2-22 成功De大失敗
未踏破ダンジョン『大迷宮』ドライ 21層。
「マスター、ふわふわです。白いです。何ですか?これは」
「これは多分雪です。僕も実物を見るのは初めてですけどね。確か、極小の氷の粒の集合体とかそんな感じだった気がします」
「ということは、本来冷たい物なのでしょうか」
「多分この層自体寒そうですが……ヨルの服が凄すぎて涼しいくらいですね」
辺りに広がるのは、銀世界。青い空が見える故にかなり綺麗だ。
遠くには氷の山々が見え、前層とは全く異なる環境にライトは大きく驚いていた。
「ソヨさんの冊子で知ってはいましたけど、実際に見ると驚きますね。ダンジョンとは不思議なものです」
「マスター、この系統の層で注意すべき魔物は――」
[―――ク"ウ"ウ"ウァァァ―――!!!!]
「はぁ、言う前に来ました」
咆哮が背後から響き、空間を揺らす。
ゆっくり振り向くと、そこに居たのは薄い水色の竜。
黄色の双眸が二人を射抜く、そこに理性は無く、本能で喰らおうとしていることが否応なしに分かる。
「ブリザードドラゴン、この豪雪層の中で"三番目"に強い魔物ですね」
「マスター、どうしましょう?」
この二人、魔物の最強格を相手に暢気に話している。尋常ではない精神力だ。
それも当然、竜種など今の二人では少し苦労する程度の敵なのだから。
「僕がやります。新しく作った魔法を試したいので」
「分かりました。それでは私は回避だけします」
「それで大丈夫――」
[ク"ル"ウ"ア"ァ――!!]
「ですっ!」
振うわれた爪を間一髪で回避し、雪の上を転がる。
逃がさんと言わんばかりの追撃の爪の連撃を、豪雪竜の視界を隠すように雪を巻き上げ、腕を潜るようにして避けて息を潜めた。
その間に右手の上に音符の描かれた灰色の魔法陣を形成した。
ライトが視界から消えたからか、ミスティアナを狙っている豪雪竜。
その後ろでライトは、深い笑みを浮かべる。
「ミスティアナさん、一応耳を塞いでおいてください」
「了解です」
器用に回避しながら両方の耳をミスティアナが塞いだのを確認してから、魔法を発動させた。
《黒剛彩王-虚の理-悪逆非道-偽詐術策-聡明》
―――天級音魔法:意識捕食の管弦楽団
耳が壊れそうになる程の爆音の不協和音が空間全体に響き、使用者のライト自身もぶっ倒れそうになる。
だが、流石はライト、歯を食いしばって耐えきった。
目の前で、ドンッという音と共に地面が揺れる。
豪雪竜が倒れたのだ。
「ふう、想像通りの、いや以上の効果でしたね。今度は僕自身は対象にならないように改良しましょう」
「マスター、今の魔法は?」
「聞いた生物の意識を強制的に奪う――ッ!?」
魔法の説明の刹那、大地が脈動し、空間の温度が異常な程に下がる。ヨルの服を着ていても尚、寒いと感じれる程に。
それと同時に、気味の悪い気配が空間全体に放たれ、少し息苦しくなる。
ダンジョンの中の空気が明らかに変化する最中、ライトは見た。
遠くに見えていた氷山の一つに『亀裂が入る』ところを。
「ミスティアナさん、やらかしました。逃げる準備をお願いします」
「マスター?」
「言う通りにしてください、場合によっては即座に逃げます」
「分かりましたマスター」
有無を言わせない程に真剣なライトの言葉に、ミスティアナは疑問という思考を放棄して従う。
一歩ライトは、恐らくは自身が原因であろう事態に冷や汗が止まらない。
同時に汗が凍らないという今の状況にまだ間に合うと安堵している。
「あの魔法は失敗でした」
「失敗、ですか」
「今から、この『大迷宮』で今まで確認されている魔物の中の"最強"が来ます。気、抜いたら多分秒かからず死にます。ミスティアナさん、いやミスティアナ。死なないことだけ考えろ」
「――ッ!?……我が主の仰せのままに」
珍しくライトはミスティアナを呼び捨てにして、命令する。
それに対して彼女は、こちらも珍しく笑みを浮かべて応える。
「ヨル、今回は誇示の契約の戦闘に入りますか?」
<ミスティアナはライトの奴隷だからのう。我が力を誇示する相手の判定に含まれぬ。他に見ている者もおらぬし、契約外じゃな>
「なら推測通り、逃亡も可能ということですか」
<じゃが――>
「――だからといって戦わないわけじゃありませんよ」
<ならば言うことはない>
歪な笑みで震えそうな身体を抑え付けて、ヨルに戦うと伝える。
正直に言えば、戦いたい気持ち1割・逃げたい気持ち9割なのだが、口にした以上はもう逃避不可能になった。
即座にライトは凄く後悔していた。
―――神喰螺旋蛇杖
―――八彩王法:王の外套・黒虚
杖と化したヨルを握りしめ、王気を増幅し、漆黒の外套を纏う。
あまり使わないと数十分前に決めた八彩王法を全力で使う程に本気の準備をする。
それ程にライトは、今回の相手を、怪物を警戒していた。
「全く、特災ともう一度しっかり戦いたいと思ってましたけど……タイミングも相手も最悪です。別の時、別の特災が良かったです」
大きく溜息を吐き、敵がいるであろう氷山を眺め続ける。
刹那、氷山そのものが動き出し、ライト達に迫り始める。
空間の温度が更に下がっていく。
<成程この気配、若干弱められてはいるが、懐かしいのう>
「懐かしい?」
<忌々しい神の眷属が、今やこうして普通に姿を現すとはな。時も過ぎたものよ>
何処か皮肉染みた言葉を紡ぐヨルを気にしながらも、迫る気味の悪すぎる気配に意識を持って行かれた。
亀裂の入った氷山は、尚も近付き続ける。
<流石に、このままでは戦闘にもならぬかもしれぬからのう。少しだけ手助けをしてやろう>
―――再事翼蛇=火炎の理:≪不死鳥の炎翼≫
薄い赤い膜のようなものが二人を包む。幾らか寒さが軽減されたようにライトは感じた。
だが、それを破る様に再度身体が冷たさを襲う。
それは氷山が近付くごとに増していく。
<これで、戦闘中呼吸が出来なくなることは無いだろう。さて我が直接手を貸すのは此処までじゃ。頑張るのじゃぞ>
「それって、コレが無きゃ呼吸できずに死ぬって言ってるようなもんですよね……」
「マスター、凄い気配です。……これが気持ちが悪いという感覚でしょうか」
「多分そうです。しっかり気を張って下さい、今からあの化け物を殺さなきゃいけないんですから」
表情は変わらないが、幾らか顔色が悪いように見ええうミスティアナ。
そんな彼女を心配させないように出来るだけ軽い口調で言葉を返す。
今のライトは酷く、余裕のない顔をしていただろう。
いつの間にか青空は白暗く覆われ、豪雪となっていた。
「一番最初に崩すべきは氷山、の筈。先手必勝」
《黒剛彩王-虚の理-蛇王蛇法-杖術:天級-剣術・蛇道:上級-悪逆非道-回避錬術-怪力》
―――八彩王法:我は確たる終幕を語る
いつもは欠片程はある真正面から戦うという意識を完全に捨て、ライトは杖を振り下ろす。
杖から生じた黒き波動の如き斬撃が、迫る氷山を粉々に砕き飛ばした。
べちゃりと、肉が落ちたかのような、不快な音が響く。
「さて、一体だけで天災と呼ばれる特別災害指定生物の中でも更に最強と呼ばれることが多い、正真正銘の怪物――
氷山の後に居たのは、象程のサイズの青白い色の蛆虫のようなナニカ。
ソイツの頭らしき部分には、口のような大きな裂け目と大きな眼窩があり、その眼窩からは眼球のような血の色の球体が滴り落ちている。
その姿はこの世のものとは思えない程に不気味で、恐怖と嫌悪感を煽って来た。
――"極氷の白蛆"『ルリム・シャーイコニス』のお出ましですよ」
白蛆が、ニタリと嗤った。
◆投稿
次の投稿は12/9(金)です。
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◆技解説
魔法技録
天級音魔法:意識捕食の管弦楽団 音を聞いた対象の意識を一時的に奪う 効果媒体が音であるが故に単体では効果範囲を限定出来ない
◆蛇足
蛇の王「ルリム・シャーイコニスの元ネタが分かる読者は何人いるのだろうな?」
語り部「まあ、ほんの少しだけ名前と見た目の表現変えてるけどほぼそのまんまだし、結構わかりそうだけど」
蛇の王「そうか?クトゥルフ神話なんぞ、興味が無いと知らぬ気もするがなぁ……」
語り部「んなもん何でもそうだわ、この作品だってそうだろうが」
蛇の王「ああ、そうじゃったわ」




