13ー5
ムーンさんとの会話の後で教室に戻れば、何もなかったかのように、いつものメンバーで、いつも通りの時間が過ぎていった。
資格取得の必要がなくなったとはいえ、それ以外の詰め込みは続いているから、スイッチが入っているロキュスもいつもと変わらない。
普段は間が抜けているロキュスだけれど、人に物を教えるのがうまい。
基準が、アンヌンツィアータやストラックヮダーニオだと、大抵の教師が指導上手になるかもしれないけれどな。
今日から花月になったからなのか、湿った空気が重たい。
来月から三月の間、オスフェデア王国は雨季に入る。
作物にとっては恵みの雨なのだけれど、人にとっては憂鬱で過ごしにくい時期だ。
学院が長期雨季休暇に入ったら、その間、オレはどうやって過ごそうかなと思っていたけれど、ムーンさんとの出会いで忙しくなりそうな予感がしている。
というか、間違いなく忙しくなるだろう。
国際法廷って、なんだろうな。
そのうち、ヴュルフさんか総隊長から、なんか連絡があるだろう。
「はい、ヨー君、今日のテストです!」
「……」
「そんな顔するなら、早く地理と歴史を覚えてください、そんなに難しくないですから」
なんか、昨日も同じようなことを言われたような、……ああニュマン補佐にか。
渋々と渡された用紙を埋め始めるけれど、興味がないから、どうしても覚えられない。
似た問題を見たような?とは思うんだけどな。
文字は目に入ってきても、全然記憶できない。
意味のない記号のようだ。
魔術関連で困ったことがないだけに、自分の記憶能力に問題があるなんて知らなかった。
簡略化された地図に国名を書き込みながら、オスフェデアとイルギジャラン、あとはベルラシュアにジァラニヴィクくらいしか分からないなと思う。
ええと、スル、スル、スペイーラ共和国?
違う、じゃあなんだよ、スルガペラ?
なんだよそれ、えええ、昨日も聞いたって?
全く覚えてない、ごめんな。
チェク公国?……じゃない、それならチェロ……でもない、チャックか!
え、なんだよその顔、違うのか?
どこかどこだか分からないって。
呆れた顔のロキュスに見られながら、ヴュルフさんと約束した以上、やりたくないことでもしないといけないと必死で穴を埋めていく。
もう、逃げ回るのも、見てないふりも、できる限りしない。
いきなり何もかも出来るようになれるわけないよな、オレは天才じゃないし。
どっちかって言うと、欠陥があるような気がする。
好きなこと以外は全くやる気が出ない、覚えられないって、おかしいだろ。
自分に言い訳しながら、今度は歴史な、えー?三百年前の王様とか……芋作った人?だった?と悩みながら問題を埋めていく。
俺を見ているロキュスたちの視線が、かわいそうな子を見ているようになっているのは知ってる。
なんでこんなに知らねえの?って言いたいんだよな、知ってる。
知らなくても、なにも問題なかったんだよ!
こんなのが本当にギュエスト隊長なのかよ、って思われても、今更だ。
こちとら、子供の頃から戦い方以外は教わってないっての。
うぅう、地理や歴史なんて嫌いだ
なんの役に立つんだよ、こんなもん。
今日から半巡りは朝夕勤務で昼夕が待機当番になり、ほとんどの勤務時間が学院にいる時間と被ってしまう。
急いで戻れば待機当番を一時間くらいは出来るのではないかと思っていたら、総隊長命令で「半巡りの間、待機当番に戻らなくていい」と言われた。
何が起きた?と思いながら、嬉しい。
どうせ現場に出られないって分かってるから、待機当番する意味がないって思ってた。
学院終わってからも時間がある、とクサンデルたちには伝えてある。
本当は本部にいた方が良いんだろうけど、待機当番の時間に戻ってくるなって言われた。
なんか、夜になるまで戻ってこなくていいよ、みたいなことをヴュルフさんにも言われたけれど、理由までは教えてもらえなかったんだよな。
そんな感じでいつもと同じ一日が終わり、一緒に夕飯を食べよう!と連れて行かれたのが……王都の西区。
昨日初めて来て、いきなり飛び出してしまったフロールの実家だ。
夕方ってのはちょうど混雑する時間なのか、店面は今日も客が多く、買い物に集中している人が多いとはいえ、近づくにつれて視線が集まりだすのを感じる。
学院の制服?と目を向けた先に白髪のオレがいてギョっ!とされてから、二度見、三度見される、という流れが多い。
見られて落ちつかない。
いつもと同じように無表情を顔に貼り付けて、フロールと一緒に面から入る。
昨日言ってた、従業員入り口ってところから入るんじゃないのか?
「ようこそおいでくださいました」
客に向けられている視線を拾わないように、周囲を見ないで歩いていたら、目の前に誰かが立ちふさがって、声をかけられた。
視線を向けた先には、ええと、あ、フロールの父親だよな?
昨日のお詫びをしないと。
……なんて言えば良いんだ?
「……」
「初めまして、ヨドクス・ギュエスト殿、フロート商会の代表をしておりますエーヴァウト・フロートと申します」
「……」
初めまして?
え?
昨日、会ったよな。
言葉が出なくて、思い切り困惑していると、フロールがオレの前に立った。
「前から試食を頼んでいた新商品を、今日、発表するって言ったよね、それに立ち会って欲しかったんだ。
ごめんね、騙すように連れてきてしまって」
普段の間延びのんびりキャラを放り投げて、羊の皮を脱ぎ捨てて、にっこりと穏やかな笑顔だけいつも通りに、フロールが周囲に聞こえるように声を張った。
フロールって演技してない時はすっごく遣り手に見えるんだよな。
あー、気を使われてる。
ってのだけは理解した。
昨日の逃走劇を、公衆の面前で謝罪するのは駄目かなって位は思ってたけれど、何がどうなってるんだ。
「なんだってフロール?、ギュエスト君に伝えてないのかい?」
くん?
なんだ、この茶番。
「ごめんなさい父様、ギュエスト君は懐が深くて優しいので、つい、伝えたつもりになっておりました」
「どうする、ヨー、帰る?」
アルナウトまでどうした?
なんでここでオレに決定権を渡すんだ?
で、ものすごく視線が集まってるこれを、どうしたら良いんだよ。
戦闘中の精神を沈静化している時ならともかく、今のオレになにを求めてるんだ?
「い、いいえ、友人の家に、誘われて、来た、だけですので」
うろたえて単語で話してしまいながら、彼らは何が目的なんだろう、と考える。
そんなオレの耳に、周囲にいた買い物客らしい人々の会話が届いた。
「あら、見た目は子供だけど、中身が化け物だって話、やっぱりデマだったんじゃないの?」
「そうね、やっぱり黒賤に利用されてたってことよね?」
「友人を大事にしてるって本当なのね、可愛いじゃない」
「中身も見た目通りなのかな」
そんな言葉をいくつか拾って、気がついた。
髪も瞳も真っ白になったオレを、オレ自身が持て余してる。
化け物になった自分を受け入れられない。
シライソンキの頼みを聞いて、大気中の魔素を定期的に魔法発動に利用して減らしているけれど、この行為の理由も知らない。
ただ、魔素濃度が高い空間は人に負担がかかるから、魔法を使うデメリットが無いように見えるだけで、もしかしたら、クロイヒセンもシライソンキも人類の味方ではないのかもしれない。
大気中に魔素が無いことで、人にどんな影響が出るのかは、知られていないのだから。
そんなことよりも、だ。
もしかして、フロールのお父さんは、市民の間に学生であるオレのイメージを広げようとしてくれているんだろうか?
これまでに全く接点のなかった、一般の人々に、オレは化け物じゃないって広めようとしてくれてるんだろうか。
そうでなければ、わざわざ学院の制服で来る必要を感じない。
オレを君付けしたり、友人ですアピールみたいな真似は必要ないだろう。
「ご招待頂きまして、ありがとうございます、ご迷惑でなければ発表の場に同席させて頂きたいものです」
少しだけ仕事モードに気持ちを切り替えて、口を開く。
単語で話すより良いだろう。
なんか、背後でアルナウトが盛大にため息ついてるんだけどな。
間違ってないだろ?
ええー、単語で喋ってる方が不慣れ感があって、可愛い?
変声期前の甲高い声で、たどたどしく話した方が客にウケる?
……フロール、お前の感覚がオレにはよく分からないよ。
見た目を利用しろって言われても困るんだけどな、オレは自分の見た目が好きじゃない。
オスフェデア王国ではまず見ない、ど派手な黄色の髪に瞳、背が伸びないところも、顔立ちで気が弱そうに見られて舐められるのも、全部いやだった。
声もいつまでたっても子供みたいに甲高いままで、しかもこの先ずっと変わらないかもしれない。
見た目を利用されるのは、毎年の舐めくさった新人をフルボッコにする時だけで十分だ。
とまあ、オレが店先の椅子を勧められ、クサンデルたちと一緒に試供品を受け取り、あ、これ好きなやつ!とモグっている間に、何かが進行していたようだ。
周囲に客が増えて、声をかけられることはないけれど、ものすごく大勢の視線が向けられている。
フロールの父親のエーヴァウトさんが、周囲のお客さんを笑顔で捌くのがあまりにも華麗で、ものすごく見てしまったのは許してほしい。
ここにも、プロがいた。
何でも突き詰めるとすごいな、って思ったんだ。
新商品の発表のは順調に終わったのか、人の数が減ってきたら、昨日と同じ食堂に案内された。
クサンデルたちがいるから逃げられなかった。
また、下手くそなマナーで食事をしないといけないのか、と思っていると、昨日と同じ白い服の女性が室内にやってきた。
巨大な銀盆の上には、鍋と湯気の立ち上る芋。
「失礼させて頂きます」
温められたスープ皿に、具がどっさり入ったエンドウ豆のスープが注がれて、平皿には輪切りの太い腸詰と熱々の芋、運び込まれてきた大皿には、スープの相方である黒パンが山盛りにされている。
腸詰にスパイスたっぷりのソースを添えられて、皿の脇にあるのは、スプーンとフォークのみ。
「温かいうちにどうぞ!」
女性にニコニコと笑顔で言われて、思わずフォークを持ってしまった。
いくら魔力を使わなくなって、腹が減りにくくなったと言っても、鍛錬をすれば腹が減る。
体内魔力を使えば、相変わらず極度の空腹に悩まされている。
教師たちも人とは思えない大食漢だった。
今思えば、大食いであることが人ではない証なのか。
「食べよう!」
あれ、お祈りは?とオレが思っている間に、フロールがスプーンをとろとろのスープへ突っ込んだ。
「うまい、さすがフロート商会!!」
「そこはシェフの腕だと思うんだけど?」
「口に入ってる時に喋るなよ!」
「マヨネーズとってぇ」
呆然としているオレを放って、クサンデルたちも食事を始めてしまう。
シェフらしい女性にお礼と、賞賛の言葉を向けながら、学院にいる時と何も変わらない様子で食事をしていく。
マナーは良いのか?と思わずロキュスを見てしまうけれど、大口開けて腸詰を突っ込むとこだった。
なんか、泣けてくる。
これってさ、昨日のやり直しってことだよな。
オレがマナーを覚えきれてない、覚えられてないってことをフロールは知った上で、マナーが必要ない食事を用意してくれって、きっと頼んでくれたんだろう。
それを、何があったのか、ナイフとフォークが複数出てくる内容になって、オレがガチガチになって逃げ出したから、やり直してくれたんだよな。
気を遣わせるのが、情けなくて、苛立つ。
苦手だからって、オレは手を抜いてなかったか?
教師たちの相手をさせられる時のように、命がけでマナーや勉強をしてないよな。
決めた。
オレは、今日この時を最後に、命がけで学ぶことにする。
ロキュスやフロールの優しさを、クサンデルの気配りを、アルナウトの好意を無駄にしない。
オレが、初めての友人たちのためなら、命がけで戦えるってことを、見せてやる。




