっすぐに伸びているだけだった。諦めかけたそのとき、曲がり角からポークパイハットを被った男が姿を現す。私は驚き、思わず目を見開いた。


「ちーくん! どうしたの?」


 病院であると理解しながら、私は駆け足で彼に近寄る。すると彼も目を見開き、私をまじまじと観察した。私は囁き声で質問をし、会話を促す。


「いや。友加ちゃん、電話出えへんかったから忙しいんかと思ってたんやけど」


「ごめん。お父さんとこっち向かってたから」


「なんや。そんなら良かったわ」


 安堵しながら囁き声で返してくれた千歳(ちとせ)(じゅん)に、私は眉根を寄せた。私に電話をかけていた理由も、そもそもどうしてここにいるのかも分からない。私は説明を求めて、彼の袖を引いた。


「どういうこと?」


「法助から、警察の聴取に同席して欲しいって頼まれてな。そんで事件の真相知っとる言うたら、話した方がええ、そっちの方が玲のためになるて法助が。せやから、証人として友加ちゃん呼ぼうとしてたんや」


 説明を聞きながら、私は頭を抱えたくなった。つまり、友仁から法助へ、その法助から巡へ、その巡が私へと繋ごうとした。その裏で私が父に誘われてここまで来たものだから、巡からすれば目的は達成されたということになる。まったく、どいつもこいつも。一人では不安なのか。


「じゃあ、ちーくんは法助くんにあのこと言ったの? 玲のお兄さんのこと」


「それが、まだ言えてへんねん。なんか、法助にはあんま知らんで欲しいような」


「そうだよね。私も同じ気持ち」


 仲間外れにしてるつもりはない。だが、私も巡もおそらく玲も、法助にだけは事件の真相を知らないままでいて欲しいと願っている。法助の一番好きなところを、法助の最大の弱点にしてしまうから。


「法助くんって、どんなことも自分事に置き換えて考えるんだよね。こういうとき自分だったらどう思うか、どうするか、そうやって相手のことを思いやる」


「そういや、大学時代に恋愛相談したとき、そんなようなこと言われたわ。俺が相手やったら、こんなデートしてもらいたいんやって」


「そう。名前も顔も知らない相手の立場にさえ、なれてしまう。そういうところがあるから、あんまりヘビーな話はしたくないんだよね」


 もし、法助に事件の真相を話してしまえば、誰にとっても良くない方向に事態が進む。幼い頃に引き離された兄弟が、元に戻ろうと足掻いた結果の惨事。立派な兄であろうとした藤條(とうじょう)瑠伊(るい)と、兄の役に立つ弟であろうとした配流玲。いかにも、法助が落ち込んでくれそうな題材だ。


「お父さんに誘われたってことは、法助くんも今から来るよね? どうする? 法助くんが居る場所で、真相なんて話せない」


「やけど、法助は俺たちが真実を話すことを望んどる。それを裏切っても、法助を悲しませてまう」


「分かってる。分かってるよ、そんなこと」


 分かっているから、どうすれば良いか判断出来ないのだ。真相を明かさなければ、親友の心も愛する人の心も守ることが出来る。だがそれは、私たちが周りから望まれている姿なのだろうか。


 法助だけではない。私をここに連れて来た父も、私が事件の真相を知っていると察したから、私にすべてを明かして欲しいと願っている。それに普通に考えたら、真相を明かすことが一番正しい行いだ。正しくありたいと願うなら、私と巡はすべてを話す責任がある。でもそうしてしまえば、最も恐れている事態が起こる。


「ちーくん。あなたはどうしたい? 私じゃ決め切れないから、あなたに託す」


 考えて考えて、熟考した結果、私は決断することから逃げた。私がこのまま考え続けたところで、結論が出るはずはない。なぜなら私は、難癖をつけて真相を話すことにも隠し通すことにも背を向けようとしているのだから。


「友加ちゃん。それでええんか?」


 巡の双眸が、私の心を覗き込む。その優しい光に、私は肯いた。良い悪いの問題ではない。そうしてくれないと、私が卑怯者になってしまう。卑怯者だと後ろ指をさされることを避けたい、そんな卑怯者が私なのだ。


「うん。自分のことだと、楽な方に逃げてしまう。でも他人のことなら、無責任に押し付けることが出来る。それが、人間っていう生き物」


 それが、私という生き物。自分では出来ないことを、それらしい理由を付けて他人にやらせる。それで相手が失敗したときに、何食わぬ顔で励ましてあげる。それが私の、卑怯な生き方だった。


 だから今も、私が下せない判断を、巡に下してもらう。巡がどちらの道を選ぼうが、私はその道を巡のせいにして歩く。そうすることで、立ち向かうふりをする。それしか、私に出来ることはなかった。


「法助がな、言うとったんや」


 巡が、おもむろにそう切り出す。


「傷付けても、最後に笑っとったらええ。苦しんどる親友には、全力で想いぶつけて励ましてやればええ。俺たちには、それが出来る」


 いかにも、法助が言いそうなことだ。法助は、ずっと私たち四人で居られることを切望している。四人で居ることが大好きで、誰からも嫌われないように隠れて気を遣う。長いこと玲と巡を名字呼びしていたのだって、二人が下の名前で呼ばれることを嫌がるかもしれないからと尻込みした結果だった。


 篭野法助は、私たちを大切にしてくれている。そして私たちも、彼を大切な親友だと想っている。そんな彼がそう言ったなら、もうそれが私たちのすべてだ。


「法助は玲のことでそう言うたけど、法助も例外やない。真相を話して、法助が玲のことを想って苦しんだなら、そのときは俺たちが元気づければええ。それが親友の務めなんやから」


「そうだよね」


 純粋な賛同が口をついた。巡がたった今下した決断は、きっと私には下せないものだ。大切な人のために別の誰かを傷付け、その傷を自分で癒やす。その覚悟が、巡にはあって私にはない。


 私はあの日、変わろうとした。大切な玲のためだけに動き、他の人を蔑ろにする決意を固めた。私は、周囲の人間を玲とそれ以外に分けて、玲しか取らなかった。それ以外を無視する方向に進んだ。巡みたいに、全員を選び取る覚悟も決断力もなかった。だから、巡が羨ましい。


「やっぱ、ちーくんはすごいな。さすが大学教授。私はそんなこと思い付かないよ」


 本当にすごい。嘘でもお世辞でもなく、本気でそう思った。だから巡は、得意気に笑ってくれると思った。でもふと隣を見れば、巡は何かを哀れむように微笑んでいた。


「せやね。俺は友加ちゃんと違うて、諦め悪いし人を深く愛せへんから。全員幸せっちゅう理想的なハッピーエンド掲げて、そこに辿り着くまで絶対に諦めへん。そこに人を駒のように見る性格が足されてしまえば、一旦なら苦しめてもええやろって人の苦しみを楽観視する。あかんよなあ、俺」


 巡は涙を流した。いや、実際には雫なんて一滴も流れていない。私にはそう見えたというだけのこと。巡は私たちに、弱いところなんて見せてはくれない。


 のんきでのんびりとしていて、いつも元気なひょうきん族。巡は、絵に描いたような大阪人を演じている。幼少期に大阪から東京へ引っ越して来て、そのしゃべり方から嗤いの種にされた。まだ関西弁というものを知らない子供たちが、悪意なき言葉で巡を刺した。深く傷付いた巡を守ったのもまた、その肉体に刻み込まれた大阪の遺伝子だった。


 からかわれても、バカにされても、それを笑いの種にする。そうやって自分を中心とした、笑いの世界を作っていく。だからどんなときも、巡は強い人だった。いつも笑っている。いつも明るい態度を崩さない。いつも、人を元気にする。なんて完璧な、『大阪人』なのだろう。


 だからか、巡が初めて明かした弱いところに私は涙を見た。巡の明るさの裏には、緻密に計算された処世術がある。自分がどう立ち回れば良いのか、巡はすべてを計算で求められる。そのせいで自分がどんな性格なのか、悪い方向で捉えてしまう。でもそれさえも、笑いで隠す。そうやって誰にも、弱い部分を見せて来なかった。


「ちーくん、私全部話すよ。ちーくんのおかげで気付けた」


 巡の柔らかな、でもデコボコとした肌を撫でる。ニキビ痕のクレーターだ。ストレスに栄養不足。この男なら、この二つが主な原因だろうか。


「そうだよね。この世には、終わり良ければすべて良しっていう言葉があるくらいなんだから、ちーくんの言うとおりだ。自分の言動に責任をもてるなら、ちーくんのやり方は間違っていない。むしろ、正しいよ」


「友加ちゃんはええ子やな……」


「違う。ただバカなだけ」


 バカだから、巡の提案に対する反論も代替案も浮かばずに、それに乗っかるしかない。なんなら最初から、巡を否定する気は毛頭なかった。


 巡の発言はよくよく考えれば、たしかに酷いものだと思えてくる。それでも今の私にとっては、正しいことなのだ。誰にとっても正しいことを選び続けなければ、私たちの罪を償うことは出来ない。私たちの心で、この罪を贖うしかない。そうするためには、巡の言うやり方が一番ふさわしい。


「ありがとう、ちーくん。私のやるべきこと、固まったよ」


 エレベーターの到着音が鳴り、若い集団が出てくる。朝川(あさかわ)探偵社の三人と、大人気アイドル。私は朝川愛意(あい)に軽く睨まれ、ゆっくりと微笑みを向けた。私は父に似て、こういうときに笑っていられる。


「こんにちは、愛意ちゃん。新希(あらき)くんたちも」


「天王寺先生! あなたもいらしたんですね」


 驚きの声をあげた昼凪(ひるなぎ)明日斗(あすと)に、私は会釈と頷きを混ぜて首を動かした。明日斗の後ろでは夜野海(やのうみ)新希が、ピリついた空気を醸し出す愛意に怖気付いている。


璃王(りお)くんもいたんだ。良いの? こんなところにいて」


 アイドルは一つのスキャンダルが命取りになる。そもそも絶賛謹慎中の貝塚(かいづか)璃王がここにいるなんてバレたら、業界から永久追放されてしまうのではないか。なんにせここは、璃王が謹慎するきっかけになった事件の取り調べ室なのだから。


「良いんです。僕自身が選んだことなので」


 ああ、眩しいな。自分で未来を選び取った若者に、私の目が眩んだ。私が歳を重ね過ぎたのか、若く希望に満ちた人を見ると純粋に羨ましく思ってしまう。


「そうね。天王寺先生、これは私たちが自分から望んだこと。心配していただかなくても大丈夫ですよ」


 余裕綽々の笑顔で髪をなびかせながら、愛意が隣を通り過ぎた。その後を仔犬のように、新希と明日斗が追いかけて行く。ただ一人それをしなかった璃王は、私と巡を交互に見てからアイドル特有の愛想笑いをした。


「二人が玲さんのことを大切にしているって、僕も分かっています。だから、玲さんのために二人がしたいようにやってください。僕たちも勝手にやらせてもらいますから」


 璃王はしっかりと背を折り、私たちの前から去った。その背中はしゃんと伸びており、璃王の覚悟の気高さをそのまま表している。


 璃王が玲を慕っているということは、だいぶ昔から知っている。玲がそんな璃王を弟のように可愛がっているのも、私は知っている。ありがとう、そう心の中で呟いた。


 みんなは私なんかより立派だから、もうちゃんと分かっているのだ。正しいこと、やるべきこと、それがいったい何なのか。私も、ようやく分かった。私はもう逃げない。


「ちーくん、行こ」


 力強く肯いてくれた巡の腕を引く。真実を知る者として、私たちにはやらなければならないことがある。その責任を、義務を果たしたい。私の心が、やっと今固まってくれた。


 すべてを明かす。玲のためにも、それが一番良い。私は、嘆き叫んだあの日の幼なじみに、そっと別れを告げた。

読んでくださりありがとうございます!

後編もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ